第18話 人質と罠

 オレと聖職者グリゼルダは、荒野の中にあるオアシスの街に立ち寄った。


 そこの町長から、住民たちの財産である家畜を強奪する窃盗団から街を守ってほしいと依頼を受けたのだ。


 そして昨日は、街中で暴れた窃盗団の下っ端2人を退治したのだが。


「グリゼルダ様! た、大変なことになってしまいました!」



 昼前に町長が血相を変えて、オレたちが宿泊している宿へ飛び込んできた。


「どうなさったのですか? どうか落ち着いて、状況をお話しいただけますか?」


 グリゼルダは落ち着いた対応を見せている。

 昨日街を守ったことで完全に自信がついたのだろう。


「実は先ほど、この矢文が私の事務所のドアに撃ち込まれているのを発見したのです」


 町長はそう言うと、短めの矢と、それに結び付けられていたであろう手紙を差し出した。


 矢はクロスボウで使われる奴だな……ということは窃盗団の連中の仕業か。


「それで、どのようなことが書かれていたのですか?」


「それがですね。『一人でパトロールしていた間抜けな保安官エミリオの身柄を預かっている。返してほしくば……』」


「オレたちを何処かに誘い込むつもりですか」


「はい。街と奴らの根城の間にある牧場に来い、と」


「奴ら、牧場なんて持ってるんですか?」


「牧場とは名ばかりで、ほとんど草も生えていない場所です。そこで強奪した家畜を一時的に放しておいたり、解体するのに使っています」


 つまり相手のホームグラウンドであり、罠に嵌めるのに都合のいい場所なんだろう。


 それがわかってて行くとなると、命の危険があるのだけど。


「……わかりました。わたしたち、保安官さんを助けに行きます」


 グリゼルダ、それはちょっと簡単に引き受け過ぎじゃないか?


 あと、『わたしたち』って、オレも含まれてるよね?


 別にいいんだけど、しれっと言うのはちょっとねぇ。


「……重ね重ね申し訳ない。私も助太刀したいのだが、まずは保安官不在の状態で住民を守らねばならないのでね」


「あれ? オレたち2人だけで来いと言ってるんじゃ」


「いえ、人数は指定されていません。ですが、奴らは住民が消極的だと見抜いています。あえて制限せずに貴方たちの孤立感を深めさせ、住民との間に亀裂を生じさせるのが狙いです」


 そういうことか。


 でも念のため、協力者がいないか実際に探ってみよう。



「なあみんな、一緒に保安官を助けに行ってくれないか?」


「そんなことを言われてもなあ」


「あいつらに逆らって、後で仕返しされちゃかなわねえよ」


 街の広場で住民たちに加勢を頼んでみたが、誰も協力を名乗り出なかった。


 昨日はあんなにグリゼルダのことを持ち上げてたのに、いざとなると尻込みしてしまうようだ。


「仕方がありません。皆さん今まで余程嫌な目に遭わされてきたんでしょう」


 カリカリしているオレと違って、グリゼルダは住民たちのことを気遣っている。


 この数日で随分と聖職者らしくなったもんだ。


「おっ、グリゼルダの姐さんじゃねえですか、ちぃーっす」


「はい、こんにちは」


 グリゼルダにいきなり声をかけてきたのは、一昨日酒場で飲み比べを彼女に挑んでグデングデンにされた2人組だ。


 いつの間にか酒飲みたちから畏怖されるようになっていたとは……というか、奴らにとって酒が強いというのは尊敬の念を抱かせるようだ。


「おいお前ら、グリゼルダに協力する気はあるか?」


「そりゃあもちろん、姐さんのためなら例え火の中水の中、どこでもお供するぜ」


「じゃあ保安官を助けに行くの手伝ってくれよ」


「え? いや、アイツら相手は、姐さんのためといってもちょっと……」


 残念ながら、良かったのは威勢だけのようだ。


「無理に加勢してもらわなくてもいいです。わたしにはタツノスケが付いていますから!」


 なんだよ、結局のところオレ頼みかよ。


 もうこうなったらオレたちだけでやるしかない。


 すぐに指定の場所に乗り込むことにした。



 指定の牧場は、ほとんど何も生えてない荒野に、周囲を柵で囲んだだけの小さなものだった。


 そこの真ん中に、マントを頭から被せられた保安官と思われる男が椅子に座らされて縛られている。


「ようこそ、我らが牧場へ。そしてここがお前たちの墓場となるのだ!」


 オレたちの向こう側の柵付近に集まったチンピラどもは、窃盗団の奴らだろう。


 人数的には2〜30人は確実にいそうだ。


 そしてその真ん中で一番手前に立って叫んでいるのが首領格のダミアーニ兄弟っぽいな。


 ここで保安官は被せられたマントの中からくぐもった声で助けを求めてきた。


「ああ、もう限界です、助けてくだされ! このままでは殺されてしまいます〜!」


 早く助け出さないと、と焦るオレたちを嘲笑うようにダミアーニ兄弟が言い放った。


「クククッ。ソイツを助けたいなら、柵の中に入るがいい」


「さあ遠慮せずに。俺たちはその間何もしねえよ、フヒヒヒ!」


 続けて奴らの子分どもが下品な笑いや奇声で煽ってくる。


 あからさまに怪しいシチュエーションだ。


 地面にでも何か罠を仕掛けてあるかも。


 だが、とりあえず保安官の身柄を確保すれば、あとはどうにかすればいい。


 イチかバチか、『罠を張って成功を疑わず油断してる悪党ども』と見立ててフラグを立ててみますか。


「グリゼルダ、何も言わずにオレの背中に乗って!」


「はい、タツノスケ!」 


 彼女をおんぶすると、オレの身体は自動的に柵を乗り越えて高速で走り出した。


 そして何かを避けていくようなステップを踏んで保安官のいるところに近づいていく。


 あと一歩……のところで左足が何かを踏んづけてしまった。


 野獣を捕獲するための足を挟み込む罠だ。


 ヤバい、捕まる……!

 しかしオレの左足は罠が閉まり切る前に辛うじて引っこ抜くことができた。


 そして保安官の前に到着した。


「大丈夫かエミリオ保安官! 今助けてやるからな!」


 そう言ってマントを取り払うと、保安官に体格が似たチンピラがクロスボウを構えていた。


「ギャハハハ、引っかかりやがったぜ間抜けが。死ねやコラァ!」


 矢がオレの顔面に向かって放たれたが、グリゼルダをおんぶしているので腕でガードできない。


 死んだか……しかし矢はオレには届かなかった。


 グリゼルダが左腕を前に出して矢を受け止めてくれたのだ。


 彼女は間髪入れずに右腕一本で杖を一閃してチンピラを弾き飛ばすと、ヤツは横側にも設置されていた罠を上から押して腕を挟まれ、ギャアギャア喚いた。


 くそっ、人質の確保に失敗した。


 おまけにオレの左足は、まるで野獣の爪に切り裂かれたような傷が多数で血だらけ、おまけに骨にヒビでも入ったのかメチャクチャ痛い。


「タツノスケ、すぐに治しますからね!」


 グリゼルダは矢で貫かれた左腕で回復魔法をかけてくれるが。


 痛いのだろう、あまり効果的に魔法を出せてない。


「さあて、それじゃあ今から、俺たちに歯向かった奴らはどうなるのか、身をもって知ってもらおうか〜!?」


 いつの間にかダミアーニ兄弟と数人の子分が目の前まで近づいてきていた。


 そして横と背後の柵にも子分どもが展開していて、完全に囲まれてしまった。


 こっちは2人ともまともに動けないし、どうやってこのピンチを切り抜けようかな。

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