ハルク

はまだ語録

第1話 プロローグ 『全選手入場』

前書き


これ、初稿はもう15年も前に書いたのですが、自分がイチバン気に入っている作品です。

出版社から連絡があった初めての経験なのですが、ソマリアにいて自分は出られませんでした。

身内から連絡があり、詐欺か何かと疑われたような感じでしたし。


読んで楽しんでくれると嬉しいですね。



      ++++++


 ――何だって最初が肝心なんだよ。どうせ観衆なんて莫迦ばっかりなんだからよ。最初にガツーンとやっちまえばこっちのもんだろ? 『W・D』



     【司会者】


 放課後、ある教室の前に人だかりの山ができていた。

 教卓前に立つ一人の少年を取り囲むよう盛り上がる観衆は教室の外にまではみ出しており、これから始まる戦いへの興奮に昂っている。

 少年の余裕めいた沈黙から喧騒が収まり、自然とその少年に視線が集中する。


 少年の名前は市川雄姿いちかわゆうし

 これから始まるイベントの司会者兼主催者である。

 注目を存分に集めた市川はマイク(放送部からの好意的提供物)を片手に叫ぶ。


「一番強い奴が誰なのか……お前らは知りたくないかっ!」


 市川の服装は、カッターシャツ(学生服の上着を脱いだだけ)に蝶ネクタイ(百均で買ってきた安物)の完全装備である。

 ダラララララララッ、とドラム音を器用に口で奏でながらアナウンスする。


「レディースエーンドジェントルメンッ! ついに始まります――東中アームレスリングチャンピオンシップ! 略してHARCハルク! 出場選手の紹介です!」


 それは開会宣言だった。

 市川はリング(に見立てられた教卓)を前に、より盛り上がれと熱弁を振るう。


     【一人目】


「ずるぅぅぅぅぅぅぅぅいっ? そんな言葉は聞き飽きたっ! 体重こそ力だ! 出場選手中最重量! 一一〇キロは伊達じゃないっ! 『ちゃんこ』伊藤ちゃんだぁ!」


 BGMはSUM41の『THE HELL SONG』だった。

 市川の紹介に合わせて、巨漢の少年がのそのそと現れる。


 紹介の通り太い少年であった。

 手も足も胴も首から指先さえも太い。

 背丈も中学生にしては立派で一七〇センチ後半はある。

 太りすぎの細目に理想的なあんこ型――すこし小柄な相撲取りにしか見えない。

 おかわり、という言葉のよく似合う伊藤ちゃんは言った。


「お腹すいたよぉ……」


 言葉の後に、ぐぎゅるるぅるぉぉっ、と「お前、体内で餓鬼でも飼ってんの?」とばかりにお腹が鳴るオマケつきだった。


「勝ったらバナナやるぞぉ!」


 観客の一人が笑い混じりに叫んだ。

 おそらく伊藤ちゃんの勝利に賭けている者なのだろう。力と熱のこもり方が違った。

 伊藤ちゃんはその言葉に目を輝かせ、力強く頷く。


「おいら、頑張るよぉ」


 観客から笑いが巻き起こる。


「バナナ王子っ!」「バナナ似合いすぎぃ!」「バナナひゃっはー!」


 そこで発生するバナナコール。広がるのはバナナを介しての一体感。

 それを鎮めて、時間がないとばかりに市川は紹介を続ける。


     【二人目】


「剣士の誇りだ、負けるな日本男児! 左手ならこいつが怖いっ! 握力七〇キロオーバーって、なんだそりゃ! 県下最強の『達人』鈴木くんっ!」


 二人目は剣道着姿で登場した。

 その少年は細身で中背であるが、二の腕の筋肉が発達し血管が浮き出ていた。

 BGMはMy Chemical Romance'sの『Welcome To The Black Parade』。

 剣道着の少年――鈴木くんはすこしだけ泣きそうな顔で言った。


「す、すまんが、市川よ。『達人』は止めてくれ。この間、昇段審査で落ちたんだ」


 浅黒い精悍な顔立ちなのだが、その表情だけで一気に薄汚れた浪人に見える。

 使い古され、特に袖口のボロボロな道着はある種の凄みさえあるのだが、滑稽にしか見えない。

 市川は首を傾げながら言った。


「あれ? 鈴木って、ちょい前の県大会でも優勝してなかったっけ? 弱いのか?」

「あ、すまん。マジですまんが、あのな……昇段審査の筆記で落ちるのって都市伝説だと思って……白紙で出したら……落ちた……」


 肩を落としてそう言う鈴木の姿は負け犬という言葉が似合った。


「アホォー! 俺はお前に一週間分のパン代賭けているんだからなぁっ! しっかりしろ! 負けんなよぉっ! 絶対に!」

「つぅか、なんでお前道着なんだよぉっ! ここは道場じゃねぇ!」

「鈴木くんのことだから、どうせ市川くんに盛り上げるためって、無理やり着させられているのよ! さすがヘタレ攻めの鈴木くん! hshs」


