いつだって星だけが綺麗で、星空の海は涙を拭う

第1話WANDEAEDな君たち

 希望を持ち、一人で勉強をすることを青春というのか。

 理想に憧れ、一人で運動をすることを青春というのか。

 そう、どれも違う。

 

 青春は異性と関わり合い、絡み合う失敗や成功体験だけを指し示す言葉で。

 それ以外のあらゆる行為は、何一つとして一人なら『青春』にはならない。

 だから、そう逆に言えば——————

 

 うわのそらな額に、自動式拳銃の熱された鋼鉄な銃口が向けられ。

 『花火を連想させる火薬の匂い』と『僅かばかりな甘い香り』が鼻先を撫でる。


「はぁッ、ハァっ、なぁんで逃げんだよ」


 古臭い木製の机と椅子が並び、座って勉強をするだけの場所だった教室。

 入り口に立っていた制服姿のデブは引き金に指をかけ、苦しそうに股間を押さえる。

 窓から差し込む夕日が片目でフロントサイトを覗く、脂ぎったニキビ跡の残る顔を照らす。


「——ッやめ、やめてッ、来ないでッ!!」


 生意気だった俺のヒロインは一丁前に教室の隅で縮こまり、体を抱えて震え。

 黄色いシュシュをお守りのように握り。

 下がる隙間がない角隅だったことも忘れたようで足を滑らせ、少しでも距離を取ろうと足掻く。

 下がる隙間がない角隅だったことも忘れたように足を滑らせ、少しでも距離を取ろうと足掻く。

 乱れた髪の隙間からはデブだけではなく、俺の一挙手一投足まで見逃すまいと警戒する瞳。

 

 気軽に話せる仲、その程度には信頼があると思っていた。思い込んでいた。

 けど、その絶望と失望の混じった表情からは信頼もクソもないことが物語られていた。

 

「お、おまえもヤ……ヤりたいならいいぞ。で、でも、これで仲間だからな」


 そんな彼女を気にすることもなく、デブは股間をハチ切れるほど勃起させ。

 後ろ手に教室の鍵を閉め、ちくられないためか、共犯者として誘ってきた。


「ふぅぅぅぅぅっ! ついに追い詰めたぞっ!」

「馬鹿めっ、窓の鍵も閉めておくんだったな!!」

「野郎と回すのは気分じゃねぇけど、もう我慢できねぇんだッ! 乱交だ!」


 追い討ちをかけるがごとく、廊下側の窓が開かれ。

 銀色ドクロネックレスを首に下げた奴を筆頭に、拳銃を携帯した男性器が3匹も入ってきた。

 

 ————これも異性さえいれば、スクリュードライバー片手で氷を鳴らし。

 大人たちにとって、笑い話程度の青春ラブコメって奴なんだろう。




『パチャンッ』




 雨上がりに溜まった泥濘の中から靴をズラすと、薄汚れたピンクの花びらが覗く。

 通学路には、青々とした緑の葉っぱを着飾った桜が立ち並び。

 その下を個性豊かなリボン、ネクタイを結び、紺色ズボンや黒ベースのチェック柄が入ったスカート姿の学生たちが闊歩する。


 2月や3月の時期に「綺麗」と花見で見上げていた桜の花びらも、散ってしまえば踏みつけられるだけ。

 入学式前に物悲しくなるけど、しかないことだ。

 ここは3月の卒業式に花が散り、4月の入学式で満開になるような物語の世界じゃない。

 いつだって桜は別れを祝うように満開で、水を差すように入学式で散る。

 

「家もなけりゃ〜家族もいねぇ〜

 羽もなけりゃ、輪っかはすぐ貰えぅ。

 われらホームレス、キュぅ〜ピット〜」

「ホテル、にゅ〜ぅあ〜わ〜じぃ〜」


 裏路地から聞こえるしゃがれた歌声に。

 視線を傾けると年配のホームレスたちが新聞片手に、ビール瓶ケースへ座って談笑していた。

 着ている服には格差があり、見窄らしいほど穴だらけな服装の人もいれば、ここに居なければ重役と見間違うほどのスーツもいる。

 拾い物なのだろうか、それぞれが纏うまとう雰囲気の統一感がまるで違う。


「そや今月の宝くじはまだ上がっとるっけ?」

「まぁだ、誰一人として倍率下がってねぇべ、ここん生徒会は億越えがいっぺぇだから安心せぇ」

「なんか情報ねぇんか?」

「勝ち馬なんか分りゃ、とっくに金貰うてるよ」


 指にベロをつけ、新聞をめくって、倍率ランキングをホームレスは仲間に見せる。


 プロジェクト‪【賭けギャンブ恋愛ラブ

 第一次ベビーブーム世代の高齢化である2025年問題が過ぎ、2040年問題まで見えたある時。

 金持ちたちの嗜好品と言われるようになった『恋愛』に政府は『価値』をつけ、突如として娯楽化すると宣言した。

 そしてそれ以降、日本社会は姿を変え。

 毎日毎日、馬やパチンコ玉を見つめていた人種やホームレスは、通学路や公園、学校で子供達を見守るようになった。


「そぃや、この前の、酔っ払い差し向けた奴いたやろ?」

「そげなこともあったな、好きな人当てて貰った払戻金15万別に、カップルボーナスで10倍の150万貰えたやろ」

「そやそや、ユビーの言う通り10万つこうよかったわ」

 

 このホームレスみたいな子供を見守る優しい大人が増えた。


「ねぇ、知ってる? 今年の新入生、好きな人当てても0.01倍率の奴が入学すんだって」

「えぇ〜、つくならもっとマシな嘘にしな〜? 0.1倍率ですら、5万払って5000円しか貰えない人間だよ? どんだけ嫌われてんだよって話〜」


 横を通った先輩らしき腕を組んだカップルが小耳に挟んだ情報を披露し、彼女が笑い。


「今の聞いたかよ、まじで?」

「ところがどっこい、マジらしいで」


 聞き耳を立てていたホームレスがヒソヒソと会話をし、間を開けたかと思えば「俺の方が高校入った方がモテるぞ」と大笑いした。


「わるぃかよ……モテなくて」

 

 国民一人一人与えられた恋愛倍率は1.0で好きな人を当てると5万の価値がある、そして他人に投票できる回数は1ヶ月に2回。

 誰か一人でも当てようと思い、外したら倍率は1が加算される中で…………俺の倍率はずっと0.01。

 

 当てたところで500円、カップルになっても5000円しか配布されない人間。

 この日本社会に、俺の価値をそう定められた。

 当然、倍率が下がれば下がるほど他人から感心を持たれてないし、いじめっ子だって俺よりマシで笑っちまう状況。

 誰もが、俺の倍率を知ると色眼鏡で見てくる……けど、今はもはやどうでも良いか。

 だって、


「ぜんぶ、全部、全部全部、ここで終わりッ。

 倍率を気にしない人間たちと甘酸っぱい青春を過ごし、倍率なんて上っ面なものを俺は否定するんだからなッ!!!」


 日本でも有数な芸能人を多く輩出し、恋愛を教えてくれる恋愛ファーストな学園都市。

 そんなところで、本物の恋愛を体験できないわけがないんだから。


 きっと俺と同じように倍率だ、金だという価値観に飽き飽きしている人間もいる。

 そんな人たちとあって、盲目野郎どもからおさらばして、子供の頃に見た甘酸っぱい青春ラブコメを現実にしてやる。


「倍率なんて、クソ喰らえってんだ!!!!」

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