第二十五話 親子の再会

「よっと。さて、どこから入るか……」


 ミミの家――いや、魔力反応からして集落らしきものがある場所まで来たのはいいものの、俺はどこから入ればいいのかで悩む。

 別にこの結界をすり抜ける程度、造作も無いことなのだが……本来侵入する事が出来ない場所から入ると、中の人々に余計な迷惑を掛ける恐れが出てくる。

 なら、ここの入り口から入るのが正しいかな……そう思っていると、ミミが途端に駆け出した。


「お兄ちゃん! こっちこっち!」


「お、おい! あんまり俺から離れるなよ。危ないぞ!」


 魔物避けがあるとは言え、流石にこの深度の魔物は相当に危険だ。

 万が一があってはいけないと、俺は家を目前に逸るミミを止める。


「あうっ……ごめんなさい」


 すると、ミミはバツが悪そうに目に見えてしょげて肩を落とす。

 そんな顔しないでくれ……なんかこっちが悪者になった気分になるよ。

 まあ、流石にそれを口には出さないけど。


「召喚者く~ん。落ち込んでるの?」


「落ち込んで無いよ、シルフィ」


 すると、まるで待ってましたとばかりにシルフィが俺を茶化しに来る。

 そんなシルフィの茶化しに、俺は若干むっとしながらも、ミミが居る手間、特に表情は変えること無くそう言った。


「お兄様のお優しい所、私は大好きです!」


「ぐえぇ……笑顔で絞めるのはやめてぇ……」


 そしたら、シルフィは即刻絞め上げられた。

 俺へ最高の賛美を笑顔で届ける、フェリスによって。


「……うん」


 シルフィ、お前何回フェリスに絞め上げられれば気が済むんだ。

 この短期間で何度も絞め上げられるシルフィを見て、俺はどこか達観したような顔でそう思うと、ミミの視線を戻した。


「ミミ。行こうか」


「えっと……後ろのおねえちゃんは……どう、なの?」


 余裕が生まれ、周りに目が行くようになったのか、ミミはシルフィの惨状を見て、どこか困惑したように問いを投げかける。

 それに対し、俺が言えるのは1つだけ。


「大丈夫。それより、早く家に帰ろう?」


 そう、見事な話題逸らしだ。


「うん! 早く家に帰って、お父さんとお母さん……それと……うん! 皆に会いたい! 早く村に行こうよ、お兄ちゃん!」


 子供故の真っ直ぐさからか、ミミは俺の露骨――では無く、見事な話題逸らしにちゃんと乗ってくれて、笑顔ではしゃぐようにそう声を上げる。

 俺は、そんなミミを宥めつつ――シルフィからの「子供騙してやんのー」って感じの視線を流しつつ、ミミの案内で、ミミの家がある村の入り口の方へと向かう。


「……あそこかな?」


 結界の継ぎ目――あの一点だけ、妙に結界が薄い。

 ぱっと見では何も無いが、あそこが村の入り口で間違いないだろう。

 そして、何より――


「ふぅ……今日も痕跡1つ見つからなかったな」


「ああ。丸ごと喰われち――」


「やめとけ。少なくとも、あの子の親父が居る前ではな」


 狩りから帰って来たのであろう、幾人かの獣人の姿があった。

 む……単独では無いとは言え、この付近の魔物を倒すとは、中々の手練れだな。

 そう思っていると、俺の横に居たミミが駆け出した。

 一直線に、向かう先は――1人の猫獣人の若い男。


「お父さん!!!」


「なっ――ミミ!!」


 声を上げながら駆けるミミ――そして、そんなミミを見て絶句しつつも遅れて声を上げる男。


「お父さん!」


 やがて、その男――父に抱き着くミミ。

 もう二度と放さないとばかりに父を抱きしめるミミを、父はゆっくりとその手を動かし――抱きしめ返した。

 そして膝を付くと、ボロボロと涙を流し始める。


「ミミ! ――ミミなんだな!? 無事で――無事でよかった! 一体、どこに行って――」


「お父さん! ――ぐすっ おどうざん!」


 父と子の、感動の再会。

 創作物でしか見たこと無かったが、実際に目の当たりにすると、こうも心に来るものなのか。


「いーねぇ。感動の再会!」


「あそこへ茶化しに行くなどと言う、無遠慮な行動は取らないでくださいね?」


「流石にしないよー!」


 横では、そんな会話が為されていたが、それは右から左へと流れていく。

 それぐらい、俺は見入っていたのだ。

 すると、やがてその様子に安堵の表情を浮かべていた他の獣人たちが、俺たちの存在に気付く――そして、敵意を露わにした。


「何故人間がここにいる!」


「投降しろ! さもなくば殺す!」


 おうおう……なんという敵意。

 人間のせいでこんな僻地過ぎる場所に住んでいるのだから、人間に対して良い印象は持っていないんだろうなぁとは漠然と思っていたのだが……こうも敵意を持たれると、中々心に来るものがあるね。


「お兄様がわざわざここまで送り届けたというのに……殺しますよ?」


 すると、同時にフェリスの殺意が爆発した。

 助けたのに敵意を向けられたのだから、不愉快に思うのは当然だよな。

 だが、フェリスを暴走させてはいけない――そう思った俺は、フェリスを優しく宥める。


「フェリス、仕方ないよ。だから、落ち着いて」


「むー……。お兄様がそう言うのであれば、落ち着きます」


 俺の言葉に、フェリスは不承不承ながらもそう頷くと、手に掛けていたダガーから手を引くのであった。

 だが、獣人たちの方は別。

 憎んでいる人間から、敵意どころか殺意を向けられたのだ。


「はあっ!」


「死ね!」


 まあ、襲い掛かって来るよな。

 俺は内心、「こうなるんだったら、直ぐに気配消してこの場から立ち去ればよかったなぁ」と思いつつ、手始めに突き出された槍を掴み取った。


「ほっと」


 そして、同時に振り下ろされた大戦斧も素手で受け止める。

 無属性魔法に適性のある俺は、当然強化魔法もかなり得意だ。

 故に、これくらいなら避けるまでも無く掴んで確実に対処する事が出来る。


「なあっ!?」


「はっ!?」


 眼前の事象に、熊獣人と虎獣人の若い男は、驚きを隠せずに居た。

 すると、父から離れたミミが声を上げる。


「やめて! お兄ちゃんは、私を助けてくれたの!」


「え? いや、え……」


「は……え?」


 ミミの言葉に、今度は困惑の声を上げる獣人一同。

 だが、状況から俺たちがミミを連れて来たのは明白。

 次第に冷静さを取り戻し、その事に気が付いた彼らは、心底困惑しつつも、武器をゆっくりと降ろすのであった。

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