第二十六話 猫獣人からのお誘い
暫し空白の時が流れ、全員が冷静さを取り戻してきた所で、俺はミミの父親含めた皆に、ミミを助けた経緯の説明を行った。
「……こうして、ここまで来たという訳です」
貴族生活で身に着けた、及第点程の言葉遣いで説明を終えた俺は、そう言って話を締めくくった。
「なるほど……そうか。娘を救ってくれて、なんとお礼を言えばいいのか――」
一言一句、噛み締めるように彼はそう言葉を紡ぐ。
すると、ミミが両手を腰に当てながら、知ってるとばかりに声を上げた。
「お父さん! そういう時は、ありがとう……だよ!」
子供だからこそ、言えるのであろうと思われるミミの言葉に、彼はどこか脱力したかのように息を吐いた。
そして、口を開く。
「そうだな。本当に、ありがとう」
そう言って、彼は深々と頭を下げた。
うん。これで一先ず、一件落着だな。
「……ああ。それにしても、俺の言葉を信じるんだな。俺が騙そうとしているとは思わないのか?」
その後、俺は疑問に思っていた事を思わず零した。
「全く思わなかったな、俺は。別に、獣人……というよりは、亜人全員が人間を殺したいほど憎んでる訳じゃ無いし。だろ?」
「まーな。長老衆やエルフ族の行商人から、口を酸っぱくするほど言われてるから、警戒は滅茶苦茶するよ。さっきも、それでやっちまったし。ただ……」
「口伝でしか知らない種族に対して、そこまでの感情は抱きようが無いって言うか、何と言うか……」
「ぶっちゃけ、狐獣人の方が嫌だよな?」
「おん」
「全く同意」
そんな感じで、うんうんと頷き合う獣人一同。
なるほど。人間側が、亜人と会う機会がほとんどなくなった事で差別意識が薄れだしているように、こっちも人間と会う機会がほとんどなくなった事で、悪感情が薄れだしている……といった所か。
となると、今回の件はそんな彼らに人間への悪感情と、同時に好感を持たせた感じになるのかな?
ん-……よく分からないや。
ま、俺はそういう面倒ごとからは、全力で目を背けさせてもらおう。
のんびりと、行きたいからね。
「なるほど……理解したよ」
「まあ、俺らはそんな感じなんだよ。……で、こっちも気になるんだが、お前たちは俺らに差別意識とかは無いのか?」
「そうそう。聞かされてた話とは、まるでかけ離れているからさ」
そうか。向こう視点ではそんな感じだよな。
そう思いながら、俺はその答えを告げる。
「人間側も、亜人に対する差別は薄れつつあってな……差別意識は、全く無いな」
「そうですね。差別など、馬鹿らしいですし」
「おー2人共いい事言うね~」
すると、フェリスも俺の発言に賛同するようにそう言い、そしてシルフィは無邪気にそう言ってニカッと笑った。
「なるほどな……ただ、ミミを捕まえたような奴が居るってのを考えると、やはり外へは出たく無いという結論に至るな」
「んみゅ~」
俺の言葉に、ミミの父は納得したようにこくこくと頷くと、ぽかんとしていたミミの頭を優しく撫でた。
すると、ミミは嬉しそうに身じろぎする。
「まあ、当分はそれが1番だと思うよ」
娘の笑顔を、絶やさない為にも――ね。
人の感情が介在する差別の問題は、どうやっても完全に消える事は無いからさ。
難しいよなぁ、本当に。
「さてと。それじゃ、俺は家に帰るよ」
ミミを届けたなら、俺はもう用済みだ。
なら、長老衆やエルフ族にこの様子が見られる前に退散しようと、俺は踵を返した。
だが、それをミミの父親が止める。
「待ってくれ。一度、我が家へ来てくれないか? 沢山礼もしたいし、妻に君たちを紹介したい」
「そうか……」
ここで、俺は顎に手を当てながら考えを巡らせる。
獣人の村……少し気になるな。
純粋な好奇心から、一度ぐらいは入って見たい。
面倒ごとが起こるかもしれないという問題はあるが、俺ならシルフィも居る以上、流石に大丈夫だろう。
「……フェリスとシルフィは、どうする?」
「私は、お兄様の判断に従います!」
「私も私も~。召喚者君の意のままに……だからね」
2人はどうかと聞いてみると、そんな反応が返って来る。
俺に遠慮……はして無さそうだな。
そう思った俺は、視線を戻すと、答えを告げる。
「分かった。行きます」
「そうか――ありがとう」
俺の言葉に、彼はそう言って爽やかに笑った。
「さて……ああ、そう言えば名乗って無かった。俺の名前はシュルト。君の名前は?」
「あ、ああ。俺の名前はサイラスだ」
そう言う彼――シュルトに、俺もそういや名乗って無かったなと思いながら、そう短く自己紹介をした。
「それで、2人は――」
「はい。私の名前はフェリス。お兄様の妹です」
「はいはーい! 私はシルフィ。召喚者君に呼ばれてきたの!」
そして、2人はそんな自己紹介をする。
いや、兄の妹ってどゆことや……召喚者君って言われても、よく分からんだろ……
そんな、ツッコミどころのある自己紹介をしてくれた2人だが、彼らは特に気にした様子も無く、話を進める。
「では、俺が案内し――」
「お父さん! 私が案内する!」
「……分かった。じゃあ、ミミが案内しようか」
「うん!」
シュルトの言葉に、ミミは笑顔で大きく頷く。
実に微笑ましい光景だ。
「それじゃ……獲物の方は、悪いけど任せたぞ」
「おう! 分かった。任せとけ」
「後で酒を奢ってくれよ」
そして、狩ってきたのであろう魔物は、他の獣人たちに任せ、シュルトは俺の方に向き直った。
「では、行こうか」
「お兄ちゃん! お姉ちゃん! ちゃんと着いてきてね!」
「おおっと……ああ、分かったよ」
こうして、俺はミミに右腕を引かれながら、獣人の村へと入って行くのであった。
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