4「森を抜けるためには」

「どっどうしましょうっ!?み、水も食料もありませんっ!」

「うるさいぞ、人間。騒いだところで現状は変わらない。痴態を晒すな。不快だ」

「君が水を飲み干すからだろ……」

「お主も飲んでいたであろう。妾が飲んだ時には既にほとんど無かったぞ」


 さて、どうしようか。

 この森がどれくらい広いのか分からない。どれくらい歩けば、森を抜けられるのだろうか。街があるわけなので永遠に森が続いているなんてことはないのだろうけど。


「そっそうですね……一旦落ち着きましょう。私、アルマって言います。お二人は冒険者、なんですよね……?」

「冒険者では、ないかな。いろいろと訳ありで」

「もしかして賊の人……」

「いやっ違う。それは違うから。大丈夫だから」

「ですよね。賊の人だったら、私なんてもう攫われてますよね」


 アルマが素直で良かった。

 自らの素性を明かすにしても、何て言えばいいものか。目を覚ましたら森の中にいて、どうして森の中で目を覚ましたのかを知らない。それに、この世界はセイカたちのいた世界じゃない。


「おれはセイカって言います。あれは……魔王です」


 セイカも名前を知らない。だから、そう紹介するしかない。


「ま、まおう……?マオウ……?」

「名前などどうでもよい。お主、地図は持ってないのか」


 高圧的な魔王にアルマが怯える。魔王の容姿も普通ではないのだろう。恐ろしさと物珍しさの混じった目でアルマは魔王を見る。


「地図は……逃げる時に落としちゃって」

「街のある方角は」

「カナン公国のギルドから派遣されて来たばかりで……」

「本当にお主は使えない奴だ」


 焚火を挟んで向かいに座る魔王が容赦のない言葉をアルマに浴びせる。セイカの隣で腰を落ち着けたばかりのアルマが、また泣きそうな顔を浮かべてしまう。涙もろいと言うか、感情の起伏が激しい女性だ。


「魔王の言うことは気にしなくて大丈夫だから。悪気はないけど、ひねくれた奴なんだ。何だったら無視してもらっても大丈夫だから」

「殺されても構わないなら無視すればいい」

「せ、セイカさん……マオウさん、本気っぽいですけど……気にしなくて、大丈夫なんですか……」

「その時はおれが守るから」


 他意はなかったのだが、その一言にアルマが頬を赤く染めた。


「まっ守るって……そ、その私、経験がなくて……」

「あの、えっと……口説いたわけじゃないよ……?」

「でっですよね!そうですよねっ!分かってましたよっ!?分かってましたとも!」


 そんな空笑いされるとこっちまで居たたまれない。今度は恥ずかしさで顔を赤く染めるアルマに、セイカは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。魔王は呆れてものが言えないといった具合だが、アルマを罵ることはしなかったので幸いか。


 アルマからは水をもらった。喉が渇きすぎて、正常に頭が回らなくなっていたので大変助かった。地図も無ければ、街の方角も分からないアルマのことを、魔王は「使えない」と一蹴していたけど、セイカと魔王が言えるような立場じゃない。それに、アルマと出会って、セイカには一つの案が浮かんでいた。


「アルマさんは隊の人と離れ離れになったんですよね?」


 未だにアルマが顔を赤くしていたので、セイカは真面目に問い掛けた。


「は、はい」


 軽く頭を振り、アルマは気を取り直してくれた。


「この森には人に害を為す動物が多く生息していますので、年に一度、ギルドが調査を行うんです。今年は私が、その調査官に任命されて」

「隊の人と離れ離れになったのはいつ頃です?」

「今日の昼頃です。森を彷徨っていた山賊を二人捕らえて、拘束している時に黒甲熊こっこうぐまに襲われたんです。この森に黒甲熊がいるなんて知りませんでした。去年の調査書にもなかったと思います」


 その黒甲熊こっこうぐまとやらは魔王によって消し飛ばされた、あの巨大なクマのことだろう。


「今もこの森にいると思うと怖くて眠れませんよぉ」


 きょろきょろと森の暗闇を見渡すアルマだけど、黒甲熊こっこうぐまは魔王によって既に殺されている。


「ま、まぁ……熊は大丈夫だよ、きっと。それより、離れ離れになったのが今日の昼頃なら、隊の人たちはまだ遠くに行ってないと思うんだけど」

「隊のみんなが、生きてるかどうかは私にも分かりません……」

「でも、生きてる可能性もあるんだよね?」

「それは……はい、そうですね。彼らも公国軍の軍人です。きっと生きてますっ!私が生きているんですから」


 何だろう。アルマの前向きな所は凄く好感が持てる。一緒に旅をしていたパーティーの仲間に似ているから、そう思ってしまうだけだろうか。仲間のことを思い出すと酷く息が詰まりそうになる。だから、セイカは頭を振って思考を切り替える。


