ぱんつ07

どっちがキレイに見えるかな

「よ、おまたせ。」

「おっそい!結構待ったんだけど!」

「悪い悪い!予定より5分くらい早く来ようと思ってたんだよ。ってか、お前が早すぎるだけじゃないのか?」

「まぁ、そりゃあせっかく会える日を楽しみにしてたからね。」


ミーンミンミンと次第に大きな声を発する蝉。

ソーダの色した空というキャンバスに真っ白な入道雲という絵具。

アスファルトからゆらゆらと揺れる陽炎。

太陽の光に反射して光り垂れる汗。

遠距離でお付き合いする俺らはこの猛暑日にデートをするため都会で集合していた。


「そういやアンタ、高校の友達とは遊ばないの?社会人で夏休み貰える仕事なんて、レアじゃない?」

「予定は立ててるけど、今はお前と過ごす時間の方が大事だろ?半年ぶりだし。」

「ふぅん?」


彼女が仕事の関係で関西に引っ越してから初めてのデートだった。

地元の高校で同じクラスになり、仲良くなって告白して…高校3年の春から今もこうやって付き合っている。

まだ彼女が引っ越す前までは、放課後だったり休みの日には朝から夕方まで毎日のようにデートをしていた。

卒業してお互い別の会社へと就職して一年経った頃に、彼女が働く会社の関西支社から人員不足だとかで彼女含む複数人が異動したらしい。

彼女は夢があって叶える為にも経験が必要だと言ってあっさりOKしたとか。

俺は反対したかったが彼女の事を応援してあげたいというのと、一年経てばまた関東へ戻ってくるとの条件付きだったため、乗り気ではなかったが許してしまった。

会うまでの間は毎日通話して、毎日メッセージ送っていた。

彼女が元気そうで安心していたが、やはり寂しさが勝ってしまう。

それでも今日半年ぶりに会えたことが嬉しくて堪らない。


「なんかすっごく変態みたいなにやけ方してるね?」

「えっ!?そうかな…?」

「そういやさ、アイツから聞いた?隣のクラスだった彼女と最近別れたって聞いてびっくりしたんだけど。」

「へぇ、そりゃ初耳だ。」

「え、連絡とってないの?」

「仕事で忙しかったのもあるしな。」

「あっ、そうなの?」

久しぶりの再会だというのに、彼女は地元の奴らの話ばかりする。

でも、彼女にとっては懐かし話のように淡々と地元の友達の事を話す。

「あそこのお店、まだやってんだ。」

「あんなに人って多かったっけ?」

「アンタほんっとに興味ないよね、そういうのには。」

呆れた顔をする彼女。

俺は彼女といい思い出を作りたいから機嫌取りにスイーツ屋さんを提案する。

「そういやあの路地に入るとスイーツ屋があって、あそこがレトロ風でおしゃれらしくてさ。なんなら出すデザートも大正浪漫溢れるもんばかりらしいんだけど…。」

「あ、あそこなら明日友達と行く予定立ててる。」

「俺とは行かねぇのかよ!」

「アンタはがつがつ食うんだから、もっと量のあるデザートにしないとお金が一気に飛ぶわよ。」

「…それはそうだな?」

大きなため息をする彼女。

彼女は一週間の夏季休暇を会社からもらって、その内の三日間を関東で過ごすそうだ。

残りは関西で行きたかった観光地へと行くそうで、楽しそうに話をしていたのは前日の通話で聞いている。

だが明日もデートをするつもりでいたため、友達と