第五話 家から出る為に

 太陽が、ゆっくりと傾き始めた頃。


「……そろそろ頃合いかな?」


 16歳になった俺は、通い過ぎて兄に「ここがお前の住処か」とまで言われてしまった裏庭で、いつものようにベンチに座っていた。

 頃合い……とは当然、家を出てスローライフを始めるか否かという意味だ。


「何だかんだ、結構強くなったからなぁ……俺」


 最初は、基本的な魔物や盗賊から確実に身を守れる程度に強ければ問題ないだろうと思っていた。

 ただ……後悔したくないと言う思いから、どんどんと極めていき、気づけば世界でもトップクラスの実力を持つようになってしまったのだ。

 まあ、剣術はそれなりに凄いといった程度で、俺の強さの8割は魔法が占めているのだが。


「もし、俺に剣術のみならず運動のセンスがあったのなら、前世で学校に通っていた時に、足の速さが下から数えた方が早いだなんて事にはならなかった筈だ」


 俺はそう、自分自身に向かって正論をぶちまかすと、よっこらせと立ち上がった。

 そして、真面目にどうするか考える。


「今、父は王都へ会議に行っており、兄が当主代理を務めている。兄は俺の事を特に何とも思ってないが、次男である以上、次期当主としての自分の地位を脅かしかねない相手だとは見ている筈……」


 そうなると、今兄に上手い事ここから出る事情を言えば、出させてもらえる可能性は十分にあるな。

 問題は、そこで使う建前だが……


「……やはり、冒険者となって見聞を広めてきたい……とでも言って置くのが、一番かな? そうすれば、怪しまれること無く、森でスローライフをする為に使う物資を持って行けるし」


 冒険者……それは、ここネクサス王国だけに留まらず、世界中で広く知られている職業の事で、主な仕事は依頼を受け、その依頼をこなすという何でも屋みたいなものだ。

 そして、その依頼で最も多いのは、魔物の討伐や護衛といった武力が必要な物。そして、命の危険が多少なりともあるものとなっている。

 命の危険がある職業だし、最初の内は結構稼ぎが渋いが、その分強ければ一攫千金も夢では無いという事で、その職を選ぶ者は結構多い。

 なるだけなら簡単になれるってのも、なろうとする人の多さに拍車をかけている。


「まあ、俺から言わせてもらうと、入るのが簡単な会社ほど、ブラックな事が多いぞ」


 そんな、まるで実体験を語るかのような口調でそう言うと。

 俺は、兄の下へと向かって歩き始めた。


「お兄様っ! どこへ行かれるのですか?」


 すると、突然背後から弾むような声と同時に、ぎゅっと誰かに抱き締められた。

 誰かは、見なくとも分かる。


「ああ、フェリス。ちょっと、ゼノス兄上と大事な話をしようかと思ってね」


 回された手を優しく撫でながら、俺はフェリスの問いに答えた。

 すると、フェリスはより一層抱きしめる力を強めた。そして、右側から顔を覗かせ、俺の顔を見ながら口を開く。


「分かりました、お兄様」


 フェリスはそう言って微笑むと、音も無くどこかへと言ってしまうのであった。


「……心臓に悪いよ。2つの意味で」


 フェリスが完全に去った事を確認した俺は、そう言って小さく息を吐いた。

 1つ目の意味は、突然背後に現れた事。

 そして2つ目は……俺に背後から抱き着いた事。

 1つ目も中々だが、2つ目がマジで心臓に悪い。

 だって……


「別に、妹に欲情はしない……つーより、したら色々とアウトだからあり得んが、それでもフェリス、普通に可愛いからなぁ……。あと、胸。背中に胸を押し付けるのが、マジでヤバい……」


 スタイルの良いフェリスは、当然胸も巨乳とまではいかないが、それなりに大きい。

 で、そんなのを背中に押し付けられたら……まあ、色々と理性がヤバいと。


「……っと。こんな事考えてる場合じゃねぇ。さっさと行かないと」


 そう言って、俺は仕切り直すと、兄が居る執務室へと向かうのであった。


「……ふぅ。入ろう」


 やがて、執務室へと辿り着いた俺は小さく息を吐くと、コンコンと扉を叩き、名前を言う。


「ゼノス兄上。サイラスです」


「サイラスか……入れ」


 すると、中から意外だなとでも言いたげな声音で、そんな事を言われた。


「失礼します」


 入室許可を貰った俺は、普通に扉を開けると、中に入る。


「サイラス……ここにお前が来るとは、どういう風の吹き回しだ?」


 絵画が飾られ、本が並ぶ、物静かな雰囲気を漂わせた執務室。

 その奥にある執務机につく兄のゼノスは、執務の手を止めると、そんな問いを投げかけて来た。


「はい。私も16歳となり、そろそろ将来を考えなければならない時期です。そこで、半年ほど冒険者として活動し、見聞を広めようと思い、領主代理であるゼノス兄上に、許可を貰いに来た次第でございます」


 そんなゼノスに対し、俺は予め考えていた言葉を口にした。

 貴族関係についての知識は、マジで平凡な俺ではあるが……ゼノスは断らない。

 そう思いつつも、内心ドキドキしていたら、少しの間黙り込んでいたゼノスが口を開いた。


「分かった。いい心意気だ。当然許可しよう。ただし、知っての通りそれは見聞を広める為……故に貴族という地位を傘に行動してはならない。よって、その間はグローリアの名を名乗ることを禁ずる……いいな?」


「勿論です」


 ゼノスの言葉に、俺は百も承知とばかりに頷いた。

 よしよし。想定通りだな。


「供は、こちらがつけよう。勿論、腕の立つ者をな」


「いえ、それには及びません。危険な真似はしませんので、私1人で十分です。それで、出立は明後日の朝にしようかと思います」


 供を付けられるのは、流石に面倒だからな。

 流石に断らせてもらおう。どうせその供は監視で、万が一俺が死にかけても、見殺しにしろと命じられる筈だろうし。


「そうか……分かった。くれぐれも、気を付けるようにな」


「はい。まあ、私が死ぬことなんて無いとは思いますが、半年以上経っても一切音沙汰が無ければ、死んだとでも思ってください。まあ、ありえませんけどね」


「ああ、そうだな。お前の努力はよく知っている。あれほど努力したお前が死ぬだなんて、まずあり得ない」


 そんな事を宣いやがるゼノスに、俺は内心「嘘つけ。お前」とでも思いつつ、扉の所まで行くと、「失礼します」と言って、足早に部屋を出るのであった。

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