第16話それは飴の包み紙が甘いというような
ぼー、とEランクたちに挨拶回りをする苺谷を眺め、時間が過ぎるのを待ち。
『キンコンカーン、コーン』
昼飯が終わりを告げるチャイムに立ち上がり、帰ろうとする。
だけど腕が掴まれ、ギチギチと力が込められた。
誰なのか、なんて考える必要も見る必要ない。
「先輩、生徒会長からウィンクされたって喜んでましたよね?」
それでも帰ろうとしたところ、苺谷はみんなに聞こえる声で語りかけ。
「おい、聞いたか? あいつ自信過剰にも程があるな」
「まったくだ。あれはお茶目な生徒会長がわざわざ目立つ場所へ出て、俺へアイラブユーを伝えるものだって情報通も言ってたってのに」
「はぁ、どこ情報だ? それ」
「来る途中のホームレスから3万で聞いた、間違いねぇ」
「そっか、お前の方は救いようのない馬鹿だな」
ガヤガヤと騒ぎ始める民衆。
それを苺谷は、さも考慮してなかったと「まっずぃ」と申し訳なさそうな顔をしてくる。
こいつぅ……良い性格してやがる。
天然な人間なんかいない、って話を聞いたことあるけど本当だな。まったく。
「先輩、1人で寂しそうですしぃ……っあ、一緒に行きせん?」
パンっと手を叩き、注目を浴びている中で名案とばかりに人差し指をあげ、誘ってくる。
くっ……そういうことか。
ヘイトを集めて孤立させ、寂しそうだからと手を差し伸べるマッチポンプ。
これで断ったら、
『あのノリの悪さだから嫌われるんだな』
『せっかくDクラスの優しい女の子が誘ってくれたのに』
とか言われちまう。
まぁ、半ば無理矢理連行みたいに連れてこられたけど……俺のいる意味って無いよな。
苺谷もEクラスの孤独な男にも優しい、という印象で連れてきたようなもんだし、面子は保っただろ。
あいつらが風呂へ入っているのを待っているのも変態っぽいし、今のうちに帰っておくか。
「おおきにぃ、気をつけてお帰りぃ」
ガラ、ガラッとドアを引っ掛けながら外へ出る。
「ちょっ、ありがとうございますぅ?! ありがとうございますって聞こえましたよねッ?!
月見先輩はそこでちゃんと洗ってくださいっ!!」
ドタバタと音が聞こえ「イッタッ!」と悲痛な叫びと一緒に鈍い音が鳴る。
「なんで必死に呼び止めてくるんだ、もう俺がいる必要なんてないだろうし……? まさか好きって訳でもあるまいし」
いや、そのまさか……なのか?
これまでの行動全て苺谷自身がモテる為。
そう思っていたけど、それは苺谷の手のひらで転がされていただけ。
プライド・面子のために強がっていただけで、合った時から一目惚れをしている可能性もあるのか?
そう考えると、もしかして……月見は言い訳のデート? これ俺、凄く青春を過ごしているんじゃないか?
うぉぉぉ、そうだっ!
あいつ絶対俺のことが好きなんだっ!
