第2話 お代官様

 オレは今、都から随分離れた荒れ地を彷徨っている。


 何日もの間、ほとんど食べていないから、もう空腹で倒れる寸前だ。


 そういうわけで、ちょっとした森を見つけたオレは、なにか食べられそうなものはないかと探し回ることにした。


「誰か! 誰か助けてー!」


 森に入ってしばらくすると女の悲鳴が聞こえてきた。


 どこからだろうとキョロキョロと茂みの間を見回す。


 もう一度聞こえてきた方向を特定して向いた途端に女が飛び出してきた。


 年齢は俺と同じくらいだろうか。


 いわゆる中肉中背くらいの背格好で、まだあどけなさが残っているが可愛らしい顔の女の子だ。


 オレの目の前で倒れ込んだ彼女の後ろから、大きな獣が追いかけてきた。


 3メートル、いや4メートルはあるか。


 クマのような姿をした魔獣だ。


 オレは女の子の前に立ちはだかる。


 オレのスキル『旗手』は『フラグを立てる』能力だが、魔獣は喋らないのでシチュエーションを見立てるしかない。


 『森で魔獣に襲われている女の子に出くわした主人公』というのは使えそうだ、あとは確率の問題だな。


 グルル……と唸り声を上げながら様子をうかがっていた魔獣だが、助けに来たのはオレしかいないと見定めたのか、後ろ足で立ち上がりながら凶暴な声で威嚇してきた。


「ヴオオオーッ!」


 大きく振り上げた前足をブンッ! と風切り音を出しながら振り下ろす。


 しかし前足は両方ともスカッと空を切った。


 オレの身体は自動で高速移動し、魔獣の背後に回り込むと、右手が勝手に魔獣の背中に触れて闘気のような衝撃波を流し込む。


 ドンッ! と衝撃が魔獣の硬い皮膚と分厚い脂肪を突き抜け、魔獣は断末魔の雄叫びを上げてズゥンと倒れたのだった。


「あの……助けていただいてありがとうございます」


 女の子から礼を言われたが、実のところほとんど何もしてない。


 闘気なんて操れないし、立てたフラグから高確率で撃退するという結果を導き出したに過ぎない。


 確率が低い方が当たってたらどうするつもりだったのかって?


