第7話 魔王と謁見

 オレとヴァレンティナはこの魔族の国を統べる存在、魔王の居城に向かっている。


 それがある場所のイメージといえば……。


 やたらと険しい山とか崖の上に建っていて、いつも夜とか闇に包まれていておどろおどろしい、といったあたりだと思う。


 しかし、少なくともこの世界ではそのイメージは通じない。


 都市の繁華街を出てからしばらく郊外の道を進んでいき、現れた小高い丘をゆっくりと登っていく。


 頂上付近に到達すると、中世風ファンタジー世界とは思えない近代的な建造物が見えてきた。


「タツノスケ、これが我が魔王様の居城だ!」


 これがそうなのか。


 でも居城というよりは公邸といったほうがピッタリな外観だ。


 まあ、それにしたって巨大ではあるが。


 その割には門のあたりに守衛とか見当たらない。


 そのあたりのシステムについては、なぜかヴァレンティナが誇らしげに説明してくれた。


「居城には魔力で張り巡らされたセキュリティシステムが万全に機能している。警備の人員も一応はいるが、あくまでシステムの死角をカバーしたりするためのものだ」


「へえ〜、すごいんだな。で、入るのはどうやるのさ」


「ここで呼び出すのだ!」


 彼女はそう言うと、左手を門扉の隙間へ突っ込んだ。


 すると、ビヨ〜ンと空間が一瞬波打つように歪んだ。


 そして門扉の前の空中に、映像が写ったディスプレイみたいなのが現れた。


 写っているのは、胸元を大胆に開いたブラウス姿の若い女性だ。


「まさかとは思うが、コイツが魔王なのか?」


「いや違う、彼女は魔王様の秘書だ」


 さすがに違ったか。


 魔王ともなれば、あの秘書みたいな美女たちを傍にたくさん侍らせて、毎晩のように酒池肉林の宴を開いているんだろうな。


 独りでダラダラ過ごせる安住の地がほしいオレにとってはどうでもいい話だけど。


「ところで、オレでもさっきみたいにしたら呼び出しができるのか?」


「いいや。そもそもこの建物は全体的に結界で守られていて、関係者として登録された者以外が私の真似をすると、全身黒焦げになる……いや、炭になってしまうかもな」


 怖すぎるセキュリティシステムだ。


 そんなことを思っていると、オレの頭上に走査線みたいなのが現れて、頭のてっぺんからつま先までスキャンするかのように線がゆっくりと降りていった。


「お連れ様が危険物を所持していないことを確認しました。ヴァレンティナ様、どうぞ中へ」


 何が起こったのかを秘書が説明したあとにディスプレイは消え、門扉がゆっくりと開いていく。


「タツノスケ、それでは入るぞ」


 彼女と一緒に門扉を通り抜ける……と、そこは既に建物の中で、どこかの部屋のドアの前に立っていた。


「ど、どこなんだよここは?」


「居城の中だ。そして目の前にあるのは魔王様の執務室というわけだ」


「いや、それは便利だけど、こんなに簡単に入れるなんて大丈夫なのかよ」


「セキュリティ上の理由でこうなっている。下手に居城の中を案内すると、構造を詳しく知られてしまうからな。まあ、いきなり執務室の前に行けるのは信頼されている限られた者だけだ」


