第3話 廃墟
玄関には、特におかしなところはない。
さとりさんの話だと、この建物に何かが出るらしいが、今のところ、何も感じない。
妖怪の類ならば、気配に気づくだろうと思っていた分、気味が悪い。
そんなことを考えながら、玄関を通り抜け、横に見える部屋に音を立てず侵入する。
何も気配は感じないが、警戒は続ける。
先制攻撃を受けることは避けたい。
周囲に気を配りながら、部屋を探索する。
部屋を見回りながら、どうやって妖怪を退治しようかと頭を巡らすが、思いがけない疑問にぶち当たった。
渡された銃って、妖怪に効くの?
銃というものは、対象へと金属の玉を飛ばす機械だと習った。
人間界ではそれで多くの人が殺されて地獄へとやってくる。
しかし、鬼の僕から見れば、あんな小さい玉なんて、当たったところで深刻なダメージにはならない。
まあ、ちょっとは痛いけど。
僕にほとんど効かないなら、ほかの妖怪たちにも同様だと考えるべきなのでは?
もしかして、廃墟に悪い人間が現れた時に使う銃なのか?
もしそうならば、人間の気配を感じない今回は、使う必要はなさそうだ。
妖怪なら種類によっては気配を隠せるものもいる可能性はあるが、人間にはそんな芸当は不可能だろう。
正直、人間がいない方が、調査がしやすくなる。
勝手に銃で殺して地獄に送るわけにはいかないし、今回の調査対象の妖怪に殺されるのも迷惑だ。
正直お荷物である。
というか、僕が鬼だと伝えるわけにもいかないし、突然廃墟に現れた不審者だと思われて、むしろ怪しまれそうだ。
考えを巡らせながら、懐中電灯で、部屋の全体像を見ると、どうやらここは、居間であることが分かった。
老朽化しており、ずいぶんと散らかっているが、座布団や、いろりが置かれており、奥には台所も見える。
家の大半をこの居間が占めているのだろうか、と感じるくらい、広い居間だ。
ここにとどまっていても、仕方ないので、次は奥に見える襖を開け、次の部屋へと向かう。
老朽化の影響か、はたまた以前に訪れた人間がやったのかわからないが、この部屋も散乱している。
仏壇や本棚が辺りに倒れていて、足の踏み場もない。
おそるおそる探索するも、とくにこれといった収穫はなく、次の部屋へ向かう。
どうやら、思っていたよりも広い廃墟のようで、ずいぶんと探索に時間を要した。
計8部屋くらいは探索しただろうか。
どの部屋も、散らかっているだけで、妖怪の気配なども感じない。
本当に、ここで心霊現象が起こっているのだろうかと、疑問を抱きながら、次の部屋へと足を向ける。
少し空いている襖から、やかんが見えるので、おそらく台所だろう。
半開きの襖を開けようと、取っ手に手をかけた。
それと同時に、今まで何も感じなかった背後に気配を感じた。
後ろを取られた!
慌てて振り向き、右手で、気配のする方向を照らし、左手を構える。
「子ど......も?」
懐中電灯が照らす先には、和装の男の子がいた。
8歳くらいだろうか。
こちらに敵意をむき出しにしているのを感じる。
迷子か?
いや、違う。だとしたら初めから気配を感じているはずだ。
この子は人間ではない。
彼が調査対象なのか?
