人と霊

春本 快楓

第1話 霊への転じ

 玲って本当に運動苦手だよな。

 宮がうまいだけだし。サッカーなんてそもそも俺はやったことない。

 少しはあるだろう。小学校の休み時間とかに友達と一緒にやったりとか。

 ……俺、その頃から、ね。

 そう?

 ……ねえ。宮は何で俺なんかと一緒に遊んでくれるの? 他の友達と遊んでいた方が面白くない?

 

 


 お前といると、何も取り繕わなくて楽なんだよね。

 

 

 

 2024年、12月某日、A市の道路で一件の交通事故が起こった。その事故の被害者はある高校一年生だった。

 被害者は未成年だったので新聞やニュースでは名前は伏せられた。その少年は不注意で車にぶつかり頭を強く打った、そう表記された。

 そして、この事件についてメデイアで報道されていないことがある。それは、その被害者の近くには同級生らしき人物もいたこと。そして、その人物は被害者が車にひかれてもどうとも動かず、ただ呆然と頭のまわりに血の水たまりが広がり続けている被害者を見つめているだけだった。駆け寄ることもなければ、涙を流すことも……。

 この事故の被害者なんだが、実は俺だ。そして近くにいた同級生は、大村宮。事故が起こる前まではよく一緒に遊んでいた。遊んでいたと言っても最近知り合ったんだけど。俺的には、宮と仲いいつもりだったんだけど。


「おい……おい……おぬし……」

 はっ、と我に返った。長い考え事をしているといつの間にか意識が飛んでいた。意識が戻ると、異空間? 周りが黄色い雲みたいな物で覆われている場所にいた。

「おぬし、名前は……」

「れい……玲です」

「! おぬし、まだ名前を覚えているのか……」

 前に立っていたおじいさんはうーんと唸った後、俺の方を凝望してきた。

「やり残したこと……あるようじゃな」

 やり残したこと……いや、そもそも俺がどんな所に住んでいたかすらすでに忘れていた。名前を思い出すのもギリギリなくらいだったのだ。

「そう……名前。おぬしは死んでいるにも関わらず……まだ生きていた頃の……名前を覚えている。これは重大じゃ」

「はあ。それで、俺はどうすればいいんすか」

「地獄に行くか……霊となって現世に戻るか」

「……天国に行くっていう選択肢は? 俺、天国で極楽な生活したいっすけど」

 おじいさんはゆっくりと首を振った。

「名前を覚えているというのは重大な事だ。人間の頃の(自我)を消しきれていない証拠だ……そんな奴を天国に送り込めるか」

(自我)を消しきれていないってそんなに悪い事なのかな。

「ええと、じゃあ、現世に戻ります」

「……そうか」

 え

 次に瞼を開けた時には、場所が変わっていた。

 周りを見ると、飲食店と大きな服屋があった。奥を見渡すと山も見える。

 本当に現世に戻ってきてるじゃんか。

「ここはあなたが死んだ場所です」

 背中の鳥肌がゾゾゾッと立った。後ろをバッと振り向くと、一人の小学生っぽい少年が立っていた。いや、こいつは霊だ。直感でそう感じた。

「ええと」

「僕はアルスと申します。現世での案内役を務めさせていただきたいと思います」

 アルス? とても変わった名前だ。

「そうなんです、死んだ者の記憶は急速に衰えていく。だから、霊はみな、代わりに新しい名前を自分でつけるんです」

 普通、霊は名前を忘れるのか。だから、俺は異常なのか……。 いや、俺はそんなことより変な違和感を感じた。

「俺、何も言ってないよね、君の名前のことについて」

「あー、死んで霊になり、しばらく経つと、動物や霊などの気持ちを理解することができるようになるの」

 え、じゃあ、この声も聞こえているの?

 そう心で唱えると、アルスと名乗る霊は、こくんと頷いた。なんか、テレパシーを送っているみたいで面白いな。

「さて、玲くんでしたっけ。あなたは何を思い残した? まずはそこに行ってみよう」

 そうだね、せっかく現世に戻ったからには俺が暮らしていたまちを廻るべきだな。でも、、、

「……あの、あんたついてくんの? 俺、一人で廻りたいんだけど」

「案内役ですから」

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