第十二話 のんびり食べ歩きをしたい
絡んできたナンパ野郎は、今後も同じような真似を続けるようなら金的を破壊すると脅しだけ入れて、その場に放置しておいた。
どうせ衛兵に突き出しても、これぐらいの揉め事では、大した意味は無さそうだからなな。
その後、羽振りのよさそうな大手の商会に入ると、そこで手持ちの4分の1――金インゴット5キログラムの換金取引を行う。
「では、こちらが6078万セルになります」
「ああ、確認しよう」
客室にて、俺はそう言ってここの商会長から硬貨が入った革袋を受け取ると、中身の確認をした。
白金貨6枚、小金貨7枚、銀貨8枚……合ってるな。
「確認した。では、これにて失礼しよう」
「はい。本日はありがとうございました。またのお越しを、お待ちしておりますよ」
俺の淡白な礼に、老獪という言葉がピッタリと当てはまりそうな商会長の男は、人当たりの良い笑みを浮かべながらそう言った。
取引は、特に向こうから足元を見られることなく、終わらせることが出来た。
こういう資産を多く持つ所では、長期保全という観点から、金の需要は結構高いからな。
しかも、今回は量が量。下手打って他所に行かれるよりは、さっさと定価で取引してしまいたかった……と言った所かな?
まあ、商才の無い俺にとっては、大変助かったな。
そうして商会を出た俺は、《
「さてと。それで、本格的にやることが無くなった訳だが……どうするか?」
思いの他早く取引が終わったせいで、まだ昼食を食べるには少し早い。
何も無いなら、まあ早いけど昼食に……と思っていたら、フェリスが口籠りつつも、言葉を紡ぐ。
「あの……お兄様と一緒に、この街を見て回りたい……です」
「ああ、別にいいぞ」
口籠るから、何を言う気なんだと内心ドキドキしていたが、拍子抜けだ。
別にそれぐらいだったら、いつでもやるのに。
すると、フェリスの顔が目に見えて喜びに満ちる。
「ありがとうございますっ! お兄様!」
そして、そのままの流れで俺の右腕にぎゅっと抱き着いた。挙句、頬を摺り寄せる。
おいおーい。人目をもう少し考えてくれ。
大勢の人が行き交う大通り――羞恥心で、軽く死ねる。
中には、「ブチコロシテヤル。コノヤロウ」って感じの視線も飛んできており、それが中々痛い。
「【意識を逸らせ】」
そこで、俺は即座に超短縮詠唱で《
ふぅ。これで安心だ。
「……さてと。それで、どこ行くかい?」
「はい。まずは、目的は特に考えず、のんびり歩きましょう。何か美味しそうな物があったら買って、食べ歩きなんてのも、してみたいです。お兄様!」
俺の問いに、フェリスはそう言ってパッと花開くような笑みを浮かべる。
ああ、そうだな。
今までの癖で、つい”何をするか”を考えてしまったが……それを常に考える必要は無いな。
もともと、そういう自由でのんびりとした事を求めて、俺はここに来たんじゃないか。
「そうだな。のんびり行こう」
「はい。お兄様!」
そうして、俺はフェリスと共に、マコダギアの街をのんびりと歩き始めた。
すると、早速フェリスがある場所を指差す。
「お兄様! あれを食べてみたいです!」
そう言って、フェリスが指差す先にあったのは、パン屋だった。
「いいんじゃないか?」
フェリスの言葉に、俺は即座にそう答えると、そのパン屋に視線を集中させた。
なるほど。ごくごく普通のパン屋ではあるが、丁度今、菓子パンが焼けたみたいだ。
甘い匂いが漂って来る。
「ああ。それじゃ、買ってく……あれ?」
買って来ようと、財布に手を伸ばそうとしたが、ここで俺はついさっきまで横に居たフェリスの姿が無い事に気付く。
「なっ どこに――」
「お兄様。買ってきました!」
どこに行ったと、周囲を見回そうとした――次の瞬間、紙袋を胸の前で抱えながら笑みを転がすフェリスが、突然俺の前に姿を現した。
「おお。もう買って来たのか。金は――」
「いえ。これぐらい、私に払わせてください。お兄様」
驚きつつも、気配が無いのはいつもの事かと受け入れると、俺はそう言ってフェリスに金を渡そうとした――が、首を振って断られてしまった。
「はい。お兄様」
そして、紙袋から包み紙に包まれた菓子パンを1つ出すと、俺に差し出してくれる。
「ああ、ありがとう。歩きながら食べるか」
俺は礼を言って受け取ると、包み紙を開いた。
そして、歩きながら食べ始める。
「……砂糖を入れたパンって感じか。砂糖の量が程よくて、悪く無いな」
「ですね~お兄様!……もぐもぐ」
菓子パンは、期待していたよりもずっと美味かった。
いいね。機会があったら、また食べたいかも。
そう思いながら、俺はフェリスと共に、街を練り歩くのであった。
◇ ◇ ◇
「ちっ……おい! 獣人のガキが逃げたぞ! 追え!」
「久々の獣人。しかもガキ。逃がしたらいくら損すると思ってる!」
「猫は、マジでとっ捕まえるのだりぃからな!」
背後から聞こえて来る怒号の嵐と、幾人もの足音。
それを背で受けながら、2つの猫耳を持つ小さな少女は、ボロボロになりながら必死に逃げる。
「はぁ、はぁ、はぁ……おかあ、さん……!」
そんな言葉を、涙と共に路地裏へ零しながら。
少女は必死に、必死に――逃げ続けるのであった。
隠れ里のある、マギア大森林を目指して――
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