第2話 プロローグ 『全選手入場』
【五人目】
「中学ではヤンキーが学校を牛耳るものだろうっ? 割った窓ガラスの枚数と吸ったタバコの本数はダントツだ! トップヤンキーの根性を見せて欲しい! 『番長』黒埼!」
それは現代ではもう天然記念物に属する存在なのかもしれない。
ボンタンを穿き、リーゼントにピアス。
喧嘩(他校への乗り込み。同校生徒は兄弟)に青春をフルスイングで捧げる熱血不良少年――それが『番長』黒埼だった。
余談だが、不良っぽい格好をして喧嘩っ早いところはあるが、黒埼が器物破損に勤しんだという事実はない。
市川の紹介は『盛った』だけである。
BGMはQUEENの『We Will Rock You』。
そして、黒埼はノリノリで歌いながら現れる。
「うぃーうぃるうぃーうぃるろっくゆー」
その歌は思いっきり日本語発音で、それ以外の歌詞をよく分かっていないのか、その部分だけをひたすらにエンドレスだったが、黒埼自身は結構楽しそうである。
だが、教室の中央まで来た所で急に不機嫌な表情になった。
「つかよぉ、なんかよぉ、わしの紹介さぁ、気合入ってなくね」
「そんなことねぇっス! 大丈夫っス!」
「優勝っ! 優勝っ! 優勝っ! 優勝っ!」
その声援に応えるようにニヤリと笑い――いきなり黒板に頭突きをかます黒埼。
おおおおおお!
観衆が驚いたのは、その行動の意味不明さと衝撃にだった。
顔を上げた時、『番長』の額から血が垂れた。
それは喧嘩の古傷によるもので頭突き自体によるものではなかったが、そういった古傷を幾つもその身に刻んでいる時点で、彼の人生の過酷さを物語っている。
「ちょ、おま、それ、大丈夫な――」
「あぁん? 問題ねぇっての」
手当てしようとする者に威嚇の視線で制し、『番長』は左手で血を拭った。
その血を確かめてニヤリと不適に笑う。それは『達人』鈴木とよく似た笑みだったが、自信からではなく獰猛性から生じた笑みだった。
【六人目】
「さぁ、残りすくなくなってきましたが、続いては覆面レスラーの登場だ!
経歴は一切謎(ということにしておいてくれ)、ただ強い奴に会いに来た(おいおい)、本当にお前は一体誰なんだっ(立場を考えてくださいよ)? 『謎の男』覆面マン!」
その男は他の出場選手とは一線を画していた。
まず、デカイ。
例えば、共恵よりも一〇センチ近く大きい。
次に、すね毛。
剛毛であった。
更に一般人のふくらはぎよりも太い、シャレにならない上腕の持ち主である。
ちなみに腕毛も濃かった。
名前通りの覆面は、有名なルチャドールのもの(通販割引で税込九九八〇円)である。
加えて、春先なのにレスラーパンツ一丁だ。
股間の盛り上がりとその周辺部位の毛が、訴えられるレベルで危険状態。
大胸筋も胸毛もハンパではなく、モリモリのもじゃもじゃであった。
「…………」
一同は目を点にして黙っている――口を開く者が現れない。
どこぞの『トレーニング狂』をより大きく、より汚く、より暴力的に進化させたような絵面に、先ほど悲鳴をあげた人間たちも声を出せない。
むしろ、本岡少年のアレは一種の芸術品的美しさがあったのだな、と改心させるほどだった。
素晴らしき反面教師っぷりを遺憾なく発揮している意味で、尊敬に値するかもしれない。
重い――とてつもなく重い静寂を市川が空気を読まないテンションでぶち壊す。
「おっと、観衆が静まったぞ! おいおい、ボーイ。固まっちまってどうしたよ!」
振られた一人が困惑した声で指摘する。
「いや、だって、あれ、ゴリ――」
「シャラーップ!」
「いや、どう見たってゴリ――」
「どうなってんだーいっ! ヘイ、ユー!」
市川はどこか必死さを交えながら叫ぶ。
「さて『謎の男』だ覆面マン! ところで話はいきなり変わるけど、うちのクラスの担任についてだが、通称ゴリラ。体育大学出身の脳筋。現役当時はアメフト部のラインマン。ベンチプレスは一八〇キロで、四〇ヤード走は五・〇。オールジャパン級の超人だった! もしも、そんな彼が参戦したら……どうなるんだろうね? ははは」
