黄金町商店街迷走中?! 前編

 ニャオンの進出ですったもんだの大騒ぎになっているのは桑形百貨店だけではない。

 桑形百貨店は黄金町(こがねちょう)と呼ばれている場所にある。

 ここは兜蒸が城下町として発展していた頃から商人町で、古くから栄えている。

 そのため、桑形百貨店以外にも創業が明治維新以前の店も少なくない。


 戦後になると黄金町も新たな脅威に晒せれることになる。

 1km程度離れた所に位置する兜蒸駅に商店が増え始め、兜蒸初のスーパーマーケットである『ホペイオ』も駅近くに店を構え、県内全域から人を集めた。

 更に駅前に再開発ビルを建てて東京資本の百貨店を誘致する計画まであった。


 黄金町も指を咥えてこの事態を見守る訳ではなかった。

 商店街組合の発足、当時日本で1番のスーパーだった「ダイケー」が入居したバスセンタービルの誘致、アーケードの建設などを行なった。

 これらの施策は駅前との共存共栄をもたらし、兜蒸市の商業は大いに発展した。


 しかし、黄金町と駅前による商業的な覇権は長くは続かなかった。

 1980年代後半には市街地を避けるように兜蒸バイパスが開通したため、多くのロードサイド店が出来、その上隣町にニャオンが出店した。

 2005年には追い打ちをかけるように、ダイケーが経営再建を理由にバスセンタービルから撤退。

 黄金町も駅前も次第に人通りと店が減少していくことになった。

 


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 車通勤者から意見を聞いた日から2日後、高嶋は商店街連合の集まりに出席した。


「桑形さん、困った事態になりましたね」


「そうですなぁ」


「ここは市役所に行って、ニャオンの出店を辞めるように働きかけるべき!」


「時計屋さんの仰ることも分かりますが、それは時代にそぐわないですぞ。駅前に大型店が出来るって話になった時、我々は反対運動しましたか?

 兜蒸バイパスが完成した時はむしろ祝賀広告まで出してたじゃないですか」


「うーむ。それはそれ、これはこれじゃないか? ここと駅前はそんなに離れてないから、上手くやれるだろうしバイパスが開通した時はもっとお客さんが来ると思ってたんだ。

 しかし、今回は訳が違う。ニャオンは我々を殺しにかかっている。市の商業機能がニャオンだけになるのは絶対に悪影響を及ぼす。市の人間も理解しているだろうが、我々もニャオン進出反対の署名を行うべきだ」


「いや…… それはウチとしては賛同できかねます」


 自信なさげに口を開いたのは和菓子屋だった。


「ウチはニャオンさんともお取引があるので、進出反対を黄金町商店街の総意として市役所に提出するなら脱退します。

 商店街でやるよりニャオンさんに出してる店の方が儲かりますし、全県の店舗の銘品コーナーに置かせてもらってるんで、下手な事をして取引打ち切りになったら溜まったもんじゃない」


「しかし、ニャオンはあっさりと地元を捨てる。和菓子屋さんだって、いつニャオンに捨てられるか分からない。

 生協だとか郊外に路面店を設けたりしているみたいだが、商店街に育ててもらった店が商店街を疎かにすると未来はない。

 いくら創業200年の老舗だからと言っても、それを忘れてはいけない」


 時計屋の演説をよそに和菓子屋は茶を飲んでいた。

 商売が圧倒的にうまく行っているのは和菓子屋なのだから、商店街に拘る場末の時計屋の意見なんか聞くに値しないのだろう。


「和菓子屋さんの戦略は何も間違ったものではないですよ。

 うちの店だって、ニャオンから出店してくれないか〜?って来てますから」


「そりゃ、あんたのところがフランチャイズ店だから。ナスバーガーのフランチャイジーなら出店して下さいって言ってくるに決まってるでしょう」


 フランチャイズというのは端的に説明すると、商標やノウハウを本社から借りて店を出し、その店、いわばフランチャイジーが得た利益の一部を加盟料という形で本部は収益を得る。

 

 このフランチャイズビジネスはコンビニやファーストフード店などで見られる手法で、が住んでいる町にも沢山あることだろう。


「そういう穿った見方してると、本当に郊外に負けますよ〜」


 高嶋はいつになったら終わることやらと思いながら腕時計を眺める。

 伝統的に商店街組合の組長は桑形の社長がやることになっているのだが、

 時計屋の頑固な性格は知っていたが、頭を震わせながらニャオンに反対するとは思っていなかった。

 禿げ散らかした白髪がぱやぱやと動いているのは少し面白い。


「いや、時計屋さんが言ってることは間違いではない。我々には老舗という意地がある。それなのに、最近の者ときたら──」


「いいですかな。このままだと、ただの糾弾合戦ですよ」


「けっ、桑形さんのせいで演説が中断されたわい」


「お茶屋さんの演説なら後で伺いますから。建設的な議論をしない事にはどうしようもない」


 乾物屋は正論パンチを喰らい不服そうに高嶋を見つめる。


「今日主に話し合うことは、もちろんニャオンさんに関することが主となるでしょう。

 我々商店街がニャオンさんと上手く付き合っていくのは現状のままでは不可能。

 なので、ニャオンさんとは違ったモノを提供して積極的に差別化する必要があります。

 桑形としても今後大規模な改装と構造改革を行う予定です」


「ウチはずっとこのやり方を続けていた。今更、ニャオンに対抗するために金を使うのはアホらしい。

 市役所に行ってニャオン進出反対の署名を提出すればあいつらも店を出せまい」


 鼻を膨らませてお茶屋は主張した。

 お茶屋に同調している人が比較的多く、この意見に顔をしかめている人は少数。

 未だ代替わりしていない店の店主の大半は隣町にニャオンが出店したから、ダイケーが閉店し、黄金町が廃れたと考えている。

 そう物事は単純化できないのだが、人間(特に老人は数年なんて誤差の範囲内なので因果もおかしくなる)はどうも単純に考えたがるので仕方がない。


 しかし、高嶋はそのように単純化して解釈してしまうと、本来のお客のニーズに応えるのは難しいし、ニーズに応えられない店は次第に客足が遠のき、商売が続けられなくなるのは明白だと考えている。


 黄金町で商売を続けられなくなった店々は客のニーズに応えられないぐらい狭く、商品に関する知識も特別ある訳でもなく、接客が特別優れている訳でもなかった。

 むしろ、見慣れない顔であれば値段を釣り上げるなんて事をしていた。


「ニャオンさんを快くないと思ってらっしゃるの皆さんに1つ聞いてみたいのですが、仮に黄金町に出店すると言ったらどうしますか?」


 高嶋のこの発言は商店街の人々を騒がせた。

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