第40話 光と重力

「いや、そんな筈はない。私の知っている『光のオルタシア』とは、あまりにも違い過ぎる……!」


 王様の執事テオフィロは、その二つ名とヴァレンティナの母親オルタシアが同一人物とは認識できずに戸惑っているようだ。


「そうどすか……わては昔も今もそんなに変わってまへんけど。これでも喰ろうてみたらハッキリするんと違いますか?」


 オルタシアはそう言うなり、両拳から光の速さで攻撃を繰り出した。


「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃー!」


「これは、光速拳! だが!」


 テオフィロが掌を地面へ振り下ろすと、放たれた光速拳の軌道が下にずれていく。


 そしてテオフィロの手前でドカドカッと地面を抉った。


「クククッ、光といえども重力による空間の歪みで軌道が曲がるのです……ゲホッゲホッ、土煙が!」


 テオフィロが咳き込むと、オレたちは重力負荷が消えてみんな自由に動けるように……いや、オレとヴァレンティナ、グリゼルダ以外は結局倒れ込んでしまった。


 だけど今がチャンス、オルタシアの元に集まって反撃に転じよう。


「母上すまない、私が不甲斐ないばかりに」


「気にせんでよろし。親が子どものピンチを助けただけのことやさかい」


「あ、あの。わたしグリゼルダと申します。助けていただいてありがとうございました」


「あっ、もしかしてウチの娘のお友達どすか? いつもお世話になっとります」


「あ、いえ。今日会ったばかりで……」


「そうどすか。ウチの娘、口は悪いですけど根は優しい子なんです。どうかこれからも末永う仲良くしてやってください」


「は、はあ」


 こんな状況でも母親ムーブを欠かさないとは、さすがと言うべきかなんというか。


「本当に助かりました。あとはオレたちでヤツを倒します」


「タツノスケはん、お久しぶりどす。ところであのプカプカ浮いてるのは何どすか?」


「あれは王国の王様の城で、あれで魔族の国を攻撃するつもりらしいです」


「さよですか……それやったらここはわてに任せて、タツノスケはんたちにはアレを何とかしてもらいましょか〜?」


 オルタシアはオレとグリゼルダをいきなり抱え上げると、ここからかなりの距離がある空の城へ向けて投げつけた!


「うわああああー!」


「きゃあああ、タツノスケ〜!」



「ヴァレンティナ、お前はどうしますか?」


「私は……タツノスケと行動を共にする!」


「タツノスケはんに付いていくということは、もう2度と魔族の国へ戻れんかもしれまへん。それでもええんどすか?」


「はい。今まで育ててくれて、ありがとうございました。母上」


「さよか。ほな、行きなはれ!」



「ゲホッ、ようやく土煙が収まったか。ん、あれは何だ! 我が王の城へ飛んでいくではないか」


「……わてに背中を見せてええんどすか? テオフィロとやら」


「くっ……しかしまだ信じられん、お前があのオルタシアなどと!」


「さっき見ましたやろ、わての光速拳を」


「……私がこの世界に召喚されたのは約20年前、まだ前国王の時代。当時は高校生だった私があの時見た『光のオルタシア』は、気高く美しかった」


「……」


「そして圧倒的なまでの強さ。敵ながら憧れの念すら抱いたものです」


「それはおおきに。でも20年前のことやからねえ」


「しかし貴女は、ある時忽然と戦場から姿を消した。次期魔王に最も近い存在と言われていたのに」


「ああ、わてもいろいろありましてな」


「噂では、どこの馬の骨とも知れぬ異世界人と結婚して引退したと聞いたが、私には信じられない話だった」


「まあ、その噂は一応合ってます。せやけど、うちの人は『どこの馬の骨とも知れぬ』人なんかやおまへんで!」


「やはり本当だったのか……ある意味納得しました。貴女のそのだらしない、戦士として恥ずべき身体付きについてね」


「何が言いたいんどすか?」


「その異世界人が、無能で甲斐性なしの人物であるという、何よりの証拠ではないか!」


「……この身体付きは、ウチの人とわてとヴァレンティナの3人家族で幸せな生活を送ってこれた証。何も恥ずかしいことなんかあらしまへん」


「……」


「それとな、わてのことは何と言われても構いません。せやけどなあ、もう亡くならはったウチの人のことを侮辱するのは、絶対に許しまへんで!!」


「だったらどうしますか? 私はね、失望しているのですよ貴女に。だから貴女を倒したあと、後ろに倒れている連中で憂さ晴らしさせて貰います!」


「何をするつもりどすか?」


「私の重力スキルを更に極めるための実験材料にするのですよ。これまでだって敗北した兵士や異世界人、捕虜の魔族なんかを使っていろいろ試したからこそ、ここまで強くなれたのですから!」


「……許しまへんで」


「あぁ!? さっきも言いましたが、だったらどうするというのですか? ん〜?」


「アンタみたいな根性ねじ曲がった子ォはなあ、躾け直してやらな、あきませんのやー!!」


「身体全体が光って……光の粒子と化して突進してくる、まさに『光のオルタシア』の最大奥義! だけどねえ!」


 ブアァーッ!


「クックック、他愛もない……光といえどもブラックホールからは逃れることはできません。オルタシア、貴女の姿がよく見えてますよ」


「……」


「おっと、貴女が見えている場所では時間が限りなく遅くなっているのでした。私が観察している時点で、貴女はもうブラックホールに吸い込まれている。私の声などもう届いていないでしょう」


「……」


「さようなら、オルタシア。私の美しい思い出と共に、時空の彼方へと永遠に封じ込められるがいい」



「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃー!」


「おごお! げぶああ! グハアァーッ!?」


「すんまへんなあ、ご期待通りに封じ込められんかったわ〜」


「ハア、ハア……な、何故だ? い、いったいどうやってブラックホールから逃れた?」


「正確には、逃れてはおまへん。今ここにいるわては『量子テレポーテーション』で送られた情報から再構築された存在どす。送信元のわてはもう吸い込まれてしもうたわ」


「り、量子テレポーテーション……?」


「やっぱりアンタ、一般相対性理論の都合ええトコだけつまみ食いしただけなんやね。わてはウチの人から、相対性理論も量子力学も、優しく丁寧に教えてもらいましたんや」


「そ、そんな奴が……召喚されていたなんて」


「では種明かしといきましょか。わては、全身を光の粒子と化した時点で、全ての粒子を分割して量子もつれ状態にした。せやから、アンタが一方を観測した時点でもう一方の状態も確定したのや」


「な、何がなんだか……だが、再構築された貴女は、既に別の人物なのでは」


「そうかもしれまへん。せやけど、これまで家族で過ごした大切な思い出は全て覚えてます。そやから、このわてが何でも別にええやないですか」


「ハア、ハア……この私が、我が王以外の者に敗れるとは。さすがは『光のオルタシア』」


「それはおおきに。では、今からお仕置きタイムといきましょか」


「や、やるならひと思いに」


「言いましたやろ、躾け直すって。まあ、その覚悟に免じて、わてがどっちの拳でお仕置きするか当てたらちょっとは手加減しましょ」


「み、右ですか?」


「ブーッ! 違います」


「それじゃあ、左しか」


「ブブーッ! それも違います」


「ま、まさかりょーほー……」


「その通りやけどもう遅い! おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃー!」


「グアアアアアアアアアアーッ、プギャ〜!」


「ふう、やっと終わりましたな……痛たた、ちょっと本気出したら四十肩と腰のヘルニアが。タツノスケはん、あとのことは任せましたで」

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