第39話 王の執事

「私の名はテオフィロ。我が王の執事を務めさせていただいております。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」


 オレたち反乱軍の前に、突如として出現した歪んだ空間。


 その隙間から現れた30代後半くらいの男は丁寧な挨拶をして一礼をした。


 いや、文章にすると確かに丁寧なのだが、腹の中では相手を見下した慇懃無礼さが滲み出ている。


 オレたちはあまりの突然さに呆気に取られている……いや、一人果敢にも向かっていく者がいた。


「仲間たちと私の右腕の仇! 覚悟しろ!」


 いつの間にかヴァレンティナがテオフィロに飛びかかっていた。


 義手の右腕から隠し刃を出して迫っている。


「……雑魚が、私に気安く近づくな!」


「うわあぁーー!」


 テオフィロにもう少しで刃が届くというところで、ヴァレンティナは突然悲鳴を上げ、まるで下から引っ張り降ろされるかのように急激に落ちていった。


 そして地面に叩きつけられた彼女はうつ伏せのまま起き上がることすらできない。



「……クソッ、もう少しだったのに!」


「そういえば、しばらく前に王都に侵入を企てた魔族どものうち、一匹取り逃がしていたな。お前がそうなのだろう?」 


「一匹って……敵とはいえそんな言い方ないだろう!」


 テオフィロのいかにもな言い方にオレは文句をつけたが、ヤツは鼻で笑いながら言い返してきた。


「コイツら魔族軍は、しばらく前に防衛線の手薄な箇所を突いて少数部隊で侵入してきた。恐れ多くも王都におられる我が王を拉致し、停戦を要求しようなどという馬鹿げた策でな」


「だからなんだっていうんだよ?」


「しかし私の能力で、コイツの右腕と仲間は呆気なく押し潰された。コイツは右腕を自ら切り離して必死になって逃げ出したのだ。こんな間抜け共のカウントなど『匹』で十分だ」


「オッサン、言ってる理屈がおかしいぞ。単に人を見下したいだけじゃないのか?」


「……口の利き方には気をつけたほうがいいぞ小僧。私は何時でもここにいる全員を処刑できる能力があるのだからな!」


 何かカチンときたのか、テオフィロは低い声で不機嫌さを表しながら脅しの言葉を投げつけてきた。



「ぐあああっ!」


 それからすぐにオレは身体がやたらと重くなった。


 重いというか地面に埋まっていきそうなくらいに下へと押し付けられていく。


「大丈夫ですかタツノスケ! わたし、既に結界防御を張っておきましたが効果がなくて!」


「な、何がどうなってる! 足が、動かせねえ!」


「身体が地面に吸い付けられているみたいだ!」


 オレだけじゃない、グリゼルダも、いやこの場にいる全員が同じような状態らしい。


 陣営はかなり広いし一般兵たちを含めると数千人はいるはずだが、見渡す限り全員が動けない。



 でもこれではっきりした。

 テオフィロは重力系のスキル能力者だということが、しかもとんでもなく強力な。


 その上瞬間移動みたいなことをしてここに現れたし、ヤツの能力の底がまだ見えてこない。



 ヤツは動けなくなったオレたちを見渡しながら頭を振りつつ、やれやれと呟いてから面倒そうに口を開いた。


「貴様たちが反乱を起こしたせいで、私にはいい迷惑だ。せっかくの休日が台無しとなり、我が王からはお叱りと早急な対応を指示されてしまいました」


「そんなこと、オレたちに言われたって!」


「別に構いませんよ、反乱を起こしたければ。ただ、我が王は大変お怒りで、自らも出陣し反乱を制圧したあとに魔族の国も一気に征服すると」


「その王様はどこにいるんだ?」


「見えませんか? ここから王都の方向に、我が王の居城が天空に浮かんでいるのを」


「あ、あれか?」


「嘘だろ……王様が住んでる居城が丸ごと浮いてるじゃないか」


 王都の方向を見た全員が驚愕のため息をついた。


 確かに巨大な城がそのまま空中を移動しているのだ。


 あれは王様の能力でやっていることなんだろうか?


