第33話 再出発
荒野の中にあるオアシスの街……ここにはしばらく一緒に旅をした聖職者の女グリゼルダがいるはず。
しかし、できれば彼女には会いたくない。
聖職者としての居場所をこの街に見つけた彼女を、今さら危険な話に巻き込みたくはないのだ。
そういうわけで、しれっと街を通り抜けようとしたのだが……。
街を行き交う人たちがオレをジロジロと見ている。
そりゃそうだ、服も身体も全身ボロボロで嫌でも目につく状態なのだから。
失敗した、遠回りになっても街中を歩くのは避けるべきだった。
こうなったら早足で歩いて、とにかくさっさと通り抜けよう。
そうしてもう少しで街の出口に到着する、というところだった。
「タツノスケ! タツノスケですよね!? この街に戻ってきてくれたんですよね!?」
ヤバい、グリゼルダの声だ。
オレの姿を見た奴が彼女に知らせたのだろう。
でもここは他人のふりをして街を出てしまおう。
「ひ、人違いです。それじゃあ」
オレは手で顔を隠しながら返答し、歩く速度を早める。
「わたしがタツノスケの姿を見間違えるはずがありません! どうして避けるんですか? このグリゼルダのことを忘れてしまったんですか?」
彼女の泣き出しそうな叫び声を聞いて、オレは思わず足を止めてしまった。
その間に彼女はオレに追いついて来て、あろうことか衆人環視の中でオレをお姫様抱っこしてしまったのだ。
「おい、放せよ! 恥ずかしいだろうが!」
「そうはいきません。こんなボロボロの身体の人を聖職者として見過ごすことはできません。すぐにお医者様に診てもらわないと」
オレは彼女にガッチリと抱かれて動けない。
そして結局、揺られているうちに眠ってしまった。
◇
次に目が覚めたのはベッドの上だった。
そしてすぐ脇でグリゼルダが椅子に腰を掛けて見守っていた。
彼女は安心した表情を見せたあとに、困惑と悲しみが入り混じった顔つきでオレを詰問した。
「どうしてさっき、避けて逃げようとしたんですか? わたし、タツノスケに嫌われること何かしてしまいましたか……?」
「すまない、オレが悪かった。でもお前を危険な話に巻き込みたくなかったんだ」
「どういうことですか?」
「詳しくは言えないが、オレはやらなくちゃいけないことがある。それは死ぬかもしれないことなんだ」
「それなら尚更、わたしはタツノスケに付いていって力になります!」
「いやだめだ。お前はこの街の聖職者として住民たちを守る役割がある。それを放り出して行こうってのか?」
「それは……」
「わかってくれ。オレもこんなこと言うの辛いんだ」
「……はい」
◇
そして翌日、オレは出発することにした。
見送りにはグリゼルダと町長、以前訪れた時に酒場で知り合った奴らが来てくれた。
「それじゃあなグリゼルダ。オレはもう行くよ」
「……はい、わかりました。お元気で、タツノスケ」
グリゼルダは沈んだ表情でいつもの元気がない。
ちょっと寂しい旅立ちとなったけど、これが一番いい結果になる、オレはそう自分に言い聞かせて歩き出した。
◇
「行ってしまったか。やれやれ、慌ただしい一時滞在だったね」
「姐さん、いいんですかい? タツノスケの奴を一人で行かせちまって」
「……わたしは、この街を守る聖職者としての役割があります。彼に付いていくことはできません」
「なあんだ、そんなこと気にしてたんですかい? それなら大丈夫、そこいらの悪党なんぞ俺たちだけで十分撃退できますぜ!」
「寧ろ姐さんの手を煩わせるまでもありません」
「そうだね、以前と違って住民たちが自分たちの街を守るために協力するようになった。それに新しい保安官の着任も決まったし、しばらく留守にしてても問題ないよ」
「さあ、早いとこタツノスケを追いかけないと、あの野郎の姿が見えなくなっちまいますぜ!」
「町長さん、みんな……ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます!」
◇
程なくして、グリゼルダが走って追いついてきた。
オレは正直驚いたが、街のみんなが後押ししたという話を聞いて、これ以上は断る材料を失ってしまった。
「それじゃあ別にいいけどさ。本当に死ぬ危険があるんだぞ、それはわかってるんだろうな?」
「いえ、わたしが傍にいる限り、タツノスケをそんな危険な目には遭わせません! だから安心してください」
ちゃんとわかってんのかどうか、イマイチ不安だな。
でも、付いてきてくれる仲間がいるということに心の中では安心している自分に、オレは改めて気付かされたのだった。
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