第十四話 沈みゆく泥舟

 ”逆恨みしたダブルボンボンナンパ野郎~悪意とゴロツキ20人を添えて~”に絡まれたが、フェリスと共に難なくあしらった俺たちは、無事に今日泊まる宿に入ることが出来た。

 そして、時間も時間という事で、早速1階の食堂の席に腰を下ろす。

 丁度夕食時という事もあってか、食堂はそれなりに混んでおり、とても賑やかだ。

 ある人は楽しく飯を食いながら酒を飲み交わし、ある人は酔い潰れ、ある人は酔い潰れた客の財布を取ろうとして女将にぶっ飛ばされる。

 うん。実に平和だ。


「さてと。何を頼もうか……」


 厨房の上にあるメニュー看板には、串焼きや酒、水など、レパートリーこそ少ないものの、貴族生活では食べる機会の無かった美味しそうな物がずらりと並んでいた。


「一先ず酒かな。で、オークとミノタウロスの串焼きも頼みつつ、おつまみにあたりめ。これでいいか。フェリスは決めたか?」


「私は串焼きと……パン。そして、水にしようかと思います!」


 親父臭い俺の注文に対し、実に真面そうな注文をするフェリス。

 一応この世界は15歳が成人で、それと同様に酒類も15歳から飲める。

 ただ、飲むかどうかはまた別の話。

 俺は程よく飲むが、フェリスは苦手なのか、屋敷で成人した時から飲んでる様子を見た事が一度も無いんだよね。

 そんな事を思いながら、俺は店員を呼ぶと、今選んだものを注文する。

 そして、待つこと数分。


「はい。お待ちどうさん!」


 女将さんが、お盆を片手で持って現れた。

 そして、1つ1つ品をテーブルの上に乗せて行く。


「ゆっくりしていってね!」


 最後は元気よくそう言って、その場を離れて行った。

 何と言うか、嵐みたいな人だ。

 そう思いながら、俺は早速酒の入ったジョッキを手にすると、すっとフェリスの前に掲げた。

 すると、俺の意図を理解してくれたのか、フェリスはこくりと頷くと、水の入ったコップを掲げる。


「「乾杯」」


 そして示し合わせたかのように、全く同じタイミングで、穏やかに乾杯をした。

 それから、俺は酒をゴクリと一口飲む。


「……うん。いい味だ」


 屋敷では、高級感あるワインしか無かったからな。

 こういう大衆的な酒は、飲めなかったんだ。

 ああ……これを飲むと、なんだか急に前世を思い出してきてしまうなぁ。

 はは。余り思い出したくない日々なんだけどね。


「もぐもぐ……んっ」


 すると、もしゃもしゃと串焼きを頬張るフェリスが、まるで甘えるかのように俺の方へそっと寄りかかって来た。

 目を細めるその顔はまさしく、幸せそう……の一言に尽きる。

 流されるがままに、フェリスをここへ連れてきてしまったが……こんな表情を出せるなら、きっと良かったんだろうな。


「……あいつらは、どうなるんだろうなぁ」


 それにしても、あの不正だらけのグロリア伯爵家はこれからどうなるのだろうか。

 酒に舌鼓を打ち、寄りかかって来るフェリスの肩に優しく手を乗せながら、俺はふとそう思うのであった。


 ◇ ◇ ◇


 これは、あくる日の話である。

 サイラスとフェリスが去ってから、そう日が経たない頃。


 バン!


「くっ! どこ行ったんだ!」


 当主代理、ゼノス・フォン・グローリア伯爵子息は、執務室で大きく声を上げた。

 苛立ちのままに机が叩かれ、ペンが床へと転がる。

 そしてそれが、ゼノスをより一層イラつかせた。


「ちっ……フェリス。急に居なくなりやがって……十中八九サイラスが何か関係しているのだろうが、どれだけ探しても一向に見つからん!」


 あの2人が、自身の監視網をすり抜けられるだなんて、まず不可能だ。


「そもそも、初日の動向から追えてないのを見るに、何か根本的な事を見落としてるのか……?」


 むむむと無駄に優秀な頭を回転させ、ゼノスは思考を巡らせる。


「転移魔法……は不可能だ。サイラスに適正はあるが、あいつの魔力量と技量では不可能だし、そもそもあいつは外へ行ったことが無い。……いや、転移の魔道具? ……いや、それこそまさかか。高額故購入できるわけが無いし、購入した痕跡も無い。盗まれた形跡も無いから、これもあり得ない」


 だが、どれだけ考えを巡らせても、やはり答えは出てこなかった。

 当然だ。

 何故ならゼノスは根本的な事を――サイラスの実力を、完全に見誤っているからだ。

 既に世界最高峰の実力者となっているサイラスを、自分以下の愚物と置いている時点で、真相に辿り着く事は不可能。


「ちっ モロン殿にはどう説明すれば……」


 フェリスの婚約者であるモロン伯爵子息の事を思いながら、ゼノスはそう歯噛みする。

 すると、ここでゼノスはある異変に気が付いた。


「ん? 何やら外が騒がしいな……?」


 ここは屋敷の中だ。

 気になるほど騒がしくなることなど、早々無い。

 そう思いながら、ゼノスはちらりと窓の外を見る。

 するとそこには、特殊な軍服を着た3人の人間が居た。騒がしいのは、それを見た己の臣下たちが激しく動揺しているから。


「な、何故王国特務隊がここに……!」


 その様子を目撃したゼノスは、狼狽の声を上げる。

 主に内乱の鎮圧にあたる、ネクサス王国きっての精鋭部隊。

 それが何故、こんな所に居るのだろうか?


「……はっ! まさか――バレた?」


 親子三代に渡って行われてきた、不正悪行の数々。

 それがバレたのではないかと即座に判断したゼノスは、咄嗟にここから逃げ出すべく、隠し通路へと駆け込もうとした。

 だが、それよりも早く――


「王国特務隊だ。至急、王都へ来て貰おう!」


「逃げようとは考えるな。今しがた、隠し通路へと逃げ込もうとしたように……な?」


 バンと勢いよく開け放たれた扉から入って来た2人の隊員を前に。

 ゼノスは一瞬固まる――が。


「黙れ。【氷の槍よ、穿ちぬ――】」


 即座に詠唱し、氷の槍を放とうとする。


「物騒なことすんなよ」


「あがっ!」


 だが、詠唱が終わるよりも早く、片割れが一瞬で距離を詰めてくると、発剄でゼノスの腹を勢いよく押し、昏倒させた。


「捕獲完了。先輩、連れて行きますね」


「頼んだ。あと、任務中は先輩と呼ぶな」


「ああ、すいません」


 こうして、ゼノスは王都へと連れて行かれるのであった。

 また、別の場所でも――


「お、おい! 離せ! 私を誰だと思っている!」


「分かりましたよ、ルイン伯爵。さっさと着いて来てくれない? 国王陛下と宰相閣下が不正疑惑について聞きたいって呼んでるよ?」


「はっ――やめろ、死にたくない! 死にたくない!!!!!」


 そんな声が、聞こえてきたんだとか。

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