第九話 屋敷を出よう。フェリスと共に

 屋敷から出る事を正式に決めてからの2日間は、長いようで短かった。

 そうして、屋敷を出るとゼノスに宣言した日の朝、俺は1人で朝食を食べると、最後の身支度を始める。


「……うん。こんな感じかな」


 普段の貴族服とは全く違う、魔物の革で作られた動きやすさ重視の軽い蒼色装備を身に纏い、腰にはゼノスから選別として貰ったミスリルの剣。足腰のホルダーには、ポーションや投擲用のナイフが入っている。


「……それにしても、大して強くない俺が1人で行くってんのに、ミスリルの剣を渡すとか……あいつ、どれだけ俺を殺したいん?」


 そう言って、俺は剣に柄に手を掛けた。

 一見すれば、ゼノスは弟に高価なミスリルの剣をあげる、優しい人に見えるだろう。

 だが、考えてみろ。

 まず、ミスリルの剣は高価だ。めちゃくちゃ高価だ。

 そして、それを持っている人は、何故か新米平凡冒険者。

 ……ぜっっっったい、殺してでも奪ってやろうって思う人間が現れるって。

 で、その事にゼノスが気付かない訳が無いから……まあ、やってんねぇ……


「ま、俺からしてみればありがとさんって感じだけど」


 そう言って、俺はニヤリと笑う。

 すると、自室のドアが控えめにトントンと叩かれた。

 この叩き方は……フェリスだな。


「いいよ、入って来て」


「失礼します、お兄様」


 入室を許可すると、直ぐにドアが開かれ、1人の美しい少女――フェリスが入って来た。

 フェリスは絹の様にさらりとした長い銀髪をたなびかせながら、俺の下まで歩みよると、口を開く。


「お兄様。もう、行かれるのですか?」


「ああ。もう少ししたら行くつもりだ。なに、半年以内には戻って来る」


 フェリスの言葉に、俺はズキリと心を痛めつつも、そんな嘘を吐いた。

 まあ、流石に一生ここへ戻っては来ないだなんて、言えないからな。

 すると、フェリスは「そうですか……」と言って俯くと、意を決したかのように顔を上げ、告白した。


「でしたら、私も連れて行ってください。お兄様……ここへ戻って来るつもりは、無いのでしょう?」


「な……!?」


 フェリスの言葉に、俺は思わず目を見開いた。

 まさか、誰にも知られていないと思っていた秘め事が、フェリスにバレていたとは……完全に想定外だ。

 鎌を掛けている訳でも無さそうだし……これはもう、誤魔化せないな。


「……ああ、そうだ。俺はもう、ここで戻って来るつもりは無い。俺はこれからマギア大森林へと行き、そこでのんびりと世捨て人みたいな生活を送るつもりだ」


 だから、ついて来ない方がいい――そう言おうとしたが、何故かそれは言葉に出来なかった。

 そして、その理由を考える間も無く、フェリスが口を開く。


「それでも、着いていきます。お兄様。私はずっと、お兄様の傍に居たいのです」


「……そうか」


 面と向かってそのような事を言われるのは、少し恥ずかしいな……

 いや、それよりもこれどうするか。

 でも……正直、着いていきたいと言われて……俺は嬉しいと思った。

 そしてフェリスも、心からそれを望んでいるようだ。

 なら……断らなくてもいいのではないか?

 転移魔法があるから、森から出たいと言われれば、いつでも出せるし。


「……分かった。ただ、服装とかはちゃんとしときな。流石にその服装じゃ無理だから」


「ふふっ……勿論ですよ、お兄様。では、後ほど正面入り口でお会いしましょう」


 俺の言葉に、フェリスはそう言って笑うと、嬉しそうな足取りで部屋を後にするのであった。

 一方、部屋に1人残った俺は、フェリスが居なくなったことを確認すると、小さく息を吐く。


「まあ、1人よりも2人の方が、楽しいだろうな」


 そして、思わずそう言って口角を上げるのであった。

 その後、フェリスの事を考えて少し長めに準備時間を取った俺は、そろそろいいかなと思い自室を後にすると、屋敷のエントランスへと向かって歩き出した。

 道中、使用人が「死ぬんじゃないの?」や「半年後に帰って来るか、賭けません?」と、俺を見るなりひそひそと言っていたが……まあ、特段気にはならなかったな。


「じゃ、行こうか」


 兄にわざわざ報告する必要は無い。ここまで来たら、さっさと出てってやろうと、俺は誰にも見送られる事無く扉を開け、屋敷の外に出た。

 そして、左右の庭を見回しながら、正面入り口へと向かう――すると。


「お兄様っ!」


「おおっと」


 背後から一瞬気配を感じたかと思えば、次の瞬間、フェリスに後ろから抱き着かれていた。

 毎度の如く押し付けられる胸が……っと。違う違う。考えるな考えるな。


「ああ、フェリス……っと。中々いい恰好だな」


 抱き着きから解放された所で、くるりと後ろを振り返って見てみれば、そこには黒を基調とした軽めの革装備で身を包んだフェリスの姿があった。

 冒険者っぽいが、ちょっと暗殺者に見えなくも無い。そんな感じの装備。

 確かにフェリスって気配隠すの上手いし、そう言う意味では暗殺者ってのは、割と解釈一致かも。

 まーフェリスが暗殺者な訳が無いがな。


「はい。お兄様にそう言っていただけると、何年もかけて選んだかいがあります」


 俺の言葉に、フェリスは嬉しそうに頬を綻ばせた。

 可愛い。

 それにしても今、「何年もかけて」と言ったような気がしたが……いや、流石に気のせいか。


「ふぅ。それで、門番はどうする? 俺は一応出たって証拠を残しておきたいから」


「はい。私は、こっそりと出ようかと思います。お兄様は既にご存じかと思いますが、私は気配を隠すのが、生まれつき得意なんです」


 そう言った途端、フェリスの気配が一気に希薄化する。


「おお、スゲーな」


 目の前に居る――視認も出来ている。

 ただ、目を離してしまったら、再び見つけるのは困難……そんな感じだ。


「じゃあ、行くか」


 そう言って、俺は前方へと視線を戻すと、正面入り口へと向かった。

 そこには当然警備の門番が居たが、ゼノスが話を通してくれていた事もあってか、これと言った事も無く、すんなりと屋敷の敷地外へ出られる。


「これで自由……だな」


 遂に屋敷を出た俺は、そう言って天を仰ぐと、一先ず屋敷から離れるべく、足早に歩き始めるのであった。

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