第十九話 精霊召喚
無事に家を完成させた俺は、家の中に入ると、早速寛ぎ始める。
「あー……いいねぇ。この木造新築特有の匂い、自らの手で造った事への満足感、そして誰かに気を遣う必要も無くなって……気が楽だ」
それはもう極楽極楽。
来てよかった~って思えて来るよ。
何だかんだあの家に居るのも、前世程では無いとは言え、ストレスだったんだなぁ。
「肩を揉みますね、お兄様!」
すると、俺が座る椅子の後ろに回ったフェリスが、そう言って両手を俺の両肩に乗せた。
そして、優しく解すような感じで揉み始める。
おお、これは中々に気持ちいいな……
「あー……いいね、フェリス。ありがとう」
「んっ! お兄様に喜んでいただけて、嬉しいです」
俺の礼に、フェリスはそう言って嬉しそうに笑った。
それにしても、この歳で肩揉まれて喜ぶとか……俺の身体、そんなに疲労溜まってたのか?
魔法で身体を強化しているし、そもそも普段は肩こりなんか感じないな……
となると、これは気分的なものなのだろうか。
前世含めればもう40歳超えてるし、全然あるな。
そう思いながら、俺は少しの間フェリスの肩揉みを堪能するのであった。
「……ふぅ。それぐらいでいいよ、ありがとう」
良さげなタイミングで、俺はそう言うとゆっくりと椅子から立ち上がる。
「分かりました。お疲れでしたら、いつでもしますよ。お兄様」
「ありがとう。……なら、その分色々やらないとな」
何度も思うが、フェリスに貰ってばかりなのは、流石に恥ずかしい。
だったら俺は、俺のやれる事で頑張らないと。
そう思った俺は、フェリスと共に再び外へ出ると、《
そして、中から琥珀色の溶液が入った小瓶を取り出す。
「お兄様。それは?」
「ああ。これは俺が何とか手に入れた、精霊由来の魔法触媒液だ」
フェリスの問いに、俺は小瓶を軽く揺らしながら答えを告げる。
魔法触媒液とはその名の通り、魔法を発動する際に触媒として用いられる液体のこと。基本的にはそれで、常人では展開できないような複雑な魔法陣を描いて発動させる為に使う。
時間が掛かる反面、強力な魔法が使える為、それなりに高価な代物だ。
しかも今回買ったのは、その中でも貴重な精霊樹の樹液から作られた魔法液。
中々に高値だったが、何とか家族にバレることなく、入手できたんだよね。
「精霊由来……確か、高値ですが使用できる人も限られているせいで、骨董品扱いする人も居ると、聞いたことがあります。あいつ――ルイン伯爵の骨董品部屋にあるのを見た事があります」
「え、あいつ持ってたん?」
フェリスの衝撃発言に、俺は思わず目を開いてそう声を上げた。
マジかよ。あいつ、色々集めているってのは知ってたけど、これも持ってたのかよ。
なら、そっちを盗った方が、圧倒的に楽だったな。
くっ……なんか敗北感が……
「……まあまあ、過ぎた事だし、持っているから問題ない。それよりこれを――っと」
そう言って、俺は小瓶の蓋を外すと、中の溶液をゆっくりと地面に垂らしていく。
「お兄様。それで、何をなさるのですか?」
「ああ。これで、精霊を召喚してみようかと思ってな」
「精霊!?」
俺の言葉に、今度はフェリスが声を上げる。
まあ、驚くのも無理は無い。
精霊を召喚できる人間は、本当に極少数だからさ。
エルフと言う種族であれば、大抵の人が使えると言っていたが……エルフって、迫害の影響で大半が森に引き籠っているらしいんだよな。
居れば、軽く精霊召喚を見ておこうと思ったんだけど……仕方ない。
「万が一を考慮して、屋敷じゃやれなかったからな……ぶっつけ本番。だがまあ、出来なかったらそれはそれで、仕方ないと割り切ろう」