 そしてテオフィロは面倒事を早く片付けたいとばかりに言い放った。


「どの道、我が王への反乱は万死に値する。よって、貴様たちはこの場で私のスキルで処刑する」


「おい、この場には反乱軍じゃない捕虜の兵士も多数いるぞ。そいつらは処刑対象じゃないだろうが!」


「反乱を止められずに陣営の制圧を許すなど、我が王への忠誠心が疑われる。よって全員同罪である」


「てめえ……!」


 コイツ、単に自分のスキルで大量殺戮するのを楽しんでいるだけだろう。


 やっぱりあの王様の側近、虫唾の走る外道だ。



 そしてテオフィロは下衆な思いつきをしたという表情でロクでもなことを言い出した。


「クックック。今日の処刑は、いつもとは違う趣向を取り入れよう。異世界人たちは、私が作り出したブラックホールに飲みこまれてもらおうか!」


 この世界の現地人たちは意味が分からずキョトンとしているが、それがわかる異世界人は、オレを含めてみんな顔が強張った。


「無茶苦茶だ! 吸い込まれたら2度と外には出られないあれだろう?」 


「いや、そんなものつくれるわけがない、ハッタリだ!」


 異世界人たちの怒号で凄い騒ぎになった。


 落ち着いているのはオルランドたち一部の者だけで、この雰囲気では逆転の勝利フラグを立てにくくなってしまう。


 それを嘲笑うかのようにテオフィロはわざとらしく説明して恐怖心を煽り立てる。


「ブラックホール、私は作れますよ? 超重力で空間を圧縮し続ければ小さいものはね。現に、私はブラックホールに入ってからワームホール、ホワイトホールを通り抜けてここに超短時間で来れたのですから」


「えっ、それじゃ吸い込まれても助かるんじゃ」


「言っておきますが、通り抜けできるのは重力スキルを極めて空間を絶妙に歪められる私だからできる芸当。貴様たちでは、永遠に閉じ込められたままになるでしょうね!」



 そう言い終えるとテオフィロは指で何かを弾き飛ばす動きをした。


 とても小さな黒い穴みたいな……まさか?


「まずは一人、お試しで吸い込んでみましょう」


「うわーっ!」


 そのマイクロブラックホールとでも言うべき黒い穴が反乱軍の仲間の一人へと近づいていく。


 接近して彼が叫び声を上げたあと、完全に動きが止まった。


 そしてブラックホールが消滅すると同時に仲間の姿も消えてしまった。


「ぎゃああーー!」


「やめて、こんな死に方したくねーよ!」


 場は完全にパニック状態になってしまった。


「クククッ! 一般相対性理論において、ブラックホールのような超質量のすぐ近くでは時間の流れが限りなく遅くなる……それを外から観察するのは実に楽しい! 吸い込まれる人間の引きつった顔がじっくりと眺められる」


「悪趣味も大概にしろよオッサン!」


 オレは黙ってられずに思いっきり言ってしまった。


 これで次はオレだな……でも悲惨な光景を見続けるよりはマシだ。


「小僧……さっきも言ったよなあ、口の利き方には気をつけろと。そんなに早く死にたいのなら、お前は特別に身体を圧縮させてからブラックホールに吸い込ませてやろう」


「やれるもんならやってみろ!」


「タツノスケ、挑発なんかせずに、なんとか逃げ延びてくれ!」


「やめて! タツノスケが本当に消えてしまったら、わたし……!」



 いきりたつオレのことをヴァレンティナとグリゼルダが心配してくれているが、生存フラグが立てば復活できる。


 いや待てよ、ブラックホールの中から復活なんてできるのかな?


 そもそもブラックホールに吸い込まれても死んでしまうのかどうかもよくわからない。


 まあいいや、なるようになるさ。



 オレが覚悟を決め、テオフィロが重力負荷を更に高くしようとした瞬間だった。


 遥か向こうの空から、何かが高速で近づいてくる音が聞こえてきた。


「くっ!」


 テオフィロが声を上げながらバッと後退する。


 そこにドガッと細長い物が突っ込んできて地面にぶっ刺さったのだ!


 刺さってるのは……普通の箒じゃないか?


 そこにシュタッと飛び乗ったのは、エプロン姿でいわゆるオバサン体型の、見覚えがある人物だった。


「は、母上! どうしてここに!?」


 ヴァレンティナが叫んだ通り、彼女の母親であり現魔王の姉でもあるオルタシアだった。


「それなんどすけど、なんやアンタがえらいピンチやとビビビッと感じましてな。急いでこの箒に乗って駆けつけたんどす」


 箒に乗ってって言うけど、魔女みたいに跨がってじゃなくて上に立ってたよね。


 相変わらずメチャクチャな人だな……どっかの殺し屋じゃないんだからさ。


 それにビビビッと感じたってのはウソだ。


 オレはさっきヴァレンティナが抱きついてきた時に見たんだ……彼女が肩に装着した小さなマントの裏に発信器らしきものが付けられてたのを。


 まあでも母親が娘を心配するのは当たり前のこと、オレがとやかく言う筋合いはない。



「わけがわからん……だが邪魔をするなら娘と一緒に処刑するまでのこと!」


 テオフィロは少し苛立っているようだが冷静さは失っておらず、オレたちにかけた重力負荷は解除されていない。


「オルタシアさん、気をつけて! そいつかなり強力な重力系の能力者で、ブラックホールまで操るから!」


 オレは言い終わってから、ブラックホールって言葉はわからないよなと後悔したが、なぜかオルタシアはそのまま軽く頷いた。


 そしてテオフィロは何やら驚いたらしく、少し動揺した表情をみせながら呟いた。


「オルタシア、だと? ま、まさか『光のオルタシア』なのか?」


「……そんな二つ名で呼ばれていた時もありましたな」


 どういうことだ?

 この2人には何か因縁めいた事でもあるのだろうか?


 相変わらず動けない状態でオレは状況を見守るしかなかった。

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