10祭

 門の掃除をしている子供の足元に一枚のちらしが入り込む。

「まつり?」


「鬼さーん。」

「んあ。なんだなんだぁ?まだ仕事中だ。」

 鬼さんが机に人差し指を突きながら言う。

「あっ。すみません。あとでで良いです。お仕事中すみません。」

 子供がひょいっと身体を隠す。心無しか、きらきらしているように見えた。

 ――――――――――――――――

「なぁにしてるんかなぁ?」

 鬼さんの顔が逆さまに映る。顔を覗き込んできた。

「祭のちらしを見てました。」

「まつりぃ?行きたいのか。」

 鬼さんの身体が三角座りしていた俺の身体に、合うように座る。

「はい。良いですか。」

「んん。良いよ。行こうか。」

 鬼さんの頭が俺の頭にこつんと寄り掛かる。

 ――――――――――――――――――――

がやがや

「ど、どうですか。」

「んん。似合ってる。」

 鬼さんの着物だ。

「行きましょ。」

 振り向いた子供の八重歯がちらりと見えた。

 ぐいぐい

「なんですか。あれは。」

「おいおい、そんな引っ張るな。」

「あー。これはな、わたあめじゃ。」

「わたあめ。」

 鬼の言ったことを繰り返しただけだが、幼さが混じる。

「どうだ、美味いか。」

「ん。甘くて美味しいです。」

「鬼さん。」

 子供が見つめ直す。次に、子供は手招きするように手を動かす。

「ん?どうした?」

 顔を近付ける。

「んぐ!」

 口の中に甘い気体が溶ける。

「あはは!引っかかりましたね。どうですか?甘いでしょう。」

「 あぁ。驚いた。美味いなぁ。」

 本当に驚いた。子供があんな顔をするなんて。

「驚く事ばっかだな。」

 ぼそっと言う。

「? なんか言いました?はやく他の所も行きましょう。」

「はいはい。」

 鬼の腕が伸びる。


 どーん。どーん。

「たまや〜!」

「綺麗だなぁ。花に火って書くぐらいだからなぁ。」

 子供の方に振り向く。

「…………。」

 花火の光で子供の輪郭がくっきり現れる。こんなにも綺麗だったか。普段から見慣れている筈なのに、分からなかったのか、良く見ていなかったのか。

「綺麗ですね。」

「……ぉう。そうだな。」

 ―――――――――――――――――――

 帰り道。蛍が舞っている。

「俺も、」

 子供が何か言う。

「俺も、鬼さんとずっと一緒にいたい。」


「……!。そうやなぁ。」

 鬼さんの大きな手が頭を撫でてくれた。

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