そして、乾いた笑いで締めた。
BGMはラグビー・ニュージーランド代表のオールブラックスの『Haka』の掛け声だった。
よく混同されるが、実はラグビーとアメフトはサッカーと野球くらいルールが違う。
もう何が何だかよく分からないが、
「…………うおぉぉぉぉおぉぉっ! すっげぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「よく分かんねぇけどさ、面白くね?」
ということになった。
それで全ては解決であった。
「ゴーリ、ゴーリ、ゴーリ、ゴーリッ!」
そして、ほぼ同時に巻き起こるゴリラ旋風。
不敵に『謎の男』覆面マンは笑いながら応える。
「ふっ……お前ら、大人の威厳を見ておけ」
焦った市川が必死になって止める。
「ちょっ! 喋っちゃダメ! あんたの正体、謎なんだから!」
その焦りっぷりに教室で笑いが巻き起こった。
【七人目】
「東中に南口あり……。『東西南北』の片割れがついにその厚いベールを脱ぎ捨てるっ! 西中の北方に並ぶ『最強』が急遽参戦だっ!」
次に紹介された少年――南口は長身だった。
ただし、『ちゃんこ』伊藤とは違い、均整の取れた見事な八頭身である。
手足の長さが日本人離れしている。
ほんの最近までは学年で共恵に続き、二番目に背の高かった男。
そして、今では共恵を抜き、学年で一番(『謎の男』を除き)大きな存在となった。
どちらかと言えば細身の体型だが彼の打ち立てた伝説――一対一五の大乱闘などは『最強』という言葉がよく似合った。
整った鼻梁、広い額に知性豊かな瞳――女性がため息を漏らすくらいの美形である。
文武両道を体現したあまりにも有能な彼に一目置く者は多い。
「…………」
そして、南口は非常に無口な人間なので、特に語らない。
ただ、顔を隠すように俯き加減で黙ったまま力拳を突き上げた。
「……っ!?」
「……おぉぉぉっ!」
巻き起こる静かなどよめき。
このトーナメントの紛れもない本命の姿がそこにはあった。
BGMはSteppenwolfの『BORN TO BE WILD』。
本来だったら、こんなお遊びに参加するはずもない存在に――実際、一度市川の要請を断っている――教室にいるほとんどの人間が彼の威に飲まれていた。
しかし、参加者で怯む者はいなかった。
ある者は興味を示さず食べ物をカバンから引っ張り出すか悩み、ある者は片手を道着の胸のところに突っ込み逆の手で顎を撫でながら「へぇ」と笑い、ある者は幼なじみの一挙手一投足に気を取られ、ある者たちは胸筋の動きだけで張り合い語り合い、ある者は「ん? 地震……いや、わし、もしかして、貧血か……」と頭を押さえている。
南口もそれらの面々を怯むことなく無表情に見返すだけであった。
【八人目】
「さて、大本命の登場だ! 彼女の為にこの大会はあると言っても過言ではないっ! 何故あなたは強いのか? それは彼女が彼女である所以! 『女王』
BGMはリヒャルト・ワーグナーの『ワルキューレの騎行』だった。
「女王様ァ! きゃーっ!」
「お前がナンバーワンだ、優勝だぁ!」
「う、美しい……ぅぅぅ」
「おいおい、泣くなぁ! しっかり見ろ! 目に焼き付けろ! 女王様の入場だぜ!」
一番の歓声が彼女に捧げられたのは間違いない。
絵梨の容姿を一言で表せば、美少女で済ませられる。
中背で若干痩せて見えるが、均整の取れた瑞々しい肢体。くっきりとした二重まぶた。高い鼻。やや薄い唇。艶やかな髪は首裏のところでポニーテールとしてまとめられている。
そして、宝石のように輝く、黒目がちで大きな瞳が挑戦的に周囲を睥睨していた。
絵梨様という異名は伊達ではなく、良い所のお嬢さんと専らの噂である。
その華麗な容姿に反して――絵梨は強かった。
彼女は圧倒的な実力を示し、このハルクが始まる前に行われた事前調整の前哨戦で複数名に対して完全勝利してきた。
