第4話 顔合わせ

 歓迎会は、朝から夕方まで続いた。

 わらしさんの言うとおり、怪奇現象対策班の班員全員が集まって、大きいテーブルに置かれた食べ物を食べながら、楽しく団らんするという会だった。

 班員全員が揃うのは久しぶりらしく、僕への自己紹介に交えて、最近の近況報告などで盛り上がった。


 まずは、僕と同じ鬼族の班長。

 変装術を使っていて、30代くらいの男性の姿だったが、どこかで見たことがある顔だなと思っていた。

 名前を聞いて仰天した。

 なんと、酒呑童子だそうだ。

 古い文献で読んだあの酒呑童子。

 と言っても、平安時代に悪行の限りを尽くし、源頼光に討ち取られた、あの酒呑童子ではなく、その息子らしい。

 確かに、顔が怖いだけで、邪気などは感じない。

 地獄に頻繁に顔を出して、閻魔様に報告するなど、仕事が多く、特に危険度の高いもの以外では、滅多に任務に関わることはないとのことだ。

 さとりさんによると、めちゃくちゃ厳しいが、いい上司だそうだ。


 「お前、こっちにいる間は絶対に人間に正体バラすんじゃねーぞ。寝てる時も変装したまま寝とけ」


 と、人間界では基本変装術を解かないよう、超怖い顔で釘を刺された。


 次は、雪女のユキさん。

 すらりとした、女性で、青みがかった長髪をしている。

 凛としていて、正直、近寄りがたそうな雰囲気を感じていたが、いざ話してみるとそうでもない。

 聞いたことには何でも答えてくれるし、こちらに話も振ってくれる。

 名前は班長の酒呑童子さんがつけたらしい。

 彼女は、この班の事務処理などを行なっているらしく、班長の補佐的な存在だそうだ。

 僕たちが任務に行く際には、インカムなどで、サポートも行ってくれる。

 雪女らしく熱さが苦手で、特に夏場は夜でも苦しいため、基本は、涼しい部屋で、オペレーターとして任務をこなしているらしい。

 歓迎会の時も、人が密集していると暑いのか、アイスを片手にご飯を食べていて、何種類かおすすめのアイスを教えてもらった。

 歓迎会の終わり際には、

 

