第3話 ぶらさがり

 オレはまたあちらこちらと安住の地を探してさまよっている。


 魔王軍との戦場近くは騒がしいだけなので避けているが、そうするとなかなか受け入れてもらえるところはないのだ。


 そしてやってきたのは荒野が広がり、所々に崖やクレバスが存在する不毛地帯だ。


 王国内でもほとんど見捨てられたような場所で村もほとんど見当たらない。


 しかし、だからこそ誰にも邪魔されずに生きることが出来る。


 オレは崖の下にある小さな洞穴を新たな住居とした。


 内部の壁や床はそのまま剥き出しだが、雨風はある程度凌げるし、暑くもなく寒くもなく意外と快適だ。


 悩みとしては寝る時に地面が硬くて身体が痛いくらいか。


 あと、当然ながら食料の確保には苦労する。


 近くの渓谷に水を飲みに来る動物を狩ったり、わずかに生えた野草から食べられるものを採取したりとかなり大変だ。



「タツノスケ、これおすそ分けだよ。ちゃんと食べてね」


「ありがとう。いつもすまないねぇ」


「なにそれ、年寄りみたいな喋り方してさ」


 他の洞穴の住人である女の子、イレーネから食べ物を貰った。


 正確には彼女の両親から持って行けと言われたんだろうけど。


 崖には他にもいくつか洞穴があって住んでいる人たちがいるのだ。


 なんでも、昔の時代に王国から迫害された人々が隠れ住んでいたのだとか。


 だから天然の洞穴だけでなく過去に人が掘った穴もあるのだ。


 そして今はオレみたいな行く当てのない者たちが辿り着く場所となっている。


 といっても、イレーネの家族は別に何もやらかしていない。


 その前の世代からここに住み着いている者同士で家族となった世帯なのだ。



 そんな感じでダラダラと毎日を過ごしてようやく安住の地を手に入れたと思っていたのだが。


 住人の男たちで渓谷に狩りをしに行こうとしていたときのことだ。


 オレもこれに参加しないといけないので洞穴を出ると、数人の男たちが向かってくるのが見えた。


 こんな場所にいったい何の用だ。


 そして目の前までやってくると、その中の一人であるスキンヘッドの大男が突然おかしなことを言いだした。


「おい、お前ら。ここから今すぐ出ていけ」


 いきなりの横暴にオレたちは面食らったが、イレーネの親父さんが男に反論した。 


「お前こそ、なんの権利があってそんなことを言うんだ? ここは昔から行く当てのない者たちが住む場所で、誰かのものではない」


 当然の話だと思ったが、その後ろで馬に乗った貴族みたいな格好をしたオッサンがニヤニヤしながら喋りだした。


「お前たちには雲の上の存在で知らないだろうが、私はこの辺りの領地を相続した領主様だ。ここは王国軍の演習場に丁度良いからな、国に売っぱらうことにしたのだよ」


 自分に様つけるか普通?


 それはともかく、いくら領主だからっていきなりそんな横暴許されるわけねえよ。


 イレーネの親父さんも当然そう考えてオッサンに問いただした。


「王国の役に立てるというなら応じることはやぶさかではありません。ですが行く当てもない者たちばかり。代わりの住居か、せめて補償金は用意していただいてるのでしょうな?」


