第9話 王国へ戻る
オレは魔族の国から再び王国へ戻ろうとしている。
しかし、王国内に手配書が回っているオレが戦場の前線とその近くを通り抜けるのは厳しい。
かといって、それ以外の場所は大抵が険しい地形で簡単には通れない。
通りやすい場所も無くはないが、そういうところは戦場で必要な道具や燃料を調達するために森や林が切り開かれていて、隠れて通り抜けづらい状態だ。
それに王国の魔法使いが空から侵入者を検知すべく、国境沿いをけっこう頻繁に飛び回っているのだ。
魔族の国側は何故か誰もいないが、魔王の居城のセキュリティシステムみたいな自動検知システムでも張り巡らせているのだろう。
つまり後戻りはできない。
オレにはもう退路は無いのである。
というわけで夜になるまでは身を潜めて、闇に紛れて通り抜けようと思う。
何もないところなので夜は本当に真っ暗闇となるから安全とは言えないが、やむを得ない。
◇
さて、夜の闇も深くなってきたところで、覚悟を決めて行きますか。
今日は空が曇っていて星明かりもないし、チャンスは逃せない。
昼間に隠れて見える範囲で状況を確認したが、障害物になりそうな物はほとんど見当たらない。
見回りの魔法使いもいない。
意を決して走りだす!
このままずっとまっすぐ行けば、向こうに小さく見えた雑木林にたどり着けるはず。
足元に注意を払いながら黙って小走りに進む。
何分くらい走り続けたか分からないが、もう少し行けば……というところで、目の前をライトのような光がサーッと左から右へと走っていった。
見回りの魔法使いか?
複数人ではなさそうだが、とにかく光に照らされないようにしなければ。
更に身をかがめて、でも走るスピードは上げてまっすぐに走り続ける。
オレが走り抜けたあとの箇所に光が通っていった時は、見つかったかとヒヤヒヤしたのだが。
魔法使いが何か攻撃してくることもないので走り続ける。
「うわあっ!」
オレは何か硬いものにぶつかってしまい、思わず声を上げて倒れてしまったが、光がこちらを照らすことはなかった。
起き上がって前を手探りしてみると……硬いけどざらざらして植物的な感触が掌から伝わってきた。
割と大きいと思われる木にぶつかったのだ。
つまり目標地点である雑木林にたどり着いたのだ!
急いで木の陰に隠れたが、ここまでくれば上から丸見えにならずに移動していける。
まあ、あれだったら、このあたりの目立たないところに掘っ立て小屋でも作って住むというのもありだな。
誰も住んでなさそうだし、これで念願の『独りでダラダラできる安住の地』が手に入るのだ。
とりあえず行動を起こすのは朝になってから、それまでは寝入らせてもらおうかな。
◇
ああ〜、よく寝た。
いつのまにか太陽はそこそこの高度まで昇っている。
でも慌てる必要はない。
今のオレには学校も試験もなんにもないのだ。
グウグウ寝て、自然に起きてからダラダラと動き始める、なんと素晴らしい生活だろうか!
もちろん食料の確保や野獣とか魔獣に襲われる危険はあるが、それで命を落としても自己責任なんだし、何にも縛られていない方がオレには楽しいのだ。
それはともかく、喉が乾いているので水を探しに行こう。
オレは周囲を見回してから一旦雑木林を出て、どこかに湧き水でも出ていないかとキョロキョロしながら歩き出す。
「ようやく見つけたの、タツノスケ! リュウジの仇!」
突然後ろから、まだ少女っぽい声だが怒りに満ちた口調でオレの名前が呼ばれた。
振り向くと、そこにはリュウジと一緒にいた魔法使いの女が宙に浮いていた。
ちなみにリュウジはオレと同じ日に王国から異世界召喚された同い年の男で、オレとヴァレンティナの命を狙ってきたのでやむなくスキルで返り討ちにしたのだ。
もしかして、夜に見回ってきた魔法使いはこいつなのだろうか。
「索敵魔法で誰かがいるのはわかってたの。ライトで少し見えた後ろ姿でひょっとしたらと思ったのが当たっていたの!」
「そうかい、朝になってからオレが雑木林から出てくるのを待っていたってわけだ」
「……あの女は? 魔族の女はどこに行ったの?」
「あいつならもう別れたよ。ここにはオレしかいない」
「ウソをつけ! 隠し立てすると許さないの!」
「本当だ! いないものはいないとしか言いようがない」
「……確かに周りには誰もいないようなの。ならば、お前だけでもこの場で!」
女はそう言いつつも空へ昇っていき、小さくしか見えなくなった。
逃げるつもりか?
その方がオレは有り難いけど。
それとも◯スボールみたいな巨大なエネルギー弾でも撃ってくるのか?
しかし魔力を集中したりはしてなさそうだ。
その時だった、オレの背後からズゥーン......! と大きな質量を感じさせる音が鳴り響いたのは。
もう一度振り向くと、そこには10メートル以上はあろうかという岩のゴーレムがそびえ立っていた。
ゴーレムはその右腕を振りかぶると、そのまま拳をオレに向かって叩きつけてきた!
グワッッッシャーン!!
辺りを凄まじい地響きが覆い尽くし、地震が起きたかと思うほどの揺れが生じて野生動物たちが一斉に逃げ出すほどだった。
そして振り下ろされた巨大な質量によって、オレの身体は完全に押し潰されて粉々に砕け散った。
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