第12話落ちた笑い

「まって、まって、くださいッ」

「あぁっもうッ、うっぜぇっんだよッ!!」


 ワックスでオールバックに固め、シャツのボタンを第二まで開けた男子生徒。

 彼は足を掴んでくる彼女にイラついた様子で叫び、一瞬怯んだ隙に腕を踏みつけ、そそくさと逃げた。


「約束もクソもしてねぇっだろうが。だいたい、意図した倍率操作は御法度、小学生でも分かるものをどうこう叫ぶな」


 まだ追いかけようと立ち上がり。めげずに一歩、また一歩と歩みを進める彼女、


「そもそも、だ。お前が俺を好きになることはあっても、誰が好き好んで便所よりクッセェ女、調べんだよ」


 けれど、それも次の言葉で足取りは重くなり……俺の存在に気づき、目が合う頃には彼女が俯いて止まった。


「お願い……します、見ないでください」


 わなわなと震える左腕を右手で押さえ、頼み込んでくる。

 俺に注目している間で、男はすれ違って足音はどんどんと遠ざかっていく。


 話と状況を推測するに、

 互いに好きな人を調べあい、倍率を上げてDクラスに行こうと結託した感じか?

 それでいざ、実行したら自分だけ相手の倍率を上げて逃げられたっと。


「邪魔して悪かった、もう行く」


 単純だけどクラスをあげるには確実、でも長期的に見ると嫌われて恨まれる方法だ。

 2週間経てば戻ってくる権利に、わざわざグレーな約束を破るほどまでの価値があるのか? 

 何があるか分からないから、投票する権利は取っておきたい疑い深い人間。

 はたまた、無料で這い上がれるなら這い上がる。人間関係を『キリの良いところで見捨てるもの』そう思っているタチなのか。


「その……まって」


 可哀想な人をなぶる趣味もないし、消えろって言うならモニターの他クラスでも見てくるか。

 そう、戻ろうとした俺の制服が引っ張られる。見ないでと言ったり、待てと言ったり、情緒が不安定な奴だな。


「わ、私って……くさい?」

「っえ?」


 一瞬、何を聞かれたのか分からず、問い返すと彼女は俯きながら腕を震わせている。

 恥ずかしくはある、でも他人の意見も欲しいって言ったところか?


「臭い口裂け女みたいに聞いてくるけど、世間的な観点から意見すると——」


 喋っている途中、ハッと俺は後退りし、服から指が外れる。


「お前……まさか、違うよな? もっと臭くなったりしないよな」


 少しだけ冗談を交え、否定する言葉を待つ。

 でも彼女は何も言うまでもなく、涙が頬を伝る。

 言葉を間違えたな、こういう時、どういう言葉と顔をすればいいのか分からない。

 笑えばいいよっとセリフが浮かんだけど、笑ったらダメだよなぁ。


「そう、やっぱり……ね。だって私、最後にお風呂入ったのがいつだったかすら覚えてないもん」


 どうしよう、そう思っていたところに「ふふ」と笑い声が聞こえ、

 なぜだか分からないけど、彼女は涙を拭い、清々しく吹っ切れた笑顔を見せてきた。

 

 っえ、なにこれ。

 後ろで感動的な音楽流れている? それともアニメ最初のオープニング流れている?

 しっかし、言っている内容が酷いなぁ。

 なんでこの子、笑顔で自分が何日も風呂へ入ってないことを告白しているんだ?

 俺とお前は初対面の人だぞ、臭いと言われるほど嬉しくなるタイプの変態か?


「そ……そか、まぁ……臭いって言われて嬉しい人もいるだろうし、君のことは尊重するよ。

 多分、コミケ会場1日分ぐらいの空気を圧縮したような刺激臭がする、他人なら2度と近づかないレベルで凄く臭い」


 強い人だ。

 こんな酷い匂いを出してたら人目も集まって、陰口や悪意にも晒されるだろうに。

 それでもなお、自分の性癖を貫くなんて。

 今も嬉しくて唇を噛んで、プルプルと身体を震わせて我慢してるし。

 よっぽど臭いと言われるのが好きなんだな。

 

「——そ、そ、そこまで変な性癖持ってないし、臭くありませんけどッ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る