 「今日は私のサポート無しだったけど、これからは基本私が無線でサポートするから、心配しないで」


 と、優しい声で語りかけてくれた。

 さとりさんいわく、冬だと最強らしい。


 次は、試験官だったわらしさん。

 任務で忙しい生活が嫌だったらしく、


 「僕の遊び時間が増える!」


 と、僕の配属をとても喜んでいたが、ユキさんに、


 「人手が増えた分、わらしさんには、これまで人手不足でできなかった任務回しますからね」


 と、笑顔で言われ、へこんでいた。

 テーブルに出された料理は、わらしさんが選んだものだそうで、寿司や、ハンバーガーなど、人間界の有名だ食べ物が揃っていた。

 彼に促されるまま、僕もチーズバーガーや、ラーメンなどをいただいたが、すごく美味しい。

 班のメンバーはみんな人間界の食べ物に目がなく、「超うまい飯共有」と言う連絡グループが、仕事用とは別に設立されていた。

 日本全国、数百件にも上る飲食店や食品が共有されていて、下手なまとめサイトなんかよりよっぽど有能そうだ。

 休みの日にでも行こうかな。


 次に、ケルベロスのポチさん。

 本来は頭が3つあるのだが、人間に見られても良いように、という理由で、変装で1つだけにしていた。

 もちろん日本語を話すことができ、班員の皆と会話をしつつ、人間界の食べ物をバクバク食べている。

 ポチという名前は、班長の酒呑童子さんがテキトーに付けたらしく、本人は気に入ってないが、皆がそう呼ぶので、定着してしまったそうだ。

 最近は地獄に帰った時に、閻魔様からポチと呼ばれることも多くなったとのこと。

 その小さな体や、嗅覚が必要だったりする場合は、任務に出ることもあるが、基本は地獄で、閻魔様の手伝いをしている。

 酒呑童子さんの次くらいに忙しいらしい。

 今日もわざわざ、僕のために事務所に来てくれたらしく、新人の僕としてはとても嬉しい。

 ただ、班長からは、


 「お前、仕事サボってタダ飯食いたかっただけだろ」


 と、突っ込まれていたが。


 さとりさんは、初めて会った時と変わらず、陽気で、少し気の抜けているお姉さんといった感じだ。

 僕が来るまでは、彼女が1番の若手だったそうで、後輩ができて喜んでいた。

 任務は基本、1人か2人で行うようで、これから先何度もさとりさんと一緒に任務に赴くことになりそうだ。

 事務所の机も隣同士だし、これから何度もお世話になる先輩だろう。


 最後は、化け狸の田沼さん。

 彼も、班長と同じく男性の姿だが、少し年上、おそらく40代から50代くらいのような感じがする。

 もちろん本当は数百年生きているのだろうが。

 田沼さんが行っている長期任務の関係で、少し遅れて昼過ぎからの参加になったが、僕の配属をとても喜んでくれた。

 歓迎会が終わった後は、僕の引っ越し作業があるのだが、田沼さんが手伝ってくれるそうだ。

 あまり話せなかった分、彼とも親睦を深められるとよいのだが。


 夕暮れ時になり、歓迎会もお開きということで、みんな徐々に通常の業務に戻り始めた。

 班長は、ポチさんと共に地獄へ。

 ユキさんはオペレーション室へ。

 そして、わらしさんとさとりさんは自室へと引き上げていった。

 事務所のあるビルは地上4階、地下1階建てで、3階と4階は班員の居住スペースとして使われている。

 僕は3階の南側の部屋を使わせてもらうことになった。


 僕は、田沼さんと共に、地獄へと引っ越しの準備に向かった。

 事前に必要な荷物は箱に詰めて家においてあるので、あとは現世に運び込むだけだ。

 往復する中、何度も暖炉に飛び込んだおかげか、初めはあった、暖炉に対する躊躇や怯えも消え去った。


 「どうだ、これからうまくやっていけそうか?」


 荷物を運んでいると田沼さんから声をかけられた。


 「何とかやっていけそうな気がします。皆さんとても優しい方なので」


 これは建前じゃない。

 厳しさや、近寄りがたさなどは感じたが、根は皆すごく優しい心の持ち主だろう。


 「それならよかった。実は新人が来るのは久しぶりでな。さとりの嬢ちゃんがきてから100年くらいか。俺たちもどう接すればいいか迷ってた節があるんだ。歓迎会の準備はわらしと嬢ちゃんに任せっきりだったな。」


 「わらしさんとさとりさんは、ああいうパーティー好きそうですもんね。そういえば、皆さんはいつ頃からこの班に所属しているんですか?」


 黙ったまま作業を行うのは気まずいので、話をつなぐ。


 「今が2023年だから、俺はだいたい800年前くらいだな。初めは童子一人だったんだが、まずわらしが加わって、その次が俺だ。」


 「えっ、わらしさんってそんなに前から入ってたんですか!?」


 見かけによらず大先輩じゃないか。

 子どもの姿なので、危うく何度かタメ口で話してしまいそうだったが、気を付けなければ。


 「おう、わらしが一番の古株だ。俺に戦い方を教えてくれたのもわらしだからな。試験の時あいつが本気なら多分カキ、お前一撃で死んでたぞ」


 確かに、初めわらしさんの動きに全く反応できなかった。

 試験が終わった後もけろっとしていたし、おそらく手を抜いていたのだろう。


 「で、俺が入ってから百年くらいでユキ、徳川の時代にケルベロス、で最後が嬢ちゃんだ。ケルベロス以外は童子に誘われて入ったんだ」


 「そうだったんですね!じゃあ僕みたいなルートで参加するのは初ってことですか?」


 「たしかにな。童子とケルベロス以外で地獄出身なのはカキだけか。確か、大王様と班長が決定したらしいが、俺も詳しくは知らん。まあなんにせよ、人間界は地獄より快適だからな、楽しめよ」


 「そうですね、これからよろしくお願いします」


 たわいもない会話を続けながら、荷物を運ぶ。

 田沼さんは見かけ通り力持ちで、引っ越しの準備も想像の半分くらいの速さで終わった。

 本当に助かった。


 「手伝っていただいてありがとうございました」


 「気にするな。大事な後輩だからな。ところで、この箱だけ、やけに重いが何が入ってるんだ?」


 「本が入ってます。ほんとはもっとあるんですけど、人間界に関する物だけ持ってきました。人間界の地理歴史とか学び直そうかと思いまして」


 まさか人間界で働くとは思ってもいなかったので、先ほど急いで関連する本だけ詰め込んだのだ。


 「そりゃあいいことだ。だがせっかくこっちの世界にいるんだ、人間が書いた本も読むといい。特に最近のは面白いぞ」


 田沼さんも本が好きなのだろうか。

 きっと大昔から生きている分、多くの暇をつぶしてきたのだろう。

 今度おすすめの本でも聞いてみよう。


 「よし、そろそろ18時か。悪いが俺はそろそろ仕事なんでな。残りは一人で頑張ってくれ」


 「はい!こちらこそ手伝っていただいて、ありがとうございました!」


 田沼さんは、何か長期の任務に就いていると聞いたが、今日もなのか。

 それにもかかわらず、僕の引っ越し作業を手伝ってくれて、感謝この上ない。

 ものすごい体力だ。

 それに対して、僕はもう限界に近い。

 夜中にいきなり試験を受け、朝から夕方まで歓迎パーティー、そしてこの引っ越し作業。

 疲れを癒すために今日はもう休もう。

 最低限の家具などは備え付けてあるので、荷ほどきは、明日以降の空き時間にでもゆっくりすればいい。

 出勤時間は毎朝9時なので、8時に起きれば十分間に合う。

 寝床のすぐ下が事務所でよかった。

 そう思いながら、そのまま、ふかふかのベッドの上に倒れこむようにして眠りについた

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