「何しに来たんだい?」
和装の子が僕に問いかける。
口調にも敵意がむき出しだ。
穏便に話し合い、というのは無理そうだ。
とりあえず、正直に質問に答える。
「ここで心霊現象が起こると聞いて、調査に来たんだ。君がやったのかい?」
彼の敵意が増した。
どうやらマズイ発言をしてしまったようだ。
「そうだよ。僕の家に勝手に入るのが悪いんだ。土足で上がり込み、部屋を荒らすやつらに、攻撃して何が悪い。お前も僕の家を荒らしに来たんだろう!」
そう言うと、和装の男の子はいきなり僕の腹に蹴りを入れてきた。
あまりの速さに対応できず、襖を突き破り、台所の壁にたたきつけられる。
追撃を食らわないために、急いで態勢を立て直す、とりあえず手元にあったやかんを、彼のいた位置に投げつける。
しかし、既に彼の姿は消えていて、牽制にもならなかった。
代わりに左から回り込んできた彼の膝蹴りを、もろに顔面に食らった。
一瞬意識が飛ぶが、気合で耐え、周囲を警戒する。
たった2回蹴りを食らっただけにもかかわらず、体力の消耗が激しい。
おそらく、あの速いスピードに、全体重をかけている分、一撃が重くなっているのだろう。
もしかしたら、知らぬ間に、この廃墟や彼の攻撃に付与されている、彼の妖術か何かを受けている可能性もある。
おそらく、この廃墟では、間取りを熟知している彼に分があるだろう。
狭くて暗い中、素早く動き回っているため、こちらからの攻撃もままならない。
ならばどうするか。
外だ。
月明かりのさす、広い屋外ならば、今よりはマシに戦えるだろう。
近くにある窓に突っ込み、無理やり外に出る。
和装の男の子も、後を追って、軽い足取りで外に出てきた。
いつの間にか、朝が近いようで、外は少し明るい。
先ほどと変わらず、突っ込んできて蹴りを仕掛けてくるが、よく見える。
攻撃も直線的で、避けるだけならば、さほど苦労しない。
攻撃をよけつつ、作戦を練る。
彼も悪気があって、攻撃しているわけではない。
ただ、自信の住まいを荒らす者に、それ相応の仕打ちを与えているに過ぎない。
だとしたら、僕が敵ではないと、家を荒らす気はないとわかってもらえれば、攻撃を止めてくれるかもしれない。
何とかして、彼の動きを止めて、話しかけよう。
正面から突っ込んでくる彼を注視し、蹴りを仕掛けてくる直前を見計らう。
蹴りが僕の体に当たる直前までひきつけ、相手の足を右手で掴む。
よし!
月明かりのおかげで助かった。
それに、鬼の身体能力をなめてもらっては困る。
暴れる相手を地面に押さえつけ、話しかける。
「落ち着け!僕は君の敵じゃない!」
これで彼が落ち着いてくれるといいのだが。
「君の家に危害を加える気はない!」
彼は、僕の言うことが聞こえていないのか、変わらず暴れ続ける。
正直、手も限界だ。
こんなに小さいのに、すごい力だ。
一瞬手の力を緩めたその隙をついて拘束を抜けられてしまった。
あれだけ暴れたのに、全く着崩れしていない和服のまま、走り出す。
もう一度距離を取って、突っ込むつもりか?
それならばまた抑えて、誤解を解くだけだ。
いや、違う!
彼の走った方向には車がある!
さとりさんが危ない!
「さとりさん!」
慌てて後を追うも、彼の方が数秒早く車に到達し、運転席のドアを開ける。
「何寝てるの、さとりちゃん。試験終わったよ」
ん?
試験?
何を言っているんだ?
和装の男の子は、まるでさとりさんと旧知の仲であるかのように、彼女に語りかけた。
「ほら、早く起きて。」
「うぅ......おはよーございます、終わったんですかー?」
さとりさんの方も、彼に警戒せずに答える。
「ほら、君も混乱してるだろうけど、とりあえず乗りなよ。もう朝になっちゃうし帰るよ」
和装の男の子に促され、何が何だかわからないまま、後部座席に乗せられた。
彼が隣に座り、さとりさんが、眠そうにしながらエンジンをかけ、車を発進させる。
「あ、あの、試験ってどういうことですか?」
走り出した車の中で、おそるおそる口を開く。
「新人が来るたびに、これからここでやっていけるかテストしているんだよ。今回の試験官は僕」
和装の彼がこちらを向いてにこにこしながら答える。
先ほどまでの凶暴さは全く感じられない。
「そうだったんですね......配属早々一人で仕事に駆り出されたのかと思ってました」
「試験だって言っちゃうと、変に気張っちゃう子も多いからね。今運転してるさとりちゃんなんかさぁー......」
「ちょっと!?それ以上言うとここで降ろしちゃいますよ?」
さとりさんが焦って口を開く。
きっと、なにか恥ずかしいことでもあったんだろうな。
今度聞いてみようかな。
「カキくんも!聞かれても絶対教えないからね!」
あ、さとりさんが心読めるの忘れてた。
「教えちゃだめですよ???」
助手席の和装の彼にも釘をさす。
「はいはい。とりあえず、君に何も言わなかった理由は、妖怪への素の対応を見たかったんだよ。戦闘面はバッチリ。途中で屋外に出る判断もよかったよ。それに耐久力も悪くない。結構強めに蹴ったつもりなんだけど、ピンピンしてるもんね」
いや、普通にめっちゃ痛かったが。
こちらからすると、子どもの体で僕にダメージを与える力を持っているほうが信じられない。
小さい体のどこからあんなスピードと威力を持つ蹴りを出せるんだ。
「あと、僕が襲い掛かっても話し合いで解決しようと頑張ってたよね。渡された銃も使わなかったし。」
ん?銃?
「あの、銃って妖怪にも効くんですか?」
てっきり人間にしか効かないと思っていたため、試験の時は使わず、素手で戦っていた。
「あれ、さとりちゃんから聞いてない?特殊な弾使ってるから、妖怪にも効くよ。まあ当たればの話だから、ほとんど使ったことないけど。気休めだね」
そんな話全く聞いてない。あの人、やっぱり人がいいだけで仕事に関してはテキトーなんじゃないか?
さとりさんも心当たりがあるのか、ハンドルの操作がおぼつかなくなり、車が少々蛇行する。
「まあいいや、さとりちゃんが雑なのはいつものことだし。とりあえず君は合格!これからよろしくね!」
そういって笑顔で手を差し出す。
「よろしく......お願いします」
唐突に始まる試験といい、さとりさんの説明の雑さといい、正直不安しかないが、出された手を握り返し答える。
「まだ自己紹介していなかったよね、僕は座敷わらし。みんなからは『わらしさん』って呼ばれてるけど、好きなように呼んでよ」
座敷わらしだったのか。だから和装で子供の姿なのか。でも、おそらくあの戦闘力を見るに、軽く数百年は生きていそうだ。
怪奇現象対策班の先輩だし呼び捨てなんてできるわけがない。
「じゃあ僕も『わらしさん』と呼ばせてもらいます。カキって言います。これからよろしくお願いします」
「カキ君だね、よろしく!ところで色々君に聞きたいことあるんだけどいいかな?」
「いいですよ」
キラキラした目でこっちを見てくる。長年生きていても心は子供のままなのだろうか。
それから数十分、僕はわらしさんから浴びせられる大量の質問に答えた。
地獄の生活の話や、人間界でやってみたいことなど、根掘り葉掘り隅から隅まで話した。
本当に子どもと話しているように感じ、危うく、事務所の先輩にもかかわらず、何度か敬語で話すことを忘れてしまいそうになった。
ようやく質問のネタが尽きたのか、会話が滞り始めたとき、あと5分くらいで目的地に到着すると、さとりさんが教えてくれた。
「もう着いちゃうのか、じゃあ先に班のメンバーのこと軽く喋っとこうかな。カキ君は、まだ僕とさとりちゃんしか知らないよね?」
「はい、わらしさんとさとりさん以外は。他にも何人かいるんですか?」
「うちの班にはは5人と1匹、いや、今日からは6人と1匹だね」
1匹?
動物がいるのか?
「まずは、君と同じ鬼族の班長、次に雪女のユキちゃん、化け狸の田沼さん、あとはケルベロスのポチ。人数少ないから、覚えるのに苦労はしないと思うよ」
ポチ?
それって確か、日本の犬に付ける名前で昔一般的だったやつな気が......仮にもケルベロスなんだよな?
いいのかそれで。
「あ、そうそう、事務所に着いたら久しぶりの新人が来たってことで、歓迎パーティーすることになってるから!楽しみにしてて!」
「あ、ちょっとわらしさん!それ言っちゃだめじゃないですか!サプライズするんだって自分で言ってましたよね?」
「あれ、そうだったっけ。まあいいや。ともかく詳しい自己紹介とか、事務所の施設とかはその時に紹介するから。おいしいご飯も買ってあるし、きっと親睦も深まるよ」
歓迎パーティーまで、やってくれるのか。
地獄内の部署だとそんな話聞いたことがないが、人間界だと親睦会という形で開催するのがよくあると聞く。
さとりさんも、わらしさんも気さくで話しやすいし、当初は抗議してやると意気込んでいたが、意外とここでうまくやっていけそうだ。
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