第六話 裏金は盗ってもいいと思う

「さてと。行けると決まれば、早速準備だな」


 執務室を出た俺は、そう言うと早速出立の為の準備を始める事にした。


「で、まず必要なのは……金だな」


 身も蓋も無いが、結局それが一番大事。

 長閑な森でスローライフをするってなら、別に金は要らないんじゃないのとか思っているそこのお前! 実に甘い!

 砂糖をコーラで煮詰めたよりも甘い!

 と、脳内で唐突に思いついたネタを言いつつ、真面目に説明すると、金を用意する理由は”途中で欲しくなったものを直ぐに買う為”……だ。

 当然、思いつく限りの物は用意するし、荷物は全て《空間収納インベントリ》という収納魔法の中に入れる為、容量を考える必要は無い。

 ただ、それでもいざスローライフをしてみたら、「あ、これが必要だった……!」というのが、必ずと言っていいほど出て来る。その時に、一々稼いでいたらキリがない。


「道具を作るというのも手だけど、それは慣れてからだ。一応、練習はしたんだけどね……」


 いずれは全てお手製の道具でやってみたいと思ってはいるが、最初のうちは普通に買ったやつの方がいい。

 最初から全部自分でやるのは、意外とキツいだろうからね。

 俺は常に夢を見ているが、同時に現実もしっかりと見ているのだ。


「じゃ……やるか。【魔力を飛ばせ、探知せよ――《反響定位エコーロケーション》】」


 ここで、俺はニヤリと悪い笑みを浮かべると、微細な魔力を飛ばす事で周囲を単一る魔法――《反響定位エコーロケーション》を使い、周辺を一気に探知した。

 そして、誰も自分を見ていない事を確認すると、本命の魔法を唱える。


「【座標を繋げ――《空間転移ワープ》】」


 そうして行使したのは、離れた場所へパッと移動できる超便利な魔法――《空間転移ワープ》。

 直後、俺は屋敷の廊下から、真っ暗なとある部屋に転移するのであった。


「さて、どこかな……【光れ――《光球ライト》】」


 転移した俺は、小さな光る球を生成する魔法――《光球ライト》を使って明るさを確保すると、周囲をぐるりと見渡す。

 するとそこには、金銀ミスリルにアダマンタイトと、様々な金属がインゴットとなって、無駄に綺麗に山積みにされていたのだ。そして奥には、金品が入っているのであろうトレント材製の木箱が置かれているのが見える。


「おー少し見ない間に、また随分と貯めたなぁ……」


 それらを見て、俺は呆れの混ざった感心を露わにしながら、そう言った。

 ここは屋敷の地下にある、執務室とも繋がっている隠し部屋だ。

 そして、ここには見ての通り金になる物が色々あるが……これ、全部グローリア伯爵家の当主である父のルインが集めた裏金なんだぜ?

 硬貨じゃ無くてインゴットで保管されているのは、そっちの方が色々と誤魔化しが効くからだと思う。


「さてと。どうせ多少盗っても、暫くはバレんし、適当に持ってくか」


 そう言うと、俺はインゴットを片っ端から引っ張り出していく。そしてある程度盗ったら、上手い事インゴットの山を弄って、盗った事がぱっと見では分からないようにしてやった。

 気持ちとしては、全部盗ってやりたいのだが……流石に全部盗ったら直ぐにバレ、時期的に俺が怪しいってなり、面倒な事になりそうだからな。

 過度に欲は、掻いちゃいけない。

 そうして盗る分だけインゴットを引っ張り出した俺は、回収する分のインゴットを床に置いたままにすると、次に奥の金品類が入った木箱に目をやる。


「さーて。お、ミスリルの剣か。貰っとこ。予備も勿論……な」


 そこから、俺は有用そうなミスリルの剣を数本――そして、長杖ロッド型と指輪型の魔法発動媒体といった、戦闘で使えそうなものを一通り回収する。

 俺がスローライフ予定地として選んだ場所は、人があまり来ない場所という事もあってか、それなりに強い魔物が生息している場所だ。半端な装備じゃ、無意味なんだよ。

 こうして、ここで回収するべきものを全て回収した俺は、隠蔽工作も抜かりなく行うと、床に並べられた戦利品に手をかざした。

 そして、魔法を唱える。


「【亜空を開け――《空間収納インベントリ》】」


 直後、地面に無色の魔法陣が出現した。やがて、それが淡く光り輝いたかと思えば次の瞬間、戦利品が忽然と姿を消した。

 これが、亜空間と呼ばれるその人独自の空間を作り、その中に物を収納する魔法――《空間収納インベントリ》だ。

 容量はその人の力量によって異なるが、俺の場合は最低でも琵琶湖の水を全部入れられる程度には広い。まだまだ未知数だが、これなら収納容量に困ることは無いだろう。


「じゃ、さっさとおさらばするか。【座標を繋げ――《空間転移ワープ》】」


 そう言って、俺は再び転移魔法を唱えると、ここから忽然と姿を消すのであった。


 ◇ ◇ ◇


「ふぅ。都合がいいな、サイラス」


 サイラスが去った後の執務室で。

 当主代理を務めるゼノスは、そう言って小さく息を吐いた。

 ゼノスにとって、サイラスは不出来な弟だった。何をやっても平凡で、下に見られていることすら気づかないぐらい、機敏に疎い。

 そんな評価だ。


「サイラスを担ぎ上げ、私を次期当主の座から引きずり落とそうと企む輩が出てくる可能性が、完全に潰えるのは行幸だ。お陰で、私の次期当主としての地位は、盤石なものとなる。サイラスの――死によってな」


 大した鍛錬をしていないサイラスが――冒険者家業を舐めているサイラスが――半年も生き残れる訳が無い。

 優秀だからこそ、ゼノスにはそれが手に取るように分かるのだ。


「もし生き残りそうであれば、ならず者に殺されるよう誘導するとして……父上には、帰ってきたら報告するとしよう」


 そう言って、ゼノスは引き続き執務を行うのであった。

 ……そんなゼノスを見る、1人の少女が居ると知らずに――


「……お兄様。とうとう家を出るのですね」


 そう。そこに居たのは、妹のフェリスだった。

 音と気配を消すフェリスは、ゼノスの直ぐ後ろにある窓からゼノスの事をチラリと見やると、そんな言葉を漏らす。


「私は、お兄様についていきます。ずっと一緒です」


 だから――


「それを邪魔しかねないこの家には……ここで消えてもらいます」


 そう言って、フェリスはそこから音も無く姿を消すのであった。

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