「でも、隊の人たちと合流するのは無理ですよ」


 難しい顔をするアルマが「それに」と声を潜めながら続ける。


「この森には、何かいます」

「何か……?」

「私、見たんです。この森の中に、何百メートルも直線上に木々が無くなっている場所を。巨大な何かが木々を倒したみたいな。でも、それじゃあ木が跡形もなく無くなってることに説明がつかないんです。得体の知れない何かが、この森にはいるかもしれません……」


 アルマ本人は至って真面目に教えてくれているのだろう。黒甲熊こっこうぐま以外にも強大な危険が潜んでいるかもしれないと伝えてくれている。ただ、内容が内容だったため、反応に困る。


「私が森を独りで彷徨ってる時に大きな音が聴こえたんです。あの音が、きっと森の中にさら地を作ったんですよ。セイカさんとマオウさんは聴こえませんでしたか?」

「聴こえるも何もない。妾がやったのだから」


 いや、もう分かってましたよ。どうせ言うんじゃないかと内心では構えていた。ただ、こうもあっさりと言ってしまう。あっさりし過ぎていて、アルマは理解出来ていないみたいだ。


「あ、はい?マオウさんがやった……?な、何を?」

「お主は理解力が無いのか?森の中に出来たさら地に決まっておる」

「………えっ!?」


 本当なのか冗談なのか判断できず、アルマはセイカへ答えを求めるような視線を向ける。目を見開き、口も半分開いている。言葉を選ばなければ、アホみたいな顔になっている。


「まぁ……うん……そうだよ。うん。魔王がやった」

「いやいや、冗談ですよね。私を揶揄ってるんですよね。いくら私でも、それくらい分かりますよっ」


 小さく笑いながらアルマは否定する。セイカとマオウが冗談を言ったと思ってるらしい。当然の反応ではある。数百メートルにも及ぶ直線上に並んだ木々を跡形も無く消し、さら地に変えたと言って、誰が信じるだろうか。


 魔王の力は表に出すべきじゃない。

 もとの世界でもそうだったが、この世界でも魔王の力は手に負えるものじゃない。この世界の均衡すらも変えかねないんじゃないか。


「そういうことなんで、私達は気を付けないといけません。夜の見張りは交代で行いましょう」


 セイカは魔王へ目を向ける。信じようとしないアルマを前に口を開かない。どうやら、信じようと信じまいと、どっちでもいいらしい。目を向けていたら、魔王の方も紅瞳を向けてきた。そして、その紅瞳に嫌悪を宿して睨んでくる。


「それなら、アルマは先に寝てていいよ。最初の見張りはおれがするから」

「はっはい!じゃあお願いします!私、寝るのは得意なんで、交代したくなったらいつでも起こしてください」

「うん。そうするよ」


 そう言って、アルマは地面の上で横になる。持っていた鞄を枕代わりにしている。横になってから数十秒ほどして、寝息が聴こえ始めた。


「もう寝たのか………」

「こやつは足手まといだ。行動を共にする必要性も感じない」

「水をもらっただろ」

「だから何だと言うのだ」

「ギブ&テイクだよ。水を貰ったんだから、おれたちは彼女を助けないと。それに森を出て、街に行けるかもしれない」


 焚火の火が弱まっている。少々、話に夢中になり過ぎていた。セイカが枯れ木をくべると、弱まっていた炎が火力を取り戻す。


「公国軍とやらと合流する気か?そやつらが近くにいたのなら、妾が魔力を放った時に気付いているはずだ」

「でも、おれたちはあの場所から移動した。アルマだって移動し続けたんじゃないかな。それに、おれたちがこうして足を止めたからアルマと出会えた。合流したいなら動くべきじゃないんだよ」

「もう一度魔力を放って、近くにいるかもしれない公国軍とやらに合図を送り、妾たちはこの場に留まる。そうすれば合流できると、お主は考えておるのか」

「やってみる価値はあると思うけど」


 それなりに調査隊の公国軍が遠くにいても、魔王の放つ魔力の威力は凄まじい。加えて、魔王の放つ魔力の塊が魔力暴発を起こせば、その爆発音は森中を駆け巡るのではないか。我ながら良い案ではあると思うのだが、魔王には軽く鼻で笑われた。


「何を自信あり気に言っておる。お主は何もしないであろう。その滓みたいな魔力で何が出来る」


 魔王の口元に嘲笑の笑みが浮かぶ。人間を馬鹿にするのが、そんなに楽しいのか。魔王がそういう奴だと言うことは既に知っているので、別に何とも思わないけど、出会ったばかりのアルマに対しても、魔王のその態度は変わらない。人間の住む街へ向かおうとしていると言うのに、全く先が思いやられる。


「だから頼むよ。君にしか出来ないことだ」

「己が力で道を切り拓く………やはりお主は勇者の器ではない」


 興味を失ったかのように魔王の目はセイカから外れる。


「勇者を勇者たらしめるのは、その在り方であって欲しいと、おれは思うよ」

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