第15話 飲み比べ

 オレと落ちこぼれ聖職者のグリゼルダはあてのない旅の途中で、オレを仇と狙う連中に襲撃された。


 撃退はしたが、オレは疲れてその場で眠ってしまったのだが。


「う〜ん……」


「あっ。お目覚めですか? タツノスケ」


 グリゼルダの声がすぐ傍から聞こえてくる。


 なんか近いなと思いつつ目を開けたら、そこには2つの大きな膨らみが見えた。


 そして身体は揺れているのだが、自分の足は動かしていない。


 というか、横向きになっているような……。


「な、なんじゃこりゃあ!」


 オレは思わず驚きの声を上げてしまった。


 オレの身体はグリゼルダにお姫様抱っこされて運ばれていたのだ。


「タツノスケがよく眠っていたので、できるだけ起こさないようにとゆっくり運んでいたのですが。揺らしてしまいましたか?」


「いや、そんなことはいいから早く降ろしてくれよ。自分で歩けるって!」


「え〜、せっかくタツノスケの寝顔を眺めながら旅ができてたのに〜」

 

 そんなことを言われたら、ますます恥ずかしいからやめてくれ。


 ただでさえ、オレの身体は女性にも軽く抱き上げられる程貧弱なのかと落ち込んでいるのに。


 いや、むしろグリゼルダの腕力が強いと考えるべきか。


 いつも持っている大きな杖みたいなのを、さっきのバトルでも軽々と振り回してたし。


 コイツは聖職者じゃなくて実は戦士のほうが向いてるんじゃないのか?


 しばらく前までの彼女は全てに自信がなかったせいで、本人が自分の能力に気づいていないだけかも。


 そういやバトルになる前にオレにおんぶしろだの抱っこしろだの言ってたが、あれはオレをからかっていたってことなんだろうか?


 ああ、やっぱり気分が落ち込んできた。


「どうしましたタツノスケ? まだ疲れているのなら、今度はおんぶしましょうか?」


 いや、もうこれ以上は遠慮する。


 それに文句ばかり言っていても仕方がない。


 とにかくどこかの街にでも入って一休みしよう。


「……なんでもない。さあ、早く荒野を抜けられるように頑張ろうぜ」



 日が暮れようとしている時間になって、オレたちはようやく荒野の中のオアシスのような街にたどり着いた。


 この時間になると食事できるのは酒場しかないな。


 どの道、宿も確保しなきゃならない。


 カネは持っているのかって?


