第17話 家畜泥棒

「家畜泥棒……ですか?」


 オレと一応聖職者のグリゼルダは、荒野の中で立ち寄ったオアシスの街で、町長から相談を受けていた。


「はい。街外れにある洞窟を根城とした窃盗団が、住民たちの大切な家畜を窃盗……と言いますか強奪していくので、とても困っているのです」


 家畜はそれなりに売値が高いから、強奪すれば元手はタダで利益が大きい。


 現代のように個体登録とかされているわけじゃないから、連れて行かれたらどうしようもないのだ。


「でも、この街には保安官がいるじゃないですか」


 オレの質問に町長はかぶりを振って嘆いた。


「窃盗団の人数が多いのです。それに、首領格の『ダミアーニ兄弟』が強敵でして」


 続いて同席している50歳前後の保安官が諦めに近い表情でボソッと言った。


「……私も奴らを捕らえようと頑張っているのですが、力及ばずで情けない限りです」


「他には保安官はいないんですか?」


「いたのですが……奴らに殺されたり、街から逃げてしまったので、今では私だけなんです」


「街の住人は協力しないんですか? 酒場にはそこそこ腕っぷしが強そうな連中もいましたけど」


「酒場にたむろしてる連中は、住人でも粗暴な奴だったり、流れ者が多いですから。むしろ窃盗団の方にシンパシーを感じるような連中なので協力は得られません」


 うわあ、完全に詰んでるじゃん。


 そもそもこれって聖職者というより賞金稼ぎとか用心棒に依頼すべきことじゃないか。


 それに、オレたちにメリットがあるわけでなし、かといって返さないといけないような恩や義理があるわけでもない。


 住人たちがまず立ち上がらないと。



 オレは話を断ろうと思ったのだが、グリゼルダは違う反応だった。


「わかりました。聖職者としてこの状況は放っておけません。できる限りの協力は致しましょう」


「おおっ、それは大変ありがたい。この街を救ってほしい、よろしくお願いします!」


 彼女と町長との間であっさりと話が纏まってしまった。


 あまり安請け合いしないほうがいいと思うけど……。



「グリゼルダ、あんなに簡単に引き受けて大丈夫なのか? 何か勝算でもあるんだろうな?」


「勝算……というのは何も考えていないです。でも、聖職者として頼られているのに何もしないわけにはいきません!」


 鼻息荒く使命感に燃えているという感じだけどさ……。


「お前もう忘れたのか? 聖職者として派遣された街を、ダメダメな仕事ぶりで追放されたのを。そこまでして聖職者にこだわるのはなんなんだよ!」


「そうですね、確かにわたしは聖職者として未熟です。でも、タツノスケと一緒に旅を始めてから、少しは自信がついて逞しくなったんですよ」


「別にオレは何もしてないよ」


「そんなことありません! あと、こだわる理由としては……わたしの家が代々聖職者の家系だから、です」


「……」


「この杖も、祖父の代から受け継がれたものなんですよ。それに恥じない聖職者に、わたしはなりたいんです」


 グリゼルダがこんなことを考えているなんて意外だった。


 まあ、昨日は彼女に助けられたし、それならばオレとしても手助けする義理はある。


 そんなことを考えながら街の中を2人で歩いていた時のことだった。


「ヒャッハー! おいお前ら、有り金を寄越しな!」


 突然、後ろの方から物騒なセリフが聞こえてきた。


 そして通りを歩いていた住人たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。


「キャー!」


「くそっ、またあいつらかよ!」


「ゲヘヘヘ、逃げろ逃げろ〜! でないと、コイツでお前らの身体に風穴を開けちまうぜ〜!?」


 振り返ってみると、向こうからモヒカン頭のいかにもなチンピラが2人やって来るのが見えた。


 その手には矢がセットされたクロスボウが……それを住人たちに向けて躊躇なく発射している。


 アイツら、ああやって住人が逃げ惑うのを嘲笑いながら殺すのを楽しんでやがるな。


 保安官のオッサンは……こんな時に限って見当たらない。


 被害者が出ないうちになんとかしないと。


「ま、待ちなさい! 貴方たちの非道な行い、聖職者である、このグ、グリゼルダが許しません!」


 少し詰まり気味だが無法者相手に啖呵を切ったグリゼルダ。


 彼女の覚悟は見せてもらった、ならばオレも手伝うぜ。


「あぁ〜ん!? 聖職者風情が俺たちに説教こくつもりか〜?」


「まずはお前のキレイな身体を血で真っ赤に染めてやるぜ〜!?」


 モヒカン2人は口汚く挑発を返すと、間髪入れずに矢を発射してきた。


「無駄です!」


 グリゼルダが素早く杖を振ると、結界防御魔法が通りを塞ぐように展開されて矢を弾き返した。


 既にオレたちの後ろに逃げている住人たちにも流れ矢が当たらないようにちゃんと配慮もしている。


 しかし残念ながらモヒカンどもの戦意を削ぐことはできなかった。


「コイツ、厄介な魔法使いやがる!」


「いや、いい手がある。そこの逃げ遅れたガキを狙い撃ってやるぜ〜!」



 子供のいる場所にまで結界は届かない。

 かといって助けに行くと結界が解除されてグリゼルダと後ろの住人が危ない。


 コイツら、反撃されたら途端に卑怯な戦法を取りやがって!


 ……でも、これっていかにもな負けフラグでもあるんだよな。


「ギャハハハ、もう撃っちまうぞ〜!?」


 オレは引き金を引かれる前にフラグを立ててみた。


 するとオレの身体は自動的に高速移動し子供の前に立つ。


「引っ掛かったな、まずはお前から死ね!」


 モヒカンの片割れが悪態を叫びながら撃った矢を、オレの2本の指がキャッチした。


 自動的にクルッと手首が回って指が相手に向けて矢を投げ返す!


「ぎゃあああ、俺の右目が〜!」


 返された矢はドスッと音を立ててモヒカンの右目を貫いた。


「よくもやりやがったな!」


 これまたいかにもなセリフをもう片方のモヒカンが……でも今回はフラグを立てる必要は無さそうだ。


「これ以上の非道は許しません!」


 いつの間にか間合いを詰めていたグリゼルダがモヒカンの注意を引く。


 そして彼女に向けて放たれた矢を杖で軽く弾くと、腹にドンッと杖の先をめり込ませて仕留めたのだ。


「スゲーッ! 聖職者さまが俺たちを守ってくれた!」


「アンタこそ我が街の聖女様だ〜!」


 住人たちからグリゼルダの活躍を称える拍手と歓声が湧き上がった。


 ただ、確かに暴漢を退治したけど、ちょっと大袈裟なくらいだ。


「お二人ともお怪我は有りませんか? いや〜、見事なお手柄です! こいつらは例の窃盗団の奴らですぞ」


 今頃になって保安官が到着した。

 まあいいけどさ。


 住人たちが騒ぐ理由はなるほどね。


「ということはこいつらが例のダミアーニ兄弟なのか?」


「いえ、ただの下っ端連中です。ですが街を守っていただきありがとうございました」


 保安官はここまではにこやかに喋ったが、急に眉間にシワを寄せて呟いた。


「ただ、これで貴方たちが奴らからの報復を受ける可能性が、限りなく高くなってしまいました」


 そりゃそうだろうな。


 でもグリゼルダがやり続ける限りはオレも手伝い続ける、そう覚悟を決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る