第八話 フェリスの暗躍劇

 フェリス視点


 サイラス――お兄様の事は、家族あいつらから色々と吹き込まれたせいもあってか、ずっと下に見ていました。取るに足らない、何をしても平凡な、貴族としての器は全く無い人だと……

 ですが、実際は違いました。

 お兄様は――ずっと凄い人でした。

 それに気づいたのは、私が7歳を向かえたばかりの頃――


「……ふぅ」


 皆が寝静まった頃、私はトイレに……花を摘みに、行きました。

 本来であれば、付き添いの使用人を付けるのですが……なんだかそれだと落ち着かないので、もうずっと1人で行っています。


「……?」


 すると、前方に人影が見えました。

 それがお兄様であるとは、背丈から直ぐに分かった私は、訝しみつつも気配を消し、後を追う事にしました。

 私は天性の才で、気配を消す事と、察知する事に長けています。

 故に、ちゃんと気を付ければ、お兄様の尾行ぐらい、簡単にこなせました。

 そうして、やがて辿り着いたのは――日中でも人があまり寄り付かない、裏庭でした。


「ふぅ、やるか」


 お兄様はそう言って、木剣を構える。

 そして、普段とは比べ物にならない程、様になった動きで、木剣を振り始めたのです。


「はっ! はっ! はっ!」


 舞うように美しく剣を振るい続けるお兄様に、私は気づけば魅入っていました。


「……どうして、こんな事を……?」


 ですが、こうなって来ると解せません。

 何故お兄様は、それを見せないのでしょうか?

 見せれば、皆見直してくれると言うのに……


「……駄目だ。全然だ。この程度では、ここから出ても、野垂れ死ぬだけ。この泥船からさっさと出て、スローライフをするんだ」


 それ程の剣技をしても尚、お兄様は満足するどころか、執念が垣間見える顔をしながら、自らを悔いるばかり。

 ですが、今の言葉でようやくストンと腑に落ちました。

 どうやらお兄様は……遥か下に居る私たちの事なんて、眼中にすら無かったのだと。

 今思えば、お兄様が私たちに向ける瞳は……無感動でした。

 遥か下に立つ私たちに見直されようなどと、端から思ってはいなかった。

 むしろ、下に見られることで、簡単にここから出られるようにしていた。


「……そう、なんだ」


 その事実を知り、私は嫉妬した。

 ですが――それよりもずっとずっと、尊敬してしまった。

 お兄様の姿に、憧れた。

 私も、お兄様みたいになってみたい。


「……よし。私も今日から、お兄様みたいに頑張ろう」


 幸い、私には極められるもの――気配の隠蔽、察知という天性の才がある。

 今までは、これを実感して自分は特別だと思い、その才能に胡坐を掻いていましたが――今日からは、絶対にしません。

 お兄様みたいに、高みを目指します。

 その日、私は人生で初めて、心の底から決心をしました。


 ◇ ◇ ◇


「……あれから、もう10年……いえ、9年ですか。とうとう、お兄様が行動なさる時が来ました」


 屋敷の地下で、私はそう言ってグローリア伯爵家の不正証拠書類をパラパラと捲る。

 これが然るべきところへ渡れば、もうここはお終い。お兄様の事を考える暇すら、やって来なくなるでしょう。


「あとは、執務室にある人身売買の取引締結書を入手すれば、見事にとどめが指せますね」


 そう言って、私は悪い笑みを浮かべる。

 あの日から、私はひたすらに努力を重ねました。

 お兄様を陰から助けられるような人になる為に、私は”暗殺者”を理想像に掲げています。

 暗殺者……聞こえは悪いですが、私にとっては天職のようなものですし、聞こえが悪いから……だなんてくだらない理由で目指すのを止めるなど、笑止千万。ありえません。

 様々な本を読んで、暗殺者としての知識を蓄え、気配の消し方や察知の仕方を理論的にも習得。更に、魔法を用いてそれらをより強化。

 また、当然武術も鍛えました。私の場合は、相性の良い暗殺術ですね。

 こうして鍛え続けること9年、私はここまで成長する事が出来ました。

 無論、満足はしていませんが……成長できたという実感を覚える度に、自然と笑みが零れてきます。


「ありがとうございます……お兄様」


 私に正しい道を、示してくれて――


「……着いてしまいましたか」


 そんな事を思いながら歩いていたら、あっという間に執務室についてしまいました。

 では、行きましょう。

 私は、慣れた手つきで気配を探ると、中に居るゼノスが扉から完全に意識を逸らしたタイミングで、すっと扉を開け、中へと侵入。その後、執務机に着くゼノスの背後へ素早く回ると、睡眠薬を嗅がせて眠らせました。


「……これが、慢心した天才の末路。こうならなくて、本当に良かったです」


 私は天才でありながら、慢心故にこれから堕ちようとしているゼノスを見て、思わずそのような言葉を口にしつつも、執務机の引き出しから目的の書類を回収しました。

 もう、これでここに用はありません。

 早く退散するとしましょう。


「では」


 そう言って、私は普通に扉から外へと出ると、書類を全て1つの封筒に纏めました。


「よし。後はこれを、然るべき場所へ……国へ提出すれば、終わりです。……ふふ、これから死よりも辛いことが、沢山待ってますよ?」


 ネクサス王国にとって、不利益となる物が掛かれている以上、直ぐに動く筈です。

 そんな事を思いながら、私は王国監査官を騙り、この書類を王都へ輸送するのでした。

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