「つけあがるな! お前らへの補償など一切存在せぬわ。我が父はお前たちを哀れんでそのままにしておいたが、私は容赦せんぞ」


 オッサンの非情な言葉にどよめく住人たちに対して、スキンヘッド男が更に追い立ててくる。


「さあ、わかったらさっさと出ていきな。そうでなければ家族ともども痛い目をみることになるぜ」


 あまりの急展開に親父さんも含めてみんな声も出なくなってしまった。


 しょうがない、オレは親父さんの前に出て男にわざとらしく聞き返した。


「痛い目って、どういうことなんだ?」


「こうだ!」


 スキンヘッド男は崖を右腕で殴り破壊した。


 深さ30センチはある大きな穴を開け、せせら笑いながら自分の力を誇示した。


「ククッ、おれの拳を食らって立ち上がれた奴はいねえんだ」


 まざまざと見せつけられて怯む住人たち。


 でも典型的な負けフラグいただきました。


 念のためにと懐に小さな旗を忍ばせているのでフラグは立てたが、小さいからどの程度の威力なのかはやってみないとわからない。


 黙って前に突っ立っているオレに苛ついたのか男は早速攻撃してきた。


「テメェ何をニヤついてやがる! こいつを食らって死ねや!」


 男の右拳がオレの顔面をとらえた。


 しかしその瞬間にオレの首と身体は自動的に反応した。


 拳の反対方向に高速回転してダメージを逃がし、身体が浮き上がる。


 そして伸び切った男の右腕にしがみつくと何度も腕を捻り回した。


「うぎゃああ! おれの右腕が!」


 男の腕は関節も筋肉も腱もボロボロにねじ切れていた。


 あれはもう2度とパンチを打てないだろうな。


 オレの安住の地を奪おうとするからいけないんだよ。


 主力の戦闘力を失ったオッサン共は住人たちに追い立てられて、気絶したスキンヘッド男を抱えて逃げていった。


「お、覚えていなさい! このままで済むと思わないことですね!」


 負け惜しみはもういいって。



 それはいいが、住民に気味悪がられて出ていくことになるかな……。


「タツノスケ、さっきのは凄いな。どうやって身につけたんだ?」


「いや、無我夢中でマグレでできただけだよ」


「まあ、そうだよな。マグレでも何でも助かったぜ」


 幸い大きな問題にはならなかった。

 いつもこれぐらいだったらいいんだけどなあ。


 オレを含めた男たちは予定通り狩りにでかけた。


 2日ほどいないので気にはなるが、行かないと食料を確保できない。


 オレは念のために大きい旗を背負って出ることにした。



 オレたちが狩りから戻ってくると、悪い方の予感が当たってしまった。


 5人の剣士たちに洞穴の集落が襲撃を受けていたのだ。


 急いで駆けつけるが、残ったみんなは無事だろうか。


「いやだー! 誰か助けてー!」


 イレーネの声だ。


 その方向を見るとイレーネとその母親が剣士の一人に切られようとしている。


 早く助けないと。


「おい、イレーネたちから離れろ!」


 オレは狩りで使った槍を持って叫びながら走っていく。


 そして槍を相手に突いていったが、剣士は赤く光る刃の剣を一振りする。


 スパーン! と柄を切り落とされてしまった。


「この程度の腕前で我に挑むとは……笑止!」


 剣士はオレを嘲ると、スパスパと柄を根元以外切り落とした。


「全く話にならん……なますのように切り刻んで、せめてもの慰みにしてくれるわ!」


 その人を嘲り侮った態度、負けフラグを立ててくださいと言わんばかりじゃないか。


「おい、ご期待に応えてちゃんと立ててあげたよ」


「お前は何を言っている? 気でも触れたか!」


 フラグの合せ技ご苦労さまです。


 ヤツが振り下ろした刃は空を切り、オレの身体は自動でそのまま剣士の懐に入る。


 短くなった槍の柄の先から闘気みたいなのが噴出し、そのまま緑の刃になると相手の胴体を一刀両断にした。


 何だこりゃ?


 昔のSF映画に出てくる◯イトセイバーみたいな刃だ。


「イレーネ無事か? あとの人たちは?」


「あたしたちは大丈夫。他の人たちはまだ無事だと思うけど……向こうの洞穴に逃げ込んで追い詰められているよ」



 見ると、確かに4人の剣士がまさに洞穴に押し入ろうとしている。


 オレは続けてそこに叫びながら駆け寄る。


「おいお前ら、そこに入ろうとするんじゃねえ!」


 奴らは何事かとこちらを向いたので、その会話がこちらにも聞こえてきた。


「何だあの男……アイツは何してるんだ?」


「どうやらあの男にやられたようだな」


「ククク……アイツはオレたちの中でも最弱」


「どこの馬の骨とも知れん男にやられるとは、おれたち『王国暗殺部隊』のツラ汚しよ」


 なんかどこかで聞いたようなセリフ回しだな。


 確か死亡フラグだった記憶があるので、そのまま頂いちゃいますか。


 オレの身体は高速で奴らの周りを回り始めた。


「クソッ、何だこの動きは?」


「落ち着け、慣れれば見切れぬ動きではない」


 しかしオレの動きは更に加速し、徐々に楕円形に囲いを変えていく。


 そして奴らがほぼ横並びになったところで。


「グアアアー!」


 オレの闘気の刃が大きくなって一気に4人とも貫いた。


 串刺しになり断末魔を上げて奴らは果てたのだ。



 さて、これで全員片付けたな……と思ったところに崖の上の方からオレに呼びかける男の声がした。


「貴様が異世界人のタツノスケだな」


 どうしてオレの正体を……。


 驚くオレに構わず男は話を続ける。


「ここの領主から妙な術を使う者がいると通報があってな。人相などからその疑いを持って来てみればドンピシャだ」


「何だお前は? 領主の差し金でここに来たのか?」


「私の名はドウコウ伯爵。王国暗殺部隊の隊長だ。ここの住人を追い出す任務も請け負ったがそれはついでだ。好き勝手している異世界人を討伐する、それが今回の真の目的なのだ」


