第36話 ドラゴン
「ヴァレンティナじゃないか! 身体の具合はもう回復したのか?」
王国軍の陣営で、王様に不信感を抱いている異世界人たちによる反乱が始まった。
相対している魔族の軍は静観していたはずだが、なぜかオレの知り合いである魔族の女ヴァレンティナが陣営内に忍び込んでいたのだ。
「ああ、それはこの通りピンピンして……いやそれよりも、どうしてお前がここにいるのだ! まさか、王国軍に入って私たちを攻撃していたのか?」
「違うって。いろいろわけがあって、反乱側に協力しているだけで魔族の国との戦争には加担してない」
「ほ、本当なのだな?」
「ああ。だいたい、オレが王国から指名手配されてたのはお前も知っているだろう」
「そうだったな。私としたことが、疑ってすまない。久しぶりに前線に復帰して気が立っていたようだ」
ヴァレンティナは警戒色の強い表情をようやく緩めて、徐々にオレに近づいてくる。
「会いたかったぞ、タツノスケ〜!」
「魔族の女! わたしのタツノスケにこれ以上近づくのは許しません!」
ヴァレンティナが両手を広げてこちらへ駆けてきたところを、グリゼルダが間に割って入った。
そうだ、グリゼルダは聖職者……つまり魔族とは相性が最悪なのだ。
仇敵とも言える相手の登場に動揺したのか、ヴァレンティナはしどろもどろでオレに問いかけてきた。
「『わたしのタツノスケ』だと? い、い、いったい、な、な、何なのだこの女は!?」
「ああ、コイツは旅のパートナーの聖職者グリゼルダ。それだけだがどうかしたのか?」
「つまり仲間か。グリゼルダとやら、私は彼と一緒に異世界人や魔法使いと闘い、仲間以上の強い絆で結ばれているのだ」
「それならわたしだって一緒に闘いました。それだけではなく、宿で同じ部屋に泊まったことだってあります!」
「ど、どういうことだタツノスケ!」
「相部屋で他のグループの客とも一緒だったってことはあったけど」
「なんだ、ハッタリではないか! 私は実家に彼を連れて行って母上にも紹介済みなのだ!」
「ええっ、そんな……でもわたしだって」
「お前らいい加減にしろ! まだ反乱は終わってないんだ。だいたい初対面なのに何をそんなに言い争うことがあるんだよ?」
オレが一喝すると、ようやく2人とも静かになった、やれやれ。
そう安心したのも束の間、彼女たちは同じタイミングでオレの方を向くと、これまた同じタイミングで叫びつつ拳を振り上げた。
「「お前がハッキリしないからだろうが!」」
オレの顔にはアザが残った。
オレがいったい何したってんだよ。
っていうか、コイツら本当は仲いいんじゃないのか?
そしてオレたちのくだらないやりとりを見ていたサマンサは、呆れた口調で行動開始を促した。
「もう、あんたたち、そろそろオルランドたちのところに向かうわよ。で、そちらの魔族さんは偵察ってところかしら?」
「ああ。そちらのリーダー格から蜂起すると密かに連絡はあったが、本当のところはどうなのか確認する必要があった。まあ、タツノスケが味方をしている時点で間違いはないから私も協力しよう」
「魔族からすごい信頼されているのね。ああん、この反乱が成功したら、タツノスケへのご褒美に一杯鞭打ってあげちゃう〜!」
「あんたがやりたいだけだろうが! とにかく行くぞ」
なんだか戦う前から疲れたよ。
「そういやヴァレンティナ、その右腕は」
「うん、魔道具師に依頼していた義手がついこの前に完成したのだ。さっき振り下ろした刃はここに収納している」
そう言って右腕の手首から肘にかけて刃渡りのある隠し刃を出し入れして見せてくれた。
ヴァレンティナによく似合う武器だと思う。
これなら戦力としてとても心強い。
そうこうしているうちに、遠くにオルランドらしき姿が見えた。
合流して一気にケリをつけるぞ、と思った瞬間だった。
ドガアァァーーーッ!
爆弾でも落ちたのかと思うような爆風と衝撃音が響き渡り、陣営の建物が完全に崩壊していく。
オルランドたち反乱軍の連中は、あちこちに倒れ、中には瓦礫の下敷きとなっている者もいる悲惨な状況だ。
そして目の前に見えたのは、巨大な体躯をした漆黒のドラゴンだった。
「貴様ら……この陣営を預かり司令官を務める我、サンチョに歯向かったことを、後悔しながら死んでいけ!」
ドラゴンが喋った!
いや、スキルを持った異世界人だろう。
そしてサンチョはまさにワニみたいな大きな口を開け、魔力を口内に溜め込んでいるのが感じられる。
なんかとてもヤバそうな攻撃をしてくるつもりだ。
どうやって防げば……その時、オレの目にあのバイクが転がっているのが入ってきた。
「どうしてこんなところにあれが?」
「あのバイクね。王国軍で鹵獲品として押収されたんだけど、誰も動かせずに放置されたのよ」
サマンサの言う通りならもう壊れたのだろう。
でも魔力攻撃を弾くあのバイクであればなんとかなるのでは……そう思ったオレは走り出していた。
「グリゼルダ、辺り一面に可能な限りの大きさで結界防御を張ってくれ! オレはバイクでヤツに突っ込む」
「そんな! タツノスケが死んでしまいます!」
「オレは大丈夫、信じろ! 頼んだぞ!」
「……はい」
バイクを起こしたオレは必死でセルボタンを押しまくる。
でも動かない……駄目かと思ったが、切羽詰まったオレは45度の角度から拳を叩きつけてボタンを押した。
すると遂にエンジンが始動したのだ!
いつの時代のテレビだよ。
まあこまけぇことはいんだよ、動けばなあ!
そしてオレは急加速してジャンプ台のように崩れていた瓦礫からドラゴンに向かって飛んでいく。
そこへ、ヤツの口から黒い炎が放たれたのだった。
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