 なるほど、ちゃんと考えられているシステムなんだな。


 そこいらの勇者が攻めてきても、魔王と会うこともできずに退散するしかないかもしれない。


 ヴァレンティナがノックをすると中から女性の声でどうぞ、と返答があったので、部屋に入る。


 ようやく魔王との面会だ。


 でも中にいるのは、スーツをビシッと着こなしたアラサーくらいの美人のお姉さんが一人だけ。


 さっきとは別の秘書だろうか。


「ヴァレンティナ、魔王はどこなんだよ?」


「バカモノ、眼の前にいるではないか!」


 ええっ、オレのイメージする魔王とはあまりにも違いすぎて声も出ない。


「久しぶりだなヴァレンティナ。息災であったか……いや、その右腕からするとそうではなかったようだな」


「残念ながら強力すぎるスキルを持った人間と戦場で相対してこのザマです、叔母上」


「いつも言ってるでしょう、公私のケジメはつけなさいと。ここでは魔王様と呼びなさい」


 なんと、ヴァレンティナは魔王とは親戚だったのか。


 それにしても、とても魔王の居城内とは思えない会話が繰り広げられていて、ますます頭が混乱する。


「で、そこの人間の男は何なのだヴァレンティナ」


「この者は名をタツノスケといって、私が右腕をやられて王国内をさまよっていたところを助けられた恩人です。彼は王国内に居場所がないと申すゆえ連れて参った次第」


「そうか……我は現魔王を務めるエレオノーラ。ここはあえて叔母として礼を言う、タツノスケとやら」


「まあ、成り行きなんで別にいいっすよ」


 魔王はこちらに向かって頭を下げたが、上げ直した時には少し険しい表情でオレに質問を始めた。


「ところでタツノスケは王国から我々魔族をどのように聞いているのだ?」


「凶暴凶悪な奴らだと」


「やはりか……だが見ての通り我らの大半は平和な生活を望んでいる。魔族の国は経済重視の国へと生まれ変わり、別の大陸の国々と活発に商取引しているのだ」


「へえ、そうなんですか。聞いた話じゃ、昔は魔王の侵略に苦しめられて、今でも人間にとって脅威を与える存在だって」


「それは何百年も前のことだ……今の我々は、人間どもやその国など何の興味もない。商売上の顧客としては重視しているがな」


「じゃあ、なんで戦争し続けてるのさ」


「向こうから戦争を仕掛けてきたのだ。我らが侵略を企てていると理由をでっちあげして、他の王国までそそのかしてな」


「でっちあげ? そこまでして王国が戦争したい理由なんてあるんですかね」


 王国の王様もかなり胡散臭い人ではあったが、だからといって魔王の言うことを鵜呑みにするのもどうかと思う。


 普通に考えれば、戦争なんてどっちもどっちということが多い。


「それはだな……恐らくこれが欲しいのであろうな。これが取れるのは大陸ではここだけだ」


 魔王は席の後ろにある戸棚から小さな瓶を取り出してオレの方へ向けた。


 中身は……真っ黒でドロッとした液体が入っている。


「これは原油、これを精製すれば様々な油が取れるし、アスファルトを作ったりもできる」


 つまり資源が目当てってことかよ!

 唖然とするオレに魔王は更に説明を続ける。


「国民全員が魔力を使える我らには大した価値はないのだが……人間どもにはとても便利なものらしい」


「いやいや、確かに人間にはすごい価値があります。でも、それを売ってやればよいのでは?」

 

「もちろん売っていたぞ、それ相応の値段で。だが奴らは王族と国の幹部だけで独占して利益を荒稼ぎしたいようだ」


「あ〜。確かに奴らならやりかねん。オレは奴らに異世界から召喚されたが、魔王と戦うためと言いながら扱いは酷く、胡散臭い連中だと思っていた」


「タツノスケ、お前の勘は正しいと思うぞ。で、我が国に住みたいということであれば、どのような特技があるのか申してみよ」


「特技って言われても……オレのスキルは身を守る以外に役に立たないし」


「では、やってみたいことはないのか? どんな仕事に就きたいと思っているのかを申せ」


「いや別に……オレは独りでダラダラと過ごしたいだけなんだ」


「何だと……! そのような輩は我が国には置いておけぬ。我が国のモットーは『働かざる者食うべからず』だ!」


「叔母上、彼は私の命の恩人なのです。彼の面倒は私が見ますから!」


「無職どころか『ヒモ男』などもってのほかだ! ヴァレンティナ、お前といえどそのようなことは許さんぞ!」


「でも、でも……」


「これ以上聞き分けのない事を言えば、姉上……お前の母上に言いつけてやるぞ」


「そ、それだけはやめて……御勘弁を」


 よくわからんがヴァレンティナにとっては魔王よりも母親のほうが怖いらしい。


 それはともかく、まさか魔族の国で魔王から勤労意欲を問われるとは思わなかった。


 もう諦めよう、ヴァレンティナにまで迷惑をかけたくはない。


「わかったよ、この国から出ていく。それでいいだろ」


「よかろう。3日間のみ猶予を与えるゆえ、身体を休めたら我が国から立ち去るのだ」


 ああ、またもや安住の地は見つからなかった。

 これからどうしようかな……。

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