 それら罵声混じりの声援に、


「うるさいなぁ……まぁ、ボチボチ頑張るよ」


 鈴木くんはニヤリと笑いながら、後頭部をポリポリと掻く。

 見る人が見れば分かる――それは自信がなければできない表情だった。


     【三人目】


「女が弱いって何だ? お前らガチで女子プロレスラーと喧嘩できるのか? 結婚? なにそれ食べられるのっ? 『アマゾネス』共恵っ!」


 一人の少女が前に進み出ながら、指をボキボキと鳴らし言った。


「アンタさぁ……そんなに死にたいの……?」


 BGMはプリンセス・プリンセスの『M』。

 何と表現すべきか……ちょっと壮絶な絵面である。

『アマゾネス』こと共恵は可愛らしい少女だった。

 美人ではない――鼻はどちらかと言えば低く、目がアンバランスに大きい。

 髪型はツインテールで、留めているリボンは花を模している。

 将来の夢はお嫁さん! とか言っていても可笑しくはない。

 その一八〇センチ近い長身を別にすれば、小学生とも間違えられかねない童顔である。

 もう一度言おう。

 デカイのだ。

 共恵は童顔なのにデカイ。

 女子では文字通り頭抜けて大きく、男女を含めても学年で身長は二番目に大きい。

 一年の時からバレー部のレギュラーで、そして、二年間の経験と努力を経て成長した今ではスーパーエースへと進化している。

 ジリジリと迫る脅威に対して、市川は諸手を挙げて自身の正当性をアピールする。


「目を逸らすな! この巻き起こる巨人コールから! これは言いがかりじゃない! 俺は真実を告げているだけだ! ペンは剣よりも強し! 正義は我にありぃぃぃぃぃっ!」

「死・刑・決・定」


 共恵の語尾にはハートマークがついていたかもしれない。

 見ている者を蕩けさせる笑顔で告げる『アマゾネス』だった。


「ヤレー! 殺れーっ!」

「つか、あいつら息合いすぎだろ。あれが奇跡のブレーンバスターだっ!」

「いや、被害者と加害者で奇跡って……」


 二人のやり取りは日課なので、誰もが面白がって囃し立てるだけだ。

 市川がボコボコにされたせいで一時中断となったが――具体的には三〇秒弱――それは幼なじみ同士のじゃれ合いのようなものでしかなく、すぐに再開する。


     【四人目】


「うく、酷い目にあったけど……まぁ、それはそれ!

 おおっと、電撃参戦! 俺を差し置いて誰がチャンピオンを名乗って良いと言った? 究極の肉体を目指す男! 『トレーニング狂』本岡だぁっ!」


 本岡はタンクトップの似合う小柄な少年だった。

 身長は一六〇センチに満たず、相応に顔立ちも女の子のように柔らかい。

 幼い頃のコンプレックスから体を鍛え始めた結果、身長も止まるという悪循環。

 ただし、中学生とは思えない筋肉の持ち主――それが努力の漢、本岡の姿だった。

 BGMはTHE BLUE HEARTSの『英雄にあこがれて』である。


「あっはっはっは! お祭り騒ぎは良いねぇ!」


 本岡はタンクトップをヒーローのように華麗に脱ぎ捨て、その場で得意のポージング!

 ダブルバイセップス・フロントからラットスプレッド・フロントへ移行し、サイドチェストで決める!

 蠢動する大胸筋!

 うねり狂う腹筋!

 肩から後背に至るラインは山の如し!


「スゲぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「キモいぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 両極端の評価――歓声と悲鳴が教室を満たしている。

 ちなみにそれは男女でくっきりと分かれている評価であった。

 どちらがどっちかは推して知るべし。

 その賛否両論にも本岡の人の良さそうな笑顔は崩れない。


「あっはっはっはっ! みんな元気だねぇ!」


 ただただ楽しそうに笑う。

 彼が鍛えたのは肉体だけではなかった。むしろ、より成長したのは精神面――卑屈ないじめられっ子だった昔の面影はない。

 今の本岡は友人の多い心優しき少年へと立派に成長していた。

 胸筋をピクピク動かしながら『トレーニング狂』は高らかに宣言する。


「勝つから応援よろしくっ!」


 盛り上がる観衆を背景に「いやいや、あんたじゃ勝てないって」と後ろで幼なじみの少女がボソッと毒づくが、本岡はそれさえも笑い飛ばす。


「そんなこと言わないでよ! あはははは!」

「……ま、適当に応援してあげるから頑張んなさい」


 幼なじみはどうでも良さそうに呟いた。

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