故に――『女王』。
つまり、ハルクは『女王』の『女王』による『女王』のための争いと言えた。
その自信の表れか、彼女は柔らかく微笑んでいる。
スッとその視線を参加選手に向ける。
『ちゃんこ』
『達人』
『アマゾネス』
『トレーニング狂』
『番長』
『謎の男』覆面マン。
『最強』
それぞれを見渡して、ある一人の前で微笑みが固まる。
それはほんの一瞬で、周りで気づいた者は誰もいなかった。
+++
「さぁ、この八名でハルクの頂点を競ってもらいます! それでは、組み合わせの抽選会を行ないます!」
市川がクックックと怪しい笑い声を上げて続ける。
「なお、その後に、秘密のチケットが回りますのでよくよくお考えください! ちなみに暫定倍率はそれぞれ――」
黒板に何か書こうとしていた市川の背後にユラリと立つ一人の男の姿。
「……市川ぁ。俺の前でよくそんなことができるなぁ……」
覆面マンが鬼さえも泣き出しかねない低い笑い声をあげながら、市川の背後に立っていた。
そして、そのままガシッと司会者の首根っこを掴む。
「えっ!? そんな莫迦なぁぁぁぁぁっ! お、お目こぼしがあるんじゃあ……」
「ない」
「ぬおおおおおおおおっ! 誰かたーすーけーてぇーくれええええええっ」
『謎の男』に引き摺られ、消えゆく市川。
それを暖かい笑顔で見送るクラスメイトたち。
そして、その姿が見えなくなった後、その中の一人が言った。
「アイツ、プロだよな」
「ああ、マジでスゲェわ。将来が楽しみで仕方ないな。中学生とは思えん」
皆がウンウンと同意の頷き。
「さて、それじゃあ、ゴリの居ぬ間に洗濯、だな」
ドン、と教室の中央に一枚のボードが出現する。
それはこのハルクで行われる賭けの倍率が書かれたボードだった。
市川は最初から自身が囮になる作戦を立案していた。
この賭けを確実に成立させる為である。
ガヤガヤと賑やかになった教室でそれらの会話を横にしながら、
「良かったね、共恵。あんたの旦那は将来有望だってさ」
「ト、トミーッ? べ、別にあんな奴とアタシはなんでもないんだったら! ただの幼なじみだってば!」
友人にからかわれた『アマゾネス』共恵が真っ赤な顔で否定する。
「じゃあ、私狙っちゃおうかな? 実は市川って顔も悪くないよね?」
「う、うぅぐぅ」
共恵は真っ赤な顔で悔しそうに何か言い返そうとしているが、言葉にならない。
話を振った友人――元宮みいはそれを見て、「本当にこの子は良い子だなぁ」とおばあさんみたいなことを思いながら続ける。
「ところでさ、市川ってあんたに賭けているって知っていた?」
「え……?」
本当に? という顔で共恵は聞き返した。
元宮は本当よ、と前置いて、ヤレヤレというジェスチャー。
「しかも四〇口も。絶対に勝つってさ。誰が相手だって関係ねーって」
「ほ、本当に? アタシに?」
「頑張らないとね」
「う、うんっ」
喜びたいのだろうが、友人の手前、あまりあからさまにするわけにもいかず、どうして良いか分からない――そんな顔の『アマゾネス』だった。
元宮はそれを見て、「自分が男だったら絶対に嫁にしたいなぁ」とおっさんみたいなことを考えている。
「とりあえず、抽選行ってくれば?」
「うんっ」
共恵はたったっと軽い足取りでくじを引きに向かった。
そして、決まった抽選結果は次のとおり。
第一回戦 『最強』対『アマゾネス』
第二回戦 『謎の男』対『番長』
第三回戦 『トレーニング狂』対『達人』
第四回戦 『ちゃんこ』対『女王』
「……あっちゃあ。一番タチの悪い奴と一回戦か……」
元宮は共恵の相手を見て、額を押さえながら唸った。
「まぁ、誰とだって一緒かな……ゴリラよりはマシだし」
そんなこんなで東中アームレスリングチャンピオンシップは始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます