第21話 旅立ちと別れ

「う〜ん……」


 なんか目が覚めた……というか、どうやら町長たちに運ばれている途中で眠ってしまったようだ。


 気がつくとベッドの上に寝かされていた。


 そういえば、両眼が元通り見えるようになっている。


 両手の指も問題なさそうだ。


「イ、イテテテ」


 起き上がろうとしたら右肩のあたりに痛みが走った。


 そうだ、保安官のエミリオに空気弾で撃たれたんだった。


 上半身には包帯が巻かれているので、治療してくれたらしい。


 ところでお腹のあたりが重いな……首を持ち上げると、お腹の上に上半身を乗せて、顔をこちらへ向けて眠っているグリゼルダの姿が見えた。


「あっ、タツノスケ殿。ようやくお目覚めになったのですね」


 声をかけてきたのは町長だ。


「さっき目覚めたところです。それはいいんですけど……」


「グリゼルダ様のことですね。彼女はまだ自分の回復も完全ではないのに、貴方を死なせるものかと必死で回復魔法を肩に当てていたんですよ」


「そうだったんですね。ではこのまま寝かせといてあげましょう」


「それはいいのですが、タツノスケ殿に事情を聞かねばならないことが……今からでも構いませんかな?」


「ああ、いいですよ」


「エミリオ保安官のことなのですが。残念ながら、タツノスケ殿がいた場所の近くで遺体が見つかりました。我々が到着するまでの間に何があったか教えてもらえませんか?」


 やっぱりその件か。

 あの顛末を話すのは気が重いけど……オレはあの場で起きた出来事を包み隠さずに話した。



「まさかそんなことが……にわかには信じられません」


「でも、残念ながら本人が自分の口から話したことなんです」


「いえタツノスケ殿を疑っているわけではありませんが、彼は真面目で温厚なベテラン保安官でしたので」


「すみません、生きたまま捕縛できればよかったのですが。彼はとんでもないレベルの早撃ちで、手加減できませんでした」


「タツノスケ殿の責任ではありません。あえて言えば、我々住民たちも彼を追い込んでしまったのかもしれません」


 エミリオが黒幕だったことは、捕縛された窃盗団の子分どもが自供して裏付けられた。


 だけど町長は、『エミリオ保安官は殉職した』とだけ一般住民たちに伝えたそうだ。



 オレは翌日には動けるようになり、街の中をうろついた。


 今まで住民たちを脅かしていた窃盗団が壊滅したことで、行き交う人たちの表情は明るくなったと思う。


 酒場や商店も活気づいていて、これまでの寂れた感じが嘘だったかのようだ。


「あーっ! タツノスケ、まだ休んでないとダメですよ!」


 住民たちと談笑していたグリゼルダが大声で呼びかけてきた。


「もう大丈夫だよ。それより、回復魔法で治療してくれてありがとうな」


「いえ、わたしたちはもうパートナーですから、当然のことですよ?」


 何故か恥ずかしがるグリゼルダだが、変なことは言ってないと思うんだけど。


「そんなことより、もう随分とこの街に馴染んだみたいだな」


「はい。話してみると、皆さん気さくでいい人ばかりです。それに、こんなわたしでも聖職者として必要としてくれているのを感じるんです」


「もうお前は立派な聖職者だよ、自信持って」


「タツノスケにそう言ってもらえたら、ますます自信が湧いてきます。あっ、わたし用事がありますので行きますけど、貴方はまだ無理をしてはいけませんよ?」


 オレに注意したあと、グリゼルダは忙しそうに住民たちの中に戻っていった。


 この様子なら大丈夫そうだな、彼女ならこの街の聖職者として務められるだろう。


 もうオレが居なくても問題ない。

 というか、オレにはこの街は賑やか過ぎる。



 更に翌日、オレは意を決してグリゼルダに話を切り出すことにした。


 実は夜中に黙って街を去ろうかと考えていたんだけど。


 一緒に戦ってきた彼女に何も言わないのは、さすがに申し訳ないと思い直したのだ。


「グリゼルダ、オレさあ。そろそろ、行こうかと思うんだ。オレの旅の目的、独りダラダラと過ごせる安住の地を探しに」


 オレの言葉を聞いて、彼女は俯いてしまった。


 でも数秒後には顔を上げて、その表情は落ち着いた微笑みを見せてくれた。


「ごめんなさい。タツノスケに付いていきたいのは山々なのですが、わたしはこの街で、聖職者としての務めを果たさなければいけません」


「ああ、わかってるよ。お前なら大丈夫」


「でも、この街が落ち着いて真に平和となったら、貴方を追いかけて行きますから。貴方がどこにいようとも、必ず見つけ出しますからね?」


「わかったよ。また会える日を楽しみにしている」


 オレは旗だけを背負って、この荒野の中にあるオアシスの街を立ち去って行く。


 時々振り返ると、彼女はまだオレを見送り続けている。


 結局、姿が見えなくなるまで見てくれていたようだ。


 そしてオレも、何日も一緒にいた人が居なくなったのは寂しさを感じている。


 まあでも、しばらくすれば慣れるだろう。

 今はただ、何もない荒野をひたすら歩き続けることで気を紛らわそう。

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