第2話 記憶

「ここかな〜」

 アルスは持っている紙を見ながら、一つの白い屋根の家を指さした。

「ここが俺の家……か」

 そうだったような気もするけど……駄目だいけない、もう忘れかけている。

 最初は、案内役なんていらない、一人でゆっくり廻りたいと思っていたけど、確かにアルスがいなかったら大変だったなと実感した。

「中に入ってみよう」

 アルスは扉を貫通して、家の中に入って行った。俺も後に続いた。扉は開ける物という認識だったので、実際に貫通すると不思議な気持ちになる。

 家の中に入った瞬間、俺の心がじんわりと暖かくなった気がした。この安心感は俺の人間の時の記憶ではなく、今の感覚が作り出している。

 白色の漆喰で塗られた壁、細い廊下、そして何よりも俺の心をあったかくしたのは、階段をのぼった二階のとこにある俺の部屋だ。ここは今でも記憶に残っている。生きている時、この部屋で色々な感情が渦巻いていた。怒った時も喜んだ時も、悲しんで泣いた時だってこの部屋で一人で自分自身の感情を噛みしめた。そんな覚えがある。

「ただいま」

 一階の方から声が聞こえてきた。この声は……

 俺たちは一階へ降りて声の主を確認してみた。リビングに行くと、そこには制服を着た弟がいた。名前はもう忘れてしまった。弟は、棚の上に置かれている俺の写真に向かって、合掌し、何か祈っていた。いや、これは死者への、俺への挨拶なのかも知れない。

「良い弟さんだね。仲良かったの」

「いや、不仲だったよ。ケンカばかりで、最近なんて全く話してなかったよ」

 アルスは俺がそう言った瞬間、微笑んだ。

「人間って……」

「え、何すか」

「いや、何でも。ところで、君の心残りは解消したかい?」

 心残りが解消するも何も、そもそもそれが本当にあるかすら俺は分からない。

「でも、玲くん、生きていた頃の家に行きたいって言ったじゃない」

「それは、特に行きたい場所が思いつかなかったからで」

「ふーん。じゃあ、次は玲くんが通っていた学校とかにも行ってみる?」

 その言葉を聞き、俺の心がギュッと縮まった。なんだ、このモヤモヤとした感情は。アルスは俺の顔を見てニンマリした。

「お、学校がキーポイントかな」

 勝手に気持ちを読み取らないでくれよ……。



 新たな目的ができたけど、弟の名前さえ忘れているのに、学校や友達の名前を思い出せるはずがなかった。

 なので、俺たちとアルスは適当に現世を散歩することにした。

 そもそも、俺は心残りなんて天界みたいな所にいた時からなかったんだ。

「アルス、人間には俺たちの姿が見えているの?」

「んん、普通だったら人間が霊を見る事はできないんだけど、例外はいる。いわゆる、霊感が強いって言う人だね」

 俺が人間だった頃も本当に霊は現世に漂っていたのか。自分は生きていた頃、あまり霊の存在を信じていなかったから、なんか今の状況が感慨深い。

 それにしても、このあたりの風景の記憶は残っている。ほとんどの事象は忘れているのに、主に自然の風景は肌感覚で覚えており、妙な気持ちになる。

「あ、あの人」

 アルスが指差している方を見てみた。その時、俺の心はずきんとなった。

「資料にあった人だ。たしか名前は……」

「宮だ」

 え、今俺なんて言った? ミヤ……。

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