少子化対策で恋愛にギャンブルの興奮を
にくまも
プロローグ:薄汚い山の蛍
まだ日差しが沈むと涼しさを感じる初夏。
リィリィリィっ、とコオロギが鳴る真っ暗な森林を不釣り合いな格好をした女の子がいる。
目の前に立つその子は不機嫌に小虫を追い払い、睨みつけてきていた。
「ねぇ、ここで本当に蛍なんか出るの? 大丈夫?
あんたなんかに5万も払ったんだから、失敗したら分かってるよね?
あー、やっぱり別の人に頼むべきだったかな」
無理もない。
ここは透き通るような綺麗な川もない、ただ学校の近所にあるというだけ。
SDGsを掲げて森林伐採し、設置したソーラーパネルが経年劣化で捨てられ。
警察が放置した結果、不法投棄もよくされている汚い裏山でしかない。
彼女が欲しいとする、幻想的な景色の条件には程遠い。
グチグチと責めるボリュームが大きくなった時、
「ガザ……サ……サ」
「——ッシ」
山道の方から足音が聞こえ。
指で静かに合図を出し、隠れながら容姿を確認する。
良かった、予定時間通りに来てくれたか、とLINEでメッセージを送る。
『ターゲットが来た』
けれど、一向に環境が変わらないことで彼女の無言圧力が強くなる。
失敗か? まだ季節じゃなかった?
そんなことが頭によぎった時、俺たちの間を一筋の光が通る。
「おっ……おぉ」
顔を上げると森に一つ、また一つと小さい命が、星空を補うようにゆらゆら飛び立ち。
気がつけば辺り一面、蛍の光に包まれていた。
「俺の言葉が信用できないなら、失敗した時に10万払う約束を信じてくれ。金がいるんだ」
「これっ……これよ、これ! 早く花火を渡しなさい」
無事、告白するのに必要と言われたもの全てが整った舞台を作れた。
その悦に浸らせてもくれず、彼女は手を伸ばして催促してくる。
はぁ……ま、労いの言葉をかけてくれると思うほど、恵まれた青春は送ってないから良いけど。
「事前に言ったこと、忘れてないよな?」
「もーうっさいな、先端が広がっている線香花火が私ので。垂直に持てば良いんでしょ」
「そう、ネット情報で勘違いしている人が多いんだけど
線香花火は長持ちできるよう、真ん中に熱で『支え柱』になる成分が入っている。
けど、斜めや横で持っていると柱の形成が中途半端になり、玉の重量に負けて平均より早く落ち——」
万が一を考えてもう一度説明している最中に「っち」と舌打ちされ。
無理やり両手から線香花火を奪い取られる。
「同じ話を何回も何回も、これだからオタクは……それはオタクに失礼っか」
蔑んだ目を向けてきた彼女は、草原で立ちすくんでいるターゲットを見ると打って変わって乙女の顔をする。
伊藤 純也、知っていることは名前ぐらいで、あとは学校で一番モテる男子生徒だってぐらいしか情報がない。
「どうしたの、こんなところに呼び出して」
「ちょっとね、一緒に花火がやりたいなーって思って」
先ほどまで俺に対しての辛辣さが嘘だったように、ワンオクターブ高い声を出しながら猫を被る依頼人。
「花火? わざわざ用意してくれたの? やろうやろう」
「本当っ?! 良かった、断られるんじゃないかと思ってドキドキしてたの」
何もかも予定通りに彼女は線香花火を手渡し、二人がしゃがみ込む。
蛍が飛ぶ夏に花火。
このシチュエーションが好きだって情報は彼女が事前に仕入れているし、断るはずもない。
「っあ、ちょっと待って、あの……普通にやっても面白くないし、ゲームしない?」
そして1番の山場である場面が来た。
「ゲーム……?」
仕組まれたものだと隠す演技が全て。
けど遠目だがターゲットが怪しい、と引っかかる様子はこれまで全くと言ってない。
順調すぎて、恐ろしいぐらいだ。
「うん、たった1回だけの神様に決めさせるゲーム」
「私の線香花火が長く持ったら付き合ってほしい。逆だったら……きっぱり諦めるから」
彼女はターゲットの方を全くみないで俯いたまま、覚悟を決める演技をする。
「それはまた急だね……少し考えさせてくれ」
突然のもはや告白でしかないものに、びっくりする男は固まったまま時間をもらう。
本当……良い演技で怖いぐらいだ、あの役を俺が変わっても同じことはできないだろうな。
「色々用意してくれたみたいだしね、分かったけど条件がある」
「本当っ?! なに、どんなのでも聞くよ」
「どっちが勝っても負けても言い訳できないように、動画を撮ってもいい?」
流石はイケメン、悪戯っ子みたいな爽やか笑顔で有無を言わさず、押し黙らせてきたんだろうな。
「っえ……うん、全然、全然良いよっ!」
付き合うと言った言ってないで揉めることも考えていた彼女にとって、願ってもない言葉だ。
「それじゃ——スタートっ!」
スマホで動画を撮りながら同時に火をつける二人。
もはや結末は決まりきっていることもあって、俺は蛍を逃すバイトをしてくれた名前もしない奴へ送金する。
「二言は駄目だよ? 私が勝ったら付き合ってもらうから」
ぱち……ぱち……と少しの時間差があれど、火花が飛び散り、勝利を確信し、ほくそ笑む彼女の顔を照らす。
「うん、そうなったらそれもロマンチックでいいかもね」
それに対してターゲットの男は終始、落ち着いたトーンで答えていた。
「っえ、ちょっ、ちょっとまって」
異変が起きたのはそこからだった。
彼女の線香花火が一段と大きく火花を出しているかと思えば、男より2倍ほと早く短くなり。
「「っあ」」
二人の呆気ない声が風に乗って聞こえる。
立ちあがろうとした彼女の振動で、15秒も経たず、線香花火は落ちてしまった。
ここまで念入りに、念入りに準備していたにも関わらず、落ちていた。
「————ふぅ、ふぅッ」
どうして、なんで落ちた?
頭を抱え、首を振っていると獣のような呼吸音に般若のような顔が、暗闇の向こうから睨んでくる。
「こんなはずじゃっ、違う、何してくれてんのッ!」
「あの……大丈夫? 誰もいないよ」
すぐにでも飛びかかり、殴り倒してきそうだっが、ターゲットである男の気遣う声で我慢だと唇を噛み締め、耐えた様子。
おかしい、おかしい、ちゃんと言われた通りにやってたし、彼女が負けるはずはないんだ。
「約束は……約束だもんね、ごめんなさいッ」
腕で顔を隠し、擦りながら悲しんでいる様子の彼女は、捨て台詞だけ吐くと一直線に向かってくる。
「ねぇ、どういうこと? ふざけてんの」
ドスの効いた声ともに、腹を殴られ、蹲っていると頭を蹴り飛ばされる。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 間違ってなかったはずなんだ、どうして」
謝っても鬱憤は当然治らず、蹴って、蹴って、踏みつけて、数えるのもバカらしくなるほどにやれる。
「ふぅ、ふぅふぅ——10万、失敗したから10万ちゃんと振り込めよ」
「わかりました、すみません、すみません」
2分、5分かもしれない時間の中、これで勘弁してやるっとばかりに意識が刈り取られるほどの蹴りを喰らう。
俺は何をする訳でもなく、ただ無力にお腹を抱え、胃液を吐き出しながら、ビクビクと丸まって怯える。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
足音が遠くなっていく間も何度も、何度も謝り、謝り続け。
やがて再び森の中は静寂に包まれ、コオロギの声しかしなくなる。
指の隙間から周囲を見渡し、消えたことを確認した俺はようやく謝ることをやめ、地面に手をついて起き上がる。
「はぁ……青春のためとはいえ、騙すのは心に来るものがあるな」
『PAYPAY〜』
彼女の口座へ10万振り込み、わざと吐き出して汚れた口元を袖で拭く。
「ありがとう、断るのが苦手とはいえ悪役を押し付けてしまったね。
随分と長いこと、蹴られたみたいだけど大丈夫?」
草原の方からスマホの100万の送金履歴を出し、ターゲットだった男が俺へ語りかける。
「元々嫌われ者だし、居場所なんてないもんだった。殴られることには慣れている、おかげで目標金額まで溜まったしね」
そう、この告白は途中から彼女のためのものではなくなった。
周囲の女の子へ牽制したことで告白を知った彼が後から依頼を被せ。
途中から失敗前提で、いかに感情を俺へ誘導することが目的に置き換わっていた。
当然、線香花火に支え柱なんて変な名称はない。
適当にそれっぽい単語を言った方が、信ぴょう性が増すし、先生の授業すら聞いていない彼女が俺の話を調べるわけもないと思ってついた嘘。
線香花火は先端を捻って火薬を圧縮した方が長持ちするし、斜めに持つ事で1.5倍も長く保てる。
全て逆なことを彼女に教え、線香花火ゲームで負けることは確定していた。
極め付けに、彼女だけ安い外国産を渡していたしね。
「山場だった演技は目を見張るものがあったよ、俺だったらって想像してしまったぐらいに」
「はははっ、こんな事は懲り懲りだけどね」
乾いた笑い声を出し、肩をすぼめ、伊藤は夜空を見上げ。
月の光に照らされた横顔は、男の俺がドキッとしてしまうほどに物悲しげなものだった。
「好きな人が表面化されるのって素敵なことだと思っていたんだけどね。
なのに、どうしてかな……今の恋愛はどこか嘘っぽくて、昔の方が夢があった気がするよ」
用事も済んだことだし、帰り支度をしようとしていた身体が勝手に止まる。
心の中になんとも言えない、モヤがかかった気持ち悪さを覚える。
「あるさ、きっと昔のラブコメやドラマみたいな青春や恋愛も」
「君は強いね、誰よりも人間の浅ましさを知っているのにまだ言えるなんて」
彼へ行ったのか、それともそう信じたいが故に発したかは分からない言葉。
ふっと笑った彼の指に1匹の蛍が止まり、思い出したように「っあ」と声が出る。
「ねぇ、そういえばいつから相談されていたんだ? 長かったんじゃないか、蛍が生息できるまで改善するのは」
今度こそ、帰ろうと決めた俺は振り返ることなく、ひらひらと後ろ手に手を振る。
「ゲンジホタル1匹400円、妥協して200匹、合計8万円」
「——はぁ? いや、それは……」
戸惑いに、何か言いたげな事が重い声色。
「ははっ、この景色も嘘って訳かー。まったく」
けれど、少し振り返った俺が見たのは、顔に手を当て、楽しそうに笑うイケメンだった。
「はぁーぁ、大金持ってどこに行くのか知らないけど。
卒業した君が……今度こそ、高校で普通の青春を過ごせることを祈ってるよ」
そうしてもう2度と会話することも、会うこともないだろうに。
伊藤 純也、
彼はまるで子供のを送り出す母親が想像できてしまうぐらい優しい表情で、小さく手を振って見送っていた。
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