第12話 聖職者の女

 オレは王国の奴らに見つからないようにしつつ、主に森や林の中を彷徨っていた。


 どうやって生活しているんだって?


 捕獲した野生動物を近くの街や村に持ち込んで物々交換したり、魔獣を退治して報奨金代わりに物を貰ったりしている。


 そこそこ適当に生活できる環境なので、今いる森に住もうかとも思ったが。


 このあたりは野獣や魔獣がかなりいるので、安心して生活できるとは言い難い。


 そして今も……。


「グガァーッ!」


 中型の魔獣の群れに襲われている。


 この場を切り抜けるにはどういうシチュエーションのフラグを立てればいいのか。


 ここは『山籠りしている主人公を襲う野獣の群れ』で勝利フラグを立ててみますか。


 勝つ確率は低くはないと思うが、あとはやってみるだけだ。


 実際に立ててみると……オレの身体は勝手にファイティングポーズを取った。


 襲いかかってくる魔獣たちを上体の動きで躱しつつ、自動で闘気を込めた拳を繰り出して次々とヒットさせた。


 やがて魔獣たちはキャンキャンと悲鳴を上げながら退散していった。


 それはいいんだけど……。


「おい、もう出てきていいぞ」


「ふえぇ……怖かったです。タツノスケさん、魔獣とのバトルを毎回お願いしてしまって、すみません」


 コイツは自称聖職者でオレと同い年か少し上くらいの女、グリゼルダ。


 なぜ自称と言ってるのか……それは、コイツが聖職者として派遣された近くの街を追放されたからだ。


 さっきみたいに魔獣の退治もロクにできない。

 住人から悩み事相談されてもトンチンカンな回答でかえって事態を悪化させる。

 住民の葬儀の手順を間違えまくる……。


 オレが街にたまたま立ち寄った僅かな期間ですら上記の有様だった。


 本人はまだ聖職者だと言い張っているが、それを名乗ること自体、他の聖職者に失礼だろうと思うのだ。


 まあそれはいい、どの道この森を離れるつもりだったオレは、コイツともオサラバするからあとは関係ない。


 オレはサッサと歩き始めたのだが。


「……何で付いてくるんだよ」


「だって、わたし、行くあてないんです」


「だからってオレに付いてこなくてもいいだろ」


「だってだって、魔獣が一杯いて怖いじゃないですか〜。せめて、この森を抜けるまで一緒にお願いします〜!」


「……森を出るまでだぞ?」


「ふえぇ、ありがとうございます〜!」


 まったく、オレは独りダラダラしたいだけなのに、これ以上付き纏われてたまるか。



 オレは黙々と歩き、グリゼルダは大きな杖みたいな、よくゲームで聖職者クラスのキャラが持ってそうなやつを杖代わりにしながら付いてくる。


 そしてようやく森を抜け出た。


 これでようやく気楽な一人旅に戻れる。


「じゃあなグリゼルダ。達者でな」


「えぇ〜! もうちょっとくらい、いいですよね? 付いていっても」


「ダメに決まってるだろ、約束したじゃないか」


「ふえぇ〜、お願いしますからもう少しだけ〜!」


 結局モメてしまったか。


 それで擦った揉んだした挙句に、なんとか振り払って行ってしまおうとした時だった。


「やっぱり生きてたの、タツノスケ! ミノルの奴、どこが『自分のスキルには運命なんて関係ない』なの!」


 この少女っぽさが抜けていない声は、リュウジと一緒にいた魔法使いの女!


 宙に浮いて、怒りに震えながらオレを見下ろしている。


 コイツは以前やむなく返り討ちにしたリュウジの仇と、オレを付け狙っているのだ。


 今の話からすると、この前オレを叩き潰したゴーレムは、ミノルって奴のスキルで操作されていたものらしい。



「もういい、こうなったらやっぱり自分でタツノスケを始末してやるの!」


 女は持っているステッキに魔力を込め、電撃系の魔法をオレたちへ向けて放った!


 まずい、オレに向けられた恨み事で、関係ないグリゼルダを死なせる訳にはいかない。


 咄嗟に彼女の前に立ちはだかって魔法をモロに食らってしまった。


「うわぁーー!!」


「トドメを刺してやる! 観念しろタツノスケ!」


 痺れて全く動けないが、とにかくグリゼルダだけでも逃さないと。


「逃げろ、オレのことはいいから!」


「でも、このままじゃタツノスケが」


 まごつく間に炎の魔法が襲いかかってきた。


 グリゼルダがオレの上に覆いかぶさるが、もう駄目だ!


 ブワァッっと炎がオレたちを包む……いや、弾かれている?


 いつの間にか、結界みたいなのがオレたちの周りを覆っていた。


「結界防御魔法! そこの聖職者の仕業なの!?」


 女は少し驚いたが、すぐにまた魔力をステッキに込め始めた。


「そんなの、最大出力で破ってやるのー!」


「タツノスケは、やらせない!」


 グリゼルダが叫ぶと今度は鏡みたいなのが出現して女が放った炎魔法を跳ね返した。


 女はそれをカウンターで喰らい、はるか向こうへと吹き飛ばされていった。


 でも、アイツはあの程度じゃ死んでないだろうな。


「助かったよグリゼルダ! なんてお礼を言ったらいいか」


「いえ、わたしの方がこれまで助けられっぱなしでしたから。タツノスケを守ろうと必死でやっただけで、魔法反射なんて今まで1度も成功しなかったし」


 けっこう危ない橋を渡ってたんだな……。


 でも今日は生存フラグは使わずに済んだ。


 いや、行くあてのないグリゼルダを連れて歩いていたのがオレにとってのフラグだったのかもしれない。


「本当にありがとう。でも、オレに付いてくるとまたさっきみたいな目に遭うから別れたほうがいいぞ」


「いえ、わたしはそれでも付いていきたいです! 今回みたいにタツノスケの役に立つこともできますから、お願いします!」


 あまり借りを作りたくないから役に立つとかはどうでもいいけど。


 助けてもらってお願いを無下にするのも罪悪感があるし、彼女が落ち着けそうな場所まで一緒に行くことにした。

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