第16話 相部屋
オレとグリゼルダは酒場の2階にある宿泊部屋へと向かっている。
酔っぱらった彼女の身体を支えつつ、彼女の大きな杖を持って歩くのは結構疲れた。
さて、部屋のドアの前に来たのはいいのだが。
相部屋とか言ってたな……おかしな連中と一緒にならなきゃいいんだけど。
ドアをノックすると、中から男の声で「どーぞー」と聞こえてきたので入っていく。
部屋には男2人、女1人の3人がいた。
全員、オレよりはいくらか年上と思われる若い連中だ。
雰囲気からすると同じグループのようだ。
それはともかく、まずは挨拶をしておこう。
「オレはタツノスケ、あてのない旅をしている者だ。よろしく」
「わらしは〜、グリゼルダ〜。見ての通り〜、聖職者やってま〜す!」
「俺はゲーツ、そいでこいつはカスパー。職業は駆け出しの冒険者ってやつだ。まあ、仲良くしようや」
「あたしはドーラ、よろしく〜!」
気さくで人当たりの良さそうな人たちでよかった。
王国内はもちろん、時には魔族の国以外の隣国へと、あちこち旅しているというゲーツたちの話は面白くて盛り上がってしまった。
オレは魔族の国のことをいくつか話した。
魔王の居城については、場所だけでセキュリティのことはさすがに話さなかったけど。
信用が置けそうな人たちだから、これくらいは大丈夫だろう。
女性2人も仲良く話せたみたいだし、オレたちは喋り疲れていつの間にか眠ってしまった。
◇
何やら、胸のあたりがゴソゴソする。
なんだろう、グリゼルダがまだ酔っていてイタズラでもしてるんだろうか。
いや、別の男女の声で会話しているのが聞こえる。
「チェッ、これっぽっちかよ。こんなの、1日分の飲み代くらいにしかならねえ」
「女の方はホントに何も金目のものは持ってないわよ。この小汚い杖なんて二束三文にもならなさそう」
「おい見ろよ、こいつが大事そうに抱えてた棒切れ。旗になってるんだけど、青空と雲の汚え絵しか描いてないぜ〜、ウケるわ」
それ、オレがいつも背負っている旗じゃねえか!
バッと起き上がると、オレの財布代わりの巾着袋を持っているゲーツ、旗を持っているカスパーが目に入った。
ドーラはグリゼルダの身体をまさぐっているようだ。
「お前ら、それ返せよ!」
オレはゲーツたちに向かっていったが、2人がかりであっさりと跳ね除けられてしまった。
「ぐあっ!」
「何だコイツ、全然強くないじゃん。ホントに魔族の国まで行ったのかよ?」
くそっ、こんな時に限って、懐に小さな旗を忍ばせていない。
どうにかして旗に触れることができれば……。
だが奴らはオレのことなど無視して勝手な話をしだした。
「ねえ、そのおカネあたしの小遣いにしてもいい? どうせ大した額じゃないんでしょ」
「ほらよ。それにしてもシケた野郎だぜ。これ以上は取れるもんもねーし、盗みを見られたからにはヤッちまうしかねーよな?」
「女の方はちょっと待ってくれよ。俺の好みだし、連れの死体の横で絶望してるところを楽しみてーんだ」
「相変わらずの変態趣味だなカスパー、ギャハハハ!」
コイツらオレを無視して勝手なことを!
「いい加減にしろ!」
「うっせーんだよテメー!」
「うぐあっ!」
「う〜ん、どうしましたタツノスケ?」
オレの叫び声を聞いてグリゼルダが起きてしまった。
いや、むしろこれは幸いか。
彼女を逃さないと。
「グリゼルダ! コイツらコソ泥だったんだ。お前は逃げてマスターに知らせてくれ!」
「おっと逃がすかよ。お前には今から、連れの男が殺されるところを目の当たりにして絶望してもらわなきゃなんねーんだから」
「……」
「その後はたっぷりと可愛がってやるからよ……グハァッ!?」
「タツノスケを……どうするって?」
ゾクッとするような怖い表情と声とともに、グリゼルダの杖の先端がカスパーの腹にめり込んでいた。
カスパーはそのまま声も出せずに床に沈んでいく。
「テメェ、よくもやりやがったな!」
今度はゲーツが彼女の横に回り込んでいく。
「この狭い室内で、そんな大きな杖を振り回せるかな〜?」
「……それがどうした?」
グリゼルダはまだ怖い声のまま言い返すと、いきなり杖を凄いスピードでゲーツに投げつけた。
「あぎゃあああ!」
ドガッと鈍い音が響いて杖が顔面にヒットしたゲーツは、失神して仰向けに倒れた。
あとはドーラだけか。
「ヒィッ! あ、あたし、こいつらの手伝いしてただけだから! ほら、このお金も返すし!」
ドーラは両手でオレの巾着袋を差し出しながらヘナヘナと座り込んでしまった。
すごい、グリゼルダは一人でコソ泥グループを撃退してしまったのだ。
オレは巾着袋と旗を回収したが、全ては彼女のおかげだと言っても過言ではない。
「グリゼルダ、本当にありがとう! オレ、お前のこと見直したよ!」
「え〜、『お前に惚れ直した』だなんて……そんな〜!」
両手を頬に当てて身体をくねらせながら恥ずかしがるグリゼルダだけど。
そんなこと言ってねーから!
コイツ、まだ酔いが冷めてないみたいだな。
それよりもコソ泥グループを捕縛しないと。
オレとグリゼルダはそれぞれカスパーとドーラを、こいつらが持ってた縄で縛り上げた。
あとはゲーツだけか……と近づこうとしたのだが。
「こんなところで捕まってたまるかよ!」
失神していたはずなのに、急に起き上がって素早く窓から逃げていった。
くそっ……仕方がないので、2人だけだがマスターに報告して保安官を急遽呼び出してもらい、引き渡した。
「この2人は、王国内だけでなく隣国でも、あちこちの宿屋で置き引きとか窃盗をして荒らし回ってたグループのメンバーなんだよ。お手柄だったけど、この店にも手配書回したはずなんだけどねぇ」
マスターのヤツ、手配書を全然見てないんだろうな。
それはいいとして、オレは今回、反省しないといけないことがある。
初見の相手を信用しすぎて、魔族の国のことまで話したのは失敗だった。
影響はないと思うが……ゲーツも早く捕まってほしい。
そして翌日、宿を出ようとしていたオレたちに一人の中年の男が近づいてきた。
「私はこの街の町長を務めているイグナツィオです。昨日のご活躍を聞きまして。名のある聖職者様御一行と見込んで、お願いがあるのですが」
えっ、オレも聖職者の一員……というか付き人みたいに思われてるのか?
でも上手く行けばグリゼルダの新たな居場所を確保するチャンスかもしれない。
オレたちはまず話を聞いてみることにした。
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