8市場

「おーい。市場いくぞ。」

「市場?」

 ピッ

 洗濯機のボタンを押してしまった。

「あっ。」

「どーした。なんかあったか?」

鬼さんの音が近づいてくる。

「洗濯機回してしまいました。」

「おー……ま、大丈夫だろ。」

「しかし、」

「行くだろ?市場。」

 にっと笑う鬼さん。尖った八重歯がちらりと見える。やっぱりぎこちない。

「行きます。」

「っし。」

 ――――――――――――――――――

 がやがや

「おー!宝だらけじゃー!」

 鬼さんが両手を天へと上げる。

「どれもガラクタにしか見えませんが。」

 鬼さんの顔がこちらに向く。耳飾りが空中ブランコのように舞う。

「腕掴んどけ。」

 ほら。っと子供に肘を向ける。

「はい。」

 鬼さんの体温計が感じられる。生きているんだと再認識する。鬼さんの顔を見る。「ん?」と言うような雰囲気がする。

「いつもと違いますね。」

「あー。これかっこいいやろ?」

 お面に指を差しながら言う。いつもと違う長い羽織りを着て。

 ドドドド

 地面が揺れる。

「おぉ。鯰が暴れとるな。」

「最近多いですね。」

 ――――――――――――――――――――

「ん゙ー……どれにしよう……」

 鬼さんが顎に手をつけ、鬼さんにとっての「宝」を見つめる。

「鬼さん、もう彼此一時間経ちますよ。」

「あぁ……そうだっけ?っし、これに決めた。」

「宝」を売主に手渡す。

「これね。はい――あ――。」

「いいもん買えたなぁ。」

 長い並行脈の葉っぱに包まれて、紐で結ばれた手土産を目線まで揚げて言う。

 ぐっと足並みが乱れる。

「んあ、どうしたー?」

子供の目先にはみつ豆があった。

「あれが食べたいのか?いいじゃろう。しかし、うどんか蕎麦を食べてからな。」

「いいんですか。」

 子供の表情が変わったように感じる。

       少し間が空く。

「良いよ。」

 ――――――――――――――――

「笊蕎麦(ざるそば)お待ち。」

「おぉ。美味そうだ。」

 子供がじっと見つめてくる。

「なんだぁ?なんかついてるか?」

「いや、そうではなくどうやって食べるのかなと。」

「見て。」

 かぽっ

「これ、口のとこだけ外せんの。」

どうだ。と言わんばかりの顔だ。

「ほぅ。」

 ズババー

「焦って食べないの。」

「みつ豆が待ってます。」

「喉詰めないようにね。」

 食べ終わり、鬼が緑茶を啜った時に、丁度子供の前に宝が運ばれてくる。

「ぁ…………!」

 色んな角度から見てみる。きらきらしていた。すぷーんですくい、もう一度眺める。口に運んでみる。

「!!!美味しい……!」

「良かったねぇ。」

 鬼は優しい目で子供を見つめた。みつ豆が直ぐに無くなった。

「あんな美味しいものは食べた事ありません。」

「ほぅ……。ならば、我の作った料理は不味いと……?」

 鬼さんの顔が見下してくる。からかってるようだ。

「そんな事ありません。撤回です。鬼さんの作る料理の方がよっぽど美味いです。」

「ふふふ、冗談だよ。」

 乾いた笑い声だ。

 ――――――――――――――――――――

「くあ…………!」

 洗濯機の前に立つ。顰(しか)めっ面。

「こりゃ、生乾きだなぁ。」

「洗い直しですね。」

「だな。」

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