「オレは王様からゴミスキルだと言われて追放されたんだぞ。どう生きようが今さら文句を言われる筋合いはない」


「そんなことは関係ない。王に、王国に逆らい仇なす者は全て排除する。それが我らの仕事だ」


 どうやら話し合うだけ無駄なようだ。


 ヤツの狙いがオレならば、住人たちに迷惑をかけたくない。


 オレはその場から集落の外へ向かって走り出した。


「逃がさぬぞ!」


 ドウコウ伯爵は崖から直接飛び降りてきた。


 かなりの高さだぞ……だがヤツは難なく着地してオレを追いかけてきた。


 なんとか集落の外に誘い出すのは成功したが……この先には大きなクレバスが横たわっていて飛び越えるのは困難だ。


 このあたりでヤツを迎え撃つしかない。


 オレはヤツの方に向き直して立ち止まった。



「どうやら観念したようだな。抵抗しなければ楽にあの世に送ってやろう」


 追い詰めた相手への驕り高ぶった発言……フラグいただきだな。


「ゆくぞ」


「来い」


 ドウコウ伯爵が刃が赤く光る剣を打ち掛けてくると、オレの身体が自動的に打ち合いに応じた。


 しかしいつものように圧倒することなく打ち合いが続き、鍔迫り合いとなってお互いの動きが止まった。


「なかなかやるではないか……若い隊員たちでは歯が立たなかったわけだ。それに刃に魔力を纏わせた『魔力剣』を使いこなすとは。お前の能力は旗を持って味方を鼓舞するだけと聞いていたのだがな」


 魔力を纏わせた刃……だから光って切れ味が通常の剣より段違いというわけだ。


 オレのは刃そのものが闘気だからちょっと違うが、体内に宿した力という点では同じなのだろう。


「そうかい。でもオレがショボい能力でないと討ち取る自信はないってことか?」


「……言うではないか!」


 ヤツに押し切られてオレは身体ごと吹っ飛ばされた。


 実力差が圧倒的過ぎて、あの程度のフラグではドウコウ伯爵を倒すことはできないようだ。


 そしてオレのすぐ後ろにはクレバスが迫っていて完全に追い詰められてしまった。


「さあ、今度こそ観念するがいい」


 これといったフラグを拾えそうにないセリフだ。


 どうする……!


 いや、この状況は。


 ◯イトセイバーが出てくるSF映画の登場人物の一人が、しょっちゅうこんな状況に追い詰められながら逆襲して生還する、というのがネットでネタにもされてたっけ。


 でもこれって最強クラスの勝利フラグだよな。


 これを使うしかない、イチかバチか。


「フンッ!」


 ヤツは掛け声だけで切りつけてきた。


 オレは後ろに飛び退いてそれを避けた。


 そしてそのままクレバスの入り口から落ちていったのだ。



「敵わぬと思って、自ら死を選んだか」


 伯爵の少しがっかりした声が聞こえてきたが。


 オレは岩の出っ張りに辛うじて掴まり、ぶらさがって落ちるのを耐えていた。


 ◯イトセイバーはうっかり手から離して落ちてしまった。


 そして少し間を置いてから伯爵が入り口を覗き込んできた。


「思ったよりもしぶとい男だ。だがそんな状態で何ができるというのだ?」


「……勝負は諦めたらそこで終了なんだよ」


「まあいい。せめて私の手で引導を渡してやろう。潔く死ぬがよい!」


 伯爵はオレの手首を切ろうと刃を振り下ろしてきた。


 だが下から凄まじい突風がブオッ! と吹き上がってきて伯爵の動きが止まった。


 そして落としてしまった◯イトセイバーの柄までが舞い上がってきたのだ。


 オレの身体はまたまた自動的に岩の出っ張りを視点に蹴上がりの要領で飛び上がると、突風に乗って空中に舞い上がって柄を手に取った。


 そのまま伯爵の後ろに回り込みながら、緑色の闘気の刃をヤツの頭頂から下に一刀両断した!


 伯爵は動かないままオレにたどたどしく喋りかけてきた。


「……見事であった。この私に、こんな戦い方をする者がいる、とは」


「……」


「だが、これで終わりでは、ない。今回の件でお前は王国の、抹殺対象リスト入りだ。お前はこれからずっと、狙われ続ける、だろう……」


 伯爵は言い終わると身体が左右半分に別れていき、果てた。



 とりあえずオレは一旦集落に戻ったが、心のなかではもう決めていた。


「タツノスケ……お前、なんか知らんが王国から追われてたんだな」


「ああ。だから出ていくよ、みんなに迷惑がかかるからな」


「タツノスケが出ていくことないよ! あたしたちを守ってくれたじゃないか」


「その通り。それにここは元々行く当てもない者が行き着く場所だから気にしなくていい」


 イレーネと親父さんはこう言ってくれているが、他のみんなの目が怯えているのがわかるのだ。


「いや、やっぱりいいよ。オレはやっぱり独り気ままでいられるほうがいいのさ」


 オレは集落から出ていった。


 でも、これ以上の安住の地なんてあるかなあ。

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