「せ、先輩っ……ッタぁィ、帰ろうとしてますか? 引っ叩きま——」
暖簾の隙間から苺谷が頭を覗かせ、その揺れた髪からはポタポタと雫が床に落ち。
少し遅れて、身体に巻いていたバスタオルも床へ舞い落ちる。
「っあ」
タイミング悪く青春の興奮と初めて入ったサウナのせいもあってか、鼻から何かがスゥーと流れ。
ポタポタっと血が滴り落ちる。
「っ、ん??」
『パチパチ』と肩から上で覗き込み、まばたきする苺谷。
細目のまま微動だにせず、カクカクっと頭が落ちるおばぁちゃん。
「オレェッ! 凄く青春しているって感じているんだけどさっ!!」
鼻血などどうでもよく、興奮で腕を上下に振るっていた俺だった。
「はぁ……」
けれど、苺谷は眉を八の字にして、冷めた目をしていて。
ようやく心が急速に冷静さが戻ってきた。
「お前って、俺のこと好きなのか?」
そして落ち着いだついでに質問し、
「んー? あー、はいっ、大好きですよっ! 良いからそこで待っててくださいっ!!」
「ありがとっ、俺も好きだよ」
俺らは互いに愛を叫び合い。
さっきまで俺が座っていたボロボロな椅子を指差し、バスタオルを拾うと苺谷はすぐに引っ込んだ。
「っあ、バチャバチャ慌てる音が聞こえましたけど、月見先輩湯船に入ってましたねッ!?」
「指だけっ、指だけだから!」
再び騒がしくなる苺谷たちの声を聞きながら、椅子に座る。
そして静かに「はー」ため息を吐いて、上を見上げた。
「うん、絶対好きじゃないな。生徒会長の件がまだ拭えないから引っ付いてきているのか?」
おおかた底辺たちへのサービスか、冗談か、ゴミでも目に入ったんだろうってのに用心深い。
「しかし、外れの方にあるってのにまだ人は多いな」
銭湯の窓から見える景色はペアルック商品を大体的に宣伝する商店街、違う学校の制服を着た学生や社会人、外国人たち。
あれ……案外、同性で楽しんでいる外国人観光客も多いな。
こんなカップルをメインにしたストリートも世界有数だろうし、当然か。
「ふぅ……っあ、本当に待っててくれたんですね」
十数分後、タオルで髪を拭きながら出てきた苺谷は、少し驚くと微笑んできた。
お前が待てと言ったんだろう、帰ってよかったのか?
今の時代『やる気がないなら帰れ』は帰るし、『残れ』って言われたんなら残るぞ。
「おう、お疲れ」
用意していたあずきヨーグルトを渡す。
熱って湯気がのぼっていた苺谷の身体からは、バイアスがかかっているのか。
同じシャンプー、リンスを使っているとは思えないほど、フルーティな甘い香りが漂ってくる。
「ありがとうございます、これ好きなんですよ」
嬉しそうに受け取り、彼女はあずきヨーグルトを見ると小首を傾げた。
「冷たい……買ったばかりですか?」
「ドライヤーの音が聞こえてきたからな」
ボロボロの椅子へちょこんっと座った苺谷は、あずきヨーグルトを小さく飲み。
「座っていいですよ」
俺が立ちっぱなしでいると「ぽんぽん」隣を叩いて、座らせる事を催促してくる。
風呂上がりだとアレかなっと思っていたが、本人が座れって言うなら断る理由もない。
苺谷から人一人分ぐらい離れた場所に、俺は腰を下ろす。
「他のお客さんの可能性もあるじゃないですか」
ビンを口につけたまま「ふんしょっ」と彼女がお尻をずらし。
熱が伝わり、少し動けば接触するほど、ギリギリまで接近してくる。
「俺の方も空いてたし……他の客がいて、お前があんな大声出すとも思えなかったんでね」
そっと視線だけを向け、苺谷は「ふーん」と鼻声を出す。
「あの子、どう思います? 今、湯船の中を気持ちよさそうにニコニコ浸かっていると思いますけど」
どう思います? か。
色々、気になる点はあれど、第三者である俺らがどうこう言うものではないだろうしな。
彼女が彼女の望んだ選択をしている、ってのなら尊重するべきだろう。
「別にどうも思わないし、そもそもなんの質問だ?」
「はぁぁぁぁ……良い子で可愛い、そう思いませんかって事ですよ。先輩、だからモテないんですよ」
望んでいたような答えじゃなかったからか、落胆を隠そうともしない深い深い吐息が吐き。
苺谷は冷たいあずきヨーグルトを、俺の頬へと当てて嫌がらせしてきた。
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