 その時は仕方がない、諦めるだけさ。


「いや、オレはそんな大したことはしてないから。それじゃあ」


「ま、待ってください! 命の恩人に何もお礼をしないわけにはいきません。ぜひ、わたしの村に来てください」


「いや別にいい……」


 ここでオレのお腹がグゥ〜ッと鳴った。


 さっきので余計なエネルギー使ったもんな。


「うふふ……遠慮はいりませんよ、食事を沢山ご用意しますからね」


「……そこまで言うなら遠慮なく」



 かくして村に案内されたオレは、彼女の両親から何度もお礼を言われて、食べきれないほど沢山の食事を用意してもらった。


「本当に、娘を、アーシアを助けていただいて何と御礼を申し上げたらよいか」


「もうさすがにいいですよ、10回くらい聞きました……モグモグ」


「ところでアーシア、どうして森に行ったの? 最近、魔獣が出没するようになったからいけないってあれほど」


「ごめんなさい、あの森にしか生えていない薬草を取りに行ったの」


 魔獣がいるのは魔王軍の影響がある地域だってことだ。


 そういえばこの辺りからしばらく行くと魔王軍との戦場だって聞いたな。


 それよりも気になったのは、この村の若者が極端に少ないことだ。


 他の村も少ないのだが、特にここは酷い。


 アーシアの両親に聞いてみると、やっぱりなという答えが返ってきた。


「この村の支配を任されているお代官様から頻繁に徴兵令が来てまして。みんな連れて行かれたのです」


 他の国はどうか知らんが、この王国は魔王軍との戦いのためと称して、やたらと若者を徴兵しているのだ。


 これが、王国内ではどこも若者が少ない理由だ。


 でも実は魔王軍とだけ戦っているわけではない。


 この状況に便乗して、王国を含む大陸の各国は抗争を繰り広げているのだ。


 つまり現状は魔王軍を含めてバトルロワイヤル状態、戦国時代の様相を呈している。


 オレ以外の異世界召喚された連中も、今ごろ誰と戦わされているのやら。



 そうして数日が経過した。


 オレは離れの部屋を貸してもらい、気ままに生活させてもらっている。


 それどころか毎食ご馳走になっているので、本当に何もせずダラダラ過ごしているだけだ。


 彼女と両親は、いつまでもいてもらって構わないとか言っているが、まあ真に受けない方がいいだろう。


 彼女たちはやはり無理をしているのか、日に日にやつれてきている。


 異世界に来る前のオレの経験上、調子に乗っていると、そのうち邪険な扱いをされ始めて関係は最悪なものとなるのがオチだ。


 こうなると独りで安住というオレの希望は叶えられそうにないから、ひっそりとどこかに行こうと思っている。


 お互いに嫌な思いをする前に決断するべきだろう。



 オレは簡単なお礼だけ書いた手紙を残して翌日早朝に村を出ていった。


 しばらくダラダラと道を歩いていたが、何か手ぶら感を拭えない。


 ……しまった。


 肝心の旗を持って出るのを忘れてしまった。


 ここしばらく全く必要がなかったから、存在が頭から消えていたのだ。


 また作ればいいだけだが……はっきり言ってめんどくさい。


 結構村から離れてしまったけど、取りに戻るか。


 引き留められたら、まあその時はその時だ。



 道を引き返して村の近くまで戻ってきた。


 太陽はもう一番高い位置まで来ているので丁度昼時か。


 もし引き留められたら昼メシだけでもご馳走になっていくか。


 そんなのんきなことを考えていたオレだが、村にもう少しというところで騒がしい音が聞こえてきた。


 何があったんだろう、嫌な予感がしてきた。



 気持ち急いで村に到着すると、そこは酷い有様だった。


 鎧を身に着けた兵士たちに村が襲われていたのだ。


 驚いたオレの目に映ったのはアーシアが連れ去られようとしている姿だった。


 抵抗しようとしたのか棒切れを持っていたが、兵士の一人にあっさりと取り上げられてしまった。


 だけど、馬に乗った指揮官らしき男に村人の一人……いや、アーシアの親父さんが近づいて訴えかけている。


「お代官様、もうやめてくだされ! 差し出せる食料とカネは全てお渡ししますから」


「ええい、うるさい!」


 あの男が代官のヤロウなのか。


 ヤツは親父さんを足蹴にすると、あまりに自分勝手な理屈で蛮行を正当化しようとした。


「クククッ……お前たちが悪いのだ。わしが国の中央に戻り出世するには、もっと軍資金が必要なのだ。それなのに、わしのために税をもっと納めようとしなかったではないか」


「そんな……収穫量は既に7割は納めております。他に稼ごうにも、お代官様が次々と若者を徴兵していったせいで、村と畑を維持するので精一杯なのです」


「言い訳など聞きとう無いわ! ここは野盗に襲われて全てを奪われ、壊滅した。それでよいではないか」


「私たちはどうなっても構いません。せめて娘だけでも解放してください」


「ならん。王国の戦場は常に人手不足なのだ……若い娘でも兵士として、それが無理でも奴隷の如く重労働か兵士たちの夜の相手でも、それなりの値段で需要がある」