 捕獲した野獣を別の街へ持ち込んだときに、カネで対価を支払ってもらうことも時々あったので、宿賃くらいのヘソクリは持ち歩いている。


 オレたちはとりあえず目に入った酒場に入って、そこの2階の宿を借りることにした。


 扉を開いて中に入ると、既に酒飲みたちで店内は一杯だった。


 一瞬、見慣れぬ顔のオレたちをジロリと見る視線が集まって、その場を沈黙が支配した。


 すぐに談笑や酔っぱらい連中の甲高い笑いとか叫び声が戻って騒がしくなったが、一部まだ視線は感じる。


 でもそんなのは無視してオレたちは奥のカウンター席へと進んでいく。


「マスター、宿を借りたいんだけど空き部屋あるかな? それと何かメシ食いたいんだけど」


 年配のマスターはオレたちを訝しげに見てから、あまり歓迎していないという感じの口調と低めの声で返事してきた。


「部屋は、相部屋ならまだ空いてますけどね。まあ、食事も出せますけど、あんたらどれぐらい持ってんの?」


 しばらくほとんど野宿の旅をしていたからか、パッと見で文無しだと思われてるみたいだ。


「そんなに多くないけど、これくらいなら」


 オレは懐から小さな巾着袋を取り出して中身を見せた。


「……2、3日は余裕で泊まれるくらいはあるな。それならウチは歓迎だよ、今日の宿賃と食費は前払いで出しておくれ」


 まあ、信用が無いだろうから今日は前払いも仕方がない。

 幸いにも値段はボッタクリでは無いから、これ以上は言うまい。


 払うべきものを払ってしばらくすると、食事が出された。


 といっても定食みたいなのではなく、酒場なので酒のアテみたいなのばかりだけど。


「お兄ちゃん、酒は頼まないのかい?」


 マスターから酒を勧められた……というか、酒は別料金だろうから商売としては当たり前か。


「いや、オレはいい。水だけ貰いたい」


 値段のことはともかく、オレは一応未成年だからな、酒は駄目だ。


 いや、これは言い訳だ。


 中世風ファンタジー世界に『酒は20歳から』なんて法律があるわけない。


 単純に、オレが酒を飲みたくないだけだ。


 異世界召喚される前、同じクラスの奴らに誘われてコッソリとビールと日本酒をひと口飲んでみたが。


 オレ的には『ただ苦いだけで何が旨いのかわからない』飲み物でしかなかったのだ。


 慣れてないのもあっただろうけど、オレの父親は下戸らしいから、オレもその遺伝子を受け継いでいるのかもしれない。


「わたしはお酒欲しいです〜」


 グリゼルダは普通に頼んだけど、やっぱりこれが酒場での通常の振る舞いなんだろうな。


 マスターは彼女には愛想よくする一方、オレには、何だコイツみたいなちょっと迷惑そうな視線を浴びせた。


 それにしても彼女は結構飲むな……もう3杯目か、ちょっと意外だ。


 それに対して黙々と食事するオレだったが、背後からヨタッた感じの足音が近づいてきた。


「おい、兄ちゃんよぉ〜。酒場で酒を飲まねえなんてよぉ、ガキかよテメェはよぉ〜」


「ガキがこんな時間にこんなとこきちゃいけねーだろ! 家に帰ってママのオッパイでも吸ってな、ギャハハハ!」


 酔っぱらいが2人絡んできやがった、鬱陶しいなぁ。


 無視して食べ続けてると、今度はグリゼルダの方へ絡み始めた。


「お姉ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ。コイツの連れなのかい? ガキのお守りは大変だろう」


「なあ、こんなガキは放っておいて、俺たちとあっちで一緒に飲もうぜ〜!?」


 グリゼルダはグラスに残っていた酒をグイーッと一気に飲み干すと酔っぱらいどもへ啖呵を切った。


「わたしはタツノスケとしか一緒に飲みません! あっちへ行ってください!」


「タツノスケ? ああ、このガキのことか。お姉ちゃん、そこまで言うんならよ〜、俺たちと飲み比べ勝負しようぜ」


「俺たちが勝ったらよ〜、一晩一緒に過ごしてもらうぜぇ〜!?」


 こいつらやっぱり最初から下心ありかよ!


 オレは立ちあがって相手しようとしたが、グリゼルダは構わずに返答してしまった。


「いいですよ〜? でもわたしが勝ったら、わたしたちの食事と飲み代ぜ〜んぶ払ってもらいますからね〜?」


 そして俺が止めるのも聞かずに、彼女は酔っぱらいどもとすぐに勝負を始めてしまった。


 あとから3人の男も加わって5人相手となり、周りを野次馬どもが囲んで馬鹿騒ぎだ。


 もう、どうなっても知らないからな!

 でも一応フラグを立てる準備をしつつ様子を見守った。



 あれから1時間近く経った。


 男の一人が手を震わせながらグラスを傾けて酒を飲んでいるのだが。


「ゴフッ! も、もう飲めねえ……」


 一旦口に含んだのを吹き出しながら青白い顔をテーブルに突っ伏してしまった。


「む、無理だ! コイツ化け物過ぎる!」


 もう一人残っていた男も床に倒れ込んでしまった。


 あと3人は既にグロッキー状態だ。


「あれ〜、まだそんなに飲んでないのに、皆さん弱いですね〜。キャハハハ!」


 グリゼルダはまだほろ酔い気分だ。


 もう何杯飲んだかもわからないくらいなのに、よく平気でいられるな。


 おかげで出費を抑えることができたのは助かったけど。


 それにしても、今日は彼女の意外な一面をいくつも見てしまった。


 オレはそんなことを考えつつ、彼女を支えながら割り当てられた部屋へと階段を上がっていった。

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