そう言いながら、俺は魔力を用いて魔法触媒液を操作し、精霊召喚の魔法陣を形作っていく。
感覚としては、前世の時に上司の前でお茶を注ぐ感覚と似ているな。
俺の元上司、無駄に拘りがあって、少しでもミスると給料の天引きを喰らうからさ。
あれで月3万ぐらい給料減ったっけなぁと思いながら、俺は引き続き慎重に手を動かし続け――
「……よし。完成だな」
20分程無言で集中し続ける事によって、あっという間に直径3メートルほどの魔法陣が完成した。
あとはここに良さげな感じで魔力を込めながら、精霊を召喚する様子をイメージするだけ。
まあ、そのだけってのがまた地味に難しい訳だが。
「美しい魔法陣ですね、お兄様」
「そうだね……それじゃ、やるか」
精霊を召喚できれば、それは純粋な戦力上昇となる。
精霊にも下位や上位といったランクがあるのだが、中位以上であれば自我を持っている為、精霊単体で戦う事も可能だ。
そうすれば、フェリスの護衛を務めさせることも、出来そうだな。
まあ、中位以上が出ることなんて、エルフでも珍しいらしいから、頭の片隅に置いておく程度でいいか。
「さてと。俺がやれるとすれば、風ぐらいだろうからな。風の精霊、来てくれよ」
そう言って、俺は地面に片膝を付くと、魔法陣にそっと右手を乗せた。
そして、魔力を込める。
刹那、翡翠色に光り輝く魔法陣。
「むっ……思ったより手応えがあってむずい……」
想定よりも手応えがあり過ぎて、がっしりと固定している筈なのに、手がプルプルする。
それに負けて手を離してしまったら、溶液がもうこれしか無い以上、暫くは出来ない。
だから、絶対に離さんぞ……!
「お兄様。頑張ってください」
すると、俺の手を上から包み込むようにして、フェリスの両手が重ねられた。
そして、耳元でそんな声が囁かれる。
……うん。頑張るしかないな。
我ながら単純だが、実際妹から頑張れと言われたら、頑張りたくなるのが兄というもの。
俺はより一層気合を入れながら、精霊召喚魔法の発動に専念する。
そして――
「……よし。フェリス、念のためちょっと離れるぞ!」
「分かりました!」
魔法発動の臨界点に到達したと判断した俺は、万が一を考慮して一定の距離を取ると、フェリスを守るような立ち位置に立つ。
精霊とは、言わば自然の権化――中には嵐のように、少々荒っぽい奴もいるからな。
「来たか」
やがて、魔法陣の中心に集まる翡翠色の魔力の奔流。
ああ、これは……やはり来るな、精霊。
それも、下位では無い。
ブオオオオォ――
刹那、魔法陣を中心に風が吹き荒れた。
そして、その風が一気に――吹き飛び消える。
やがて、中から姿を現したのは――
「んー……。久々に顕現っと。誰かな? 私を呼んだのは~?」
翡翠色の長い髪と瞳を持ち、同じく翡翠色のノースリーブワンピースを着た、12歳程の少女だった。
だが、その身に宿る膨大な魔力量と存在感が、彼女がただの少女では無く――中位以上の精霊であることを物語っている。
まあ、それはそれで……だ。
「おい。流石にキレてもいいよな、これ」
ドスの効いた声でそう言うと、俺はくいくいと親指である場所を指差す。
するとそこにあったのは、無残にも崩れ落ちた我がマイホーム。
「え、ちょ……それ、私のせい!? 久々に顕現したせいで、はっちゃけたのは私だけど、それでも――」
「分かってる! 周辺の事を考えずにやった俺にも非がある! だから、済むまでちょっと待ってろー!」
おろおろとする精霊に、俺はそう叫ぶと、大急ぎで家の修繕を始めるのであった。
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