 ヤロウ、野盗のしわざに見せかけて村からすべてを奪うつもりか。


 しかもアーシアに酷いことをしようとしている。


 オレはダラダラとだらしない異世界生活を送っているが、恩知らずではない。


 旗は手元にないが、ここはやるしかない。


 オレはアーシアを連れ去ろうとしている兵士のもとにダッシュで近づきながら叫んだ。


「アーシアを放せお前ら!」


「な、なんだお前は?」


「タツノスケ!? わたしのことはいいから逃げて!」


 彼女が気遣ってくれるのは嬉しいが、そうはいかないのだよ。


 オレは棒切れを奪おうと、兵士の一人にタックルしてから棒を掴んでもみ合いになった。


「放さんかこいつ!」


「お前らこそアーシアを放せって言ってるだろうが!」


「いい加減にしろよクソザコが! これでも喰らえ!」


 もう一人の兵士がオレの脇腹に槍を突きいれた。


 オレは激痛のあまり、もみ合っていた兵士と棒から手を離してしまった。


「これでトドメだ、クソザコ野郎!」


 正面からも槍で胸を一突きされ、オレは仰向けで地面に倒れていく。


「いやー! タツノスケー!」


 意識が遠のいていく最後のところでアーシアがオレを呼ぶ声が聞こえた。



「ザコの分際でしゃしゃり出るからこうなるんだよタコが!」


「タツノスケー! お願い、生きていて!」


「嬢ちゃん、諦めな。槍で急所を突いたんだ、生きているわけがない」


「そうそう。なんなら、おれたちがあの男のことを忘れさせてやるぜ〜!?」


「うう……酷い」


「タツノスケ殿……私たちのことに巻き込んでしまって申し訳ない」


「これでわかったであろう。お前たちは黙って我が野心の糧となればよいのだ! おいお前たち、その女をさっさと連れて行け」


「へいへい……って、なんでお前がここに!?」


「よお。さっきから言ってるだろう、アーシアをさっさと放せって」


 驚いて動きの止まった兵士の手から、オレはサッと棒切れを引き抜いた。


 これは布が巻きついていて……つまりオレが村に忘れた旗だったのだ。


 だからさっきの揉み合いで棒を掴んだときに生存フラグを1つ事前予約しておいた。


「タツノスケ! 良かった、生きてたんだ!」


「ああ。主人公を倒したと思い込んで、ヒロインを欲望丸出しで連れ去ろうとする。こいつらが立派な生存フラグを立ててくれたんだよ」


「わけのわからんことをゴチャゴチャと! 今度こそあの世に送ってやる!」


「はいはい、わかりやすい負けフラグありがとさん」


「死ねー!」


 2人の兵士が突いた槍を自動的に避けつつ上空に跳ね飛ばし、懐に入って鎧越しに闘気を送り込む。


「ぐはぁ!」


 どちらも口から血を吐いて卒倒した。


 その様子を見ていた代官が慌てた様子で叫ぶ。


「な、何だあの男は。妖しい術を使いおって……ええい! 者ども、あの男を始末しろ!」


 これまた時代劇っぽいやられフラグごっつぁんです。


 オレの身体は高速で流れるように移動し、兵士たちの攻撃を躱しながら次々と血の海に沈めていく。


 全員倒すと、代官の前で移動を止めてオレは言い放った。


「さあ、残るはお前だけだ」


「くっ……妖術使いめが。だが、これならどうだ!?」


 代官はアーシアの親父さんを人質にとって盾代わりにしようとしている。


「タツノスケ殿、私のことは気にせず逃げてください!」


「ええい、黙らんか! おい、この男がどうなっても構わんのか?」


 もちろんそれは困る。


 だけど代官は自ら盛大な死亡フラグを立てたことに気づいていないようだ。


 そしてそれは美味しくいただきました。


「おい、代官。お前は既に終わっている」


「何を言うか、こいつを殺されたいのか……ぐあああああ!」


 さっき2人の兵士から跳ね上げた槍が丁度落ちてきて、代官の背後から両肩を貫いたのだ。


 オレはまた高速で近づき親父さんを助けると、最後に代官の傍を駆け抜けた。


「な、何をした……うげごぼああああ!」


 代官は全身から血を吹き出しながら断末魔の悲鳴を上げ、果てたのだった。


「た、タツノスケ殿。村を救ってくれたことには感謝します。ですが……」


 村を守るためとはいえ、代官の一味を全員始末してしまったのだ。


 このままでは村人たちの方が王国への反逆罪に問われかねない。


「心配しなくてもいい。こいつらは謎の妖術使いに倒されてしまったと報告すればいいよ。なんならオレの特徴と人相を言ってもらって構わない」


「でもそんなことをすればタツノスケ殿が」


「だからオレはここから出ていくよ。これまでいろいろとありがとう」


「いや! タツノスケ、出て行かないで!」


 アーシアが懇願するように泣き叫ぶ。


 でもオレがここに留まれば、村全体がオレを庇い加担したと見做されかねない。


「すまない、でもオレは行くよ」


 オレは新たなる安住の地を探しに行くことにした。


 でもそんなのあるのかな……いや、見つけてみせる。

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