9花し事

 ふさっ

「ん……耶悉茗か、綺麗だなぁ。咲いたのか?」

「はい。鬼さんに見せたくて。」

「ありがとうなぁ。けど顔に近いなぁ。」

「すみません。早く起きてくださいね。」

「あぁ。」

 元気な足音が床に響く。起きなければ。

「着替え〜っと。」

「鬼さーん。」

「はぁーい。」

「あっ。着替え中でしたか……。

!」

 半分くらい覗かせていた顔だが、幼い小さな顔全体が鬼を覗く。

「どうしたんですか。その傷。」

「おい。ズカズカ入ってくるな。着替えてる。」

 四つん這いになって覗いてくる。鬼が袖に腕を通そうとした。腕を掴まれた。

「 」

「そんな顔しないでくれ。つけたくてつけたやつじゃ無いんだ。」

「……」

「いつか分かる時がくるよ。」

 また鬼さんが切なく笑う。

 ――――――――――――――――――

「おぉ!金木犀が咲いてるじゃないか。おーよしよし。」

「好きなんですか?花。」

「おぅ。好きやよ。」

 鬼さんが花を撫でながら、

「みんな綺麗に咲く。穢(けが)れている花などないだろう?我と違う。きらきらしてる。」

「そうなんですね。」

 鬼さんが笑う。嘘笑い。

「鬼さ……」

「ん?なんか郵便受けから声がするなぁ。

 はぁーい。」

 後について行く。

「あ……さぁ!…………だけ……てん……!こち……こま……!」

「ごめんなさい。」

 郵便受けを見ると、大量の魚が詰まっているような手紙がある。

「ははは」

「わらい…………よ!……は……いから……!」

「はぁい。」


「凄く溜まってますね。」

「あー……開けるの面倒でね。」

 日光が鬼さんを包む。しかし鬼さんは冷たい。ちらりと見えてしまった届出は、どれも一緒だ。鬼さんが両手いっぱいの手紙を持って玄関へ行く。

「あ〜……我が店番してる時、届け、勝手に見るなよ〜。見たら舌を抜いてしまうぞい。」

 態とらしく両手を挙げ威嚇する。

「見ませんよ。」

 洗濯物、水やり、埃掃き、皿洗い。

 やる事全部やってしまった。鬼さんの店が終わるまでまだ時間がある。

 ――――届け、勝手に見るなよ〜。

 頭によぎる。駄目だと分かっている。頭では、分かっていた。

 鬼さんの事をもっと知りたいと思う反面、鬼さんに反抗しているのではないか、とも思う。

 目が渦潮のように巻く。

 生活音や外の音は聞こえているはずなのに聞こえない。何も聞こえない音がする。

手が伸びてしまう。届けを開る。目を瞑る。自分はまだ見ていない。まだ。しかし、ほんの少しだけ目を開けてしまった。「ほんの」少しだけだったのに、いつの間にか全て開けてしまっていた。

「    」






 

「何これ……」







「鬼さんがいなくなるって事……」



 呼吸が荒くなる。そうかあの時、いつか分かるってそう言う意味か。

「儀式って何だよ。鬼さんが……何したって言うんだ…………鬼さんが……」


 その場で丸まってしまう。畳が頬に擦れて痛い。





目覚めると陽が傾き始めていた。届けを急いで片付け、鬼さんの所へ行く。

「……な。まぁ……」

「そうだな。」

 鬼さんが親しげに話している。毛がぼーぼーなやつと。

「!」

 目が合ってしまった。

「あい……か?」

「違うよ。」

「……なに……」

「ん〜…そうだな。俺の大事な存在かな。」

「お前さ……やつができ……な」

「ははは。できるよ。」

ぼーぼーしたやつは、帰って行った。それと同時に、鬼さんの手が花が散る様に振る。

「さっきのやつ、うちの常連さん。愛想良くしてね。」

 窓から入る狭い斜陽が、鬼さんの一部分かのように馴染む。

「もうそろそろ店閉めるよ。ごめんね。待ったよね。」

 笑う。

 またぎこちなく、化け猫が騙す時に使う笑顔みたい。

――――まだ隠していることがあるのだろうか。

 一瞬よぎった。けど、そんな事今はどうでもいい。

 今は、唯少しその笑顔に見惚れてしまった。

 「? どうした。」

「汚いですね。この部屋。」

「何言ってるんだい。宝箱みたいで落ち着くだろう。」

「足場なんてないじゃ無いですか。」

「はは。厳しいなぁ。」

危なかった。上手く誤魔化せた。

――――――――――――――――――――

 びーー、りんりん、しゃかしゃか

 色んな虫の音がする。

「縁側でこうして座るのも良いだろう?」

 鬼が子供を見下げる。子供も鬼を見上げた。

「そうですね。しかし、少し暑いのと、顎を頭に乗せるのやめてください。」

「冷たいなぁ。これは、生きてる内しかできんぞ。」

「顔を見せておくれ。」

「良いですけど、鬼さんが着けていろと言ったんじゃないですか。」

「ん〜、俺だけ特別。」

 子供の顔を隠していたものをとった。

「うむ。良い顔じゃ。」

 鬼さんの手が俺の顔に当たる。指を滑らせる。

 鬼さんが笑う。

「お前さん、左右、目の色が少し違うのぅ。もしかして、見えんのか?右目は。」

 鬼さんが、ざりざりと右目の傷跡を触る。

「はい。失明しております。しかし左だけでも生活に支障はないので、ご安心を。」

「そうかそうか。」

 もう一回鬼さんが笑い直す。

「鬼さん、」

「ん?なぁに?」

「本当に笑ってますか。」

「     」

 凄く驚いた顔。俺に触れている手も強張っている。一瞬言っちゃいけなかったかとよぎる。けど本当に笑っていて欲しい。

「えぇと……。」

 子供の真っ直ぐな目。見透かされていたか。こんな面と向かって言われるとは。

 

「  笑って。  」


 子供の指が鬼の顔に触れる。





「ぁあ……。」

 鬼は子供に抱きついた。なぜか悔しそうな顔で。

「まだ子供なのに、そんな事まで気を遣われていたとは。ごめんなぁ。」

 ぎゅぅ。

 少し痛い。こんな鬼さんを見るのは、今で最後だろう。

「おれなぁ。昔っから……みんなに、きらわれててん……」

 自分の過去を相手に明かす時、吸う息が冷たい。この場から今直ぐにでも逃げたい。

「でなぁ、あいそよく……振る舞ってたんやけど、」

 今、自分はどんな顔をしているのだろう。頭がぐるぐるする。

「いつの間にか、わからんくなってん。えがおが、」

 自分が今どこを見ているか分からない。何も見えない。冬の空気を吸う。

「だ…だから、お前さんのような、そんざいが消えて欲しくなかった。ずっとここにおってほしい。」

「ずっとえがおでいなあかん。っておもって……しまった。」

「そうだったんですね……分りました。話してくれてありがとうございます。もう今日は寝ましょう。」

「うあ……。」


 情け無い。

 

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