第8話 出発の日

 魔族の国で魔王から勤労意欲の欠如を指摘されたオレは、新たな安住の地を探す旅に出ることにした。


 3日間のみ魔族の国に留まる猶予をもらったので、その間はヴァレンティナの家で厄介になっている。


「タツノスケ。朝食の用意ができたぞ」


 まだ寝ていたオレをヴァレンティナが起こしにきてくれた。


「なんかすまないな、グータラしている上に3食ご馳走になっちゃってさ」


「気にするな。お前は私の命の恩人なのだぞ。本当なら3日間だけでなく、もっと長い間……いやずっと世話をしてやりたいところなのだが」


「そこまでしてもらわなくても……それにお前はまず自分の右腕のことを考えたらどうだ」


「義手は今、魔道具師に依頼して作成中だ。タツノスケに装着したところを見てもらえないのは、残念だ」


 そう言うなりヴァレンティナは黙りこくってしまった。


 なんだか気まずい雰囲気だな……こんな時どう言えばいいのかオレにはわからない。


 そこへ、部屋の外からオレたちを呼ぶ声が聞こえてきた。


「タツノスケ、行こう。母上が呼んでいる」


 そう、ここはヴァレンティナとその母親が住んでいるのだ。


 ヴァレンティナに促されて部屋を出たオレは、そのままリビングへと入っていく。


「おはようございます」


「おはようさんどす、タツノスケはん」


 母親は何故か古風な京都弁っぽい言葉使いなのだ。


 そして見た目や言動としては、美人だった面影は残っているものの、年相応のふくよかさを伴った主婦のオバサンといった感じである。


 ヴァレンティナは魔王よりも母親の方が怖いらしいが、どう見ても強そうには思えない。


 単純に子供の頃から厳しく躾けられて苦手に思っているとか、そんなことなのかもしれない。


「さあさ、冷めないうちに食べてしまいましょ。今日はこの子が下手なりに片腕で一所懸命作りましたんどすえ」


「母上、そんなことをタツノスケの前で言わなくてもいいではないか!」


「そうなんですか、それは楽しみだ。ではいただきます」


 もちろん居候なのだから、どのようなものだとしても食べさせてもらえるだけ有りがたい。


 でも目の前に置かれている朝食はオレには十分過ぎるものだった。


 シンプルな内容で見た目は整っているとは言い難いが、丁寧に調理されていた。


「……で、どうだったのだ味は? お前の口に合ったのか?」


「ああ、とても美味しかった」


「そうか。それは良かった……。」


「おおきにタツノスケはん。ところで、これからどないするか決まりましたかえ?」


「ひとまずは王国に一旦戻って、それから気ままに彷徨います。そこから他の王国に行くかもしれないし、行き当たりばったりで」


「そうどすか。それなら国境付近までは、わてが道案内で送りましょ。妹、いや魔王にも報告せんとあきませんし」


「それは私の役割だぞ母上!」


「あきません。あんたはまず自分の身体の回復に努めなはれ、ええな?」


「は……はい」


 母親がグッと圧力を強めると、ヴァレンティナはあっさりと引き下がった。


 でもそんなに酷い言い方をしているわけでもなし、オレには何がそんなに怖いのかわからないが。


 まあ、その家庭ごとにいろいろとあるのだろう。

 全く興味がないのでどうでもいいけど。


 そして支度を終えたオレはヴァレンティナの母親であるオルタシアに付き添われて国境付近を目指す。



「それじゃあなヴァレンティナ、世話になったよ」


「タツノスケ……身体を回復させたら、私も旅に出るぞ。だからまたどこかで必ず会おう!」


「わかった、オレが生きていたら会おうぜ」


 そしてオレは旅立った。


 ヴァレンティナはまだ何か言いたげだったが、結局口をつぐんでしまったのでわからないままとなった。


 オレが生き延びて再会したら、その時聞けばいいか。



 オレとオルタシアは順調に道のりを歩いていく。


「そういえば、どうしてヴァレンティナや魔王とは言葉使いが違うんですか?」


「それなんですけど。しばらく前に亡くなったウチの人……ヴァレンティナの父親が、わてと出会った時からこういう話し方をしてましたんや」


「それに影響されたってことですか?」


「ええ。ヴァレンティナも途中までは同じ喋り方してたんやけど、反抗期の時に自分で周りの喋り方に無理矢理変えてしもてなぁ」


 魔族でも反抗期ってあるんだな……。


 こんな感じで他愛ない話をしながら歩いていると、夕方になる前には国境に一番近い村のあたりに到着した。


 ここまで案内してもらえれば問題ないだろう。

 あとは王国の奴に見つからないように注意しながら進んでいけばいい。



 だが村が見えてきたところで立ち昇る煙が目に付いて悲鳴や怒号が聞こえてきた。


 どうやらたった一人の人間の男に対して魔族の村人総出で迎え撃っているようだ。


「この野郎、これでも喰らえ!」


「無駄なことを。お前らの攻撃など一切通じないのに」


「なぜだ、なぜ攻撃が効かない!」


「フフフッ。俺のスキル『絶対防御バリア』はなぁ、如何なる攻撃をも通さねぇんだよ〜。そしてこういう使い方もあったりするんだよなぁ!」


「こっちに突進してきてどうするつもりだ……グハァーッ!?」


「キャーッ!」


「バリアに包まれている俺の身体で突進すれば相手を吹っ飛ばせるんだよ!」



 どうやってここまで入り込んだのか知らないが、王国が召喚した異世界人が村を襲っていたのだ。


 オレたちが駆けつけた時には既に多数の村人があちこちに倒れている有り様だった。


 何も関係はない村だけど、3日間とはいえ世話になった国の中にあるのだから素通りするわけにもいくまい。


「おい、ここは戦場じゃないぞ。村人への乱暴をやめろ!」


「ん〜!? お前の人相は……手配書が回っていたタツノスケだな〜? お前を倒しても大した手柄にはならねぇが、ついでに始末してやっか」


「それよりも、どっから入ってきた? 他にも来ている奴はいるのか?」


「この近くまで通じている古い坑道を見つけたんで辿ってきた。俺一人だけで……一気に魔族の国内に侵攻して手柄を独り占めしちゃおっかな〜って」


 オレがこっちに来た時の坑道か……あそこの中は魔獣や魔物が跋扈していたのにそれを全部倒してきたのなら、かなりの強者だ。


 男はすぐ傍に転んでいた小さい子供の手首を掴み、持ち上げながらオレの方に向けて冷酷に言い放つ。


「このガキを殺してから、お前も一捻りにしてやるよぉ〜!?」


 この野郎、なんてことを。


 こういうシチュエーションで盾にされた子供の生存フラグは割と高い確率だけど……100パーセントじゃない。


 オレの命ならフラグを立ててもいいけど、他人の命がかかっているからなあ。


 悩んでいるオレの横からオルタシアが怒りに震えた声で男に要求する。


「……放しなはれ」


「あぁ!? なんだババア?」


「子供から手を放せと、言うとりますのんやー!」


 オルタシアから光の如き速さの拳圧が男の横へ放たれて、奴の手前でググッと曲がっていく。


「グアッ!」


 拳圧は奴の手首にピンポイントで衝撃を与えて子供から手を放させた。


 オレはすかさずフラグを立てると、身体が高速移動して子供を拾い上げ、男の横をすり抜けていった。


 さて、今度は奴を始末するか。


 と思ったが、オルタシアが全身から闘気を放ちながら奴に近づいていく。


 あまりの迫力にオレはとても手が出せそうにない。


「アンタみたいな根性ねじ曲がった子はな、躾け直してやらんとあきまへんのやー!」


 彼女の怒声とともに光速の拳が男に向かっていくが、防御バリアで弾かれてしまった。


「おりゃおりゃおりゃおりゃー!」


 更に連続で間断なく拳を繰り出して男の動きを止めるが、バリアを突き崩せない。


「クックック。魔族のババアにしてはやるじゃねぇか。だが、いつまで攻撃を続けられるかなぁ〜!?」


 攻撃が途切れた瞬間に反撃するつもりか。

 オレもいつでもフラグを立てられるように準備しておかないと。


 そうしてしばらく膠着状態が続いた。



 あれから1時間以上が経過したが。


 オルタシアの光速拳は、その間ずっと間断なく放たれ続けていた。


「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃー!」


 そしてその勢いは全く衰える気配がない。


「この……いい加減にしろよクソババア。このままじゃ、こっちが保たねえよ」


 男が弱音を吐き始めた。


 でもあの攻撃を1時間以上耐えてるんだから、十分チートな能力ではあるんだよな。


 ただ、相手が悪かった。


 男の呼吸が乱れてきて、バリアにヒビが入り始めた。


 そしてとうとうパリンと砕ける音がしてバリアが解けると、無数の拳をその身に受けたのだった。


「オボボボボッ、ブファーッ!?」


 男は叫び声とともに吹き飛ばされた。


「はぁ〜、肩凝ってしもうたわ〜。歳は取りとうおまへんな〜」


 オルタシアは軽く2回肩を回しながら嘆いたが……あれだけやってダメージそれだけかよ。


 オレはようやく、ヴァレンティナが魔王よりも彼女を怖がる理由を理解した。


 失礼な言い方ではあるが、まさに怪物を超えた怪物だった。


 そして彼女が敵でなかったことを心底喜んだ。


「それじゃ、あとのことはわてが後片付けしときますよって、タツノスケはんは暗くなる前に出発しなはれ」


 彼女はさっきの男の首根っこを掴んで引きずりながらオレに出発を促した。


 ちなみに男の顔は腫れ上がって2倍位に膨らんでいた。


 もうスキルを使うこともできなくなってるようだし、本当に彼女に躾け直されてしまうのだろう。


「ありがとう、それじゃお言葉に甘えて行かせてもらうよ」


「いえこちらこそ。あ、例の坑道はこちらで塞いでしまうから、それ以外のルートで行ってや」


 オレはオルタシアに別れを告げて国境に向かって歩き始めた。


 でもできれば、いつかまた魔族の国を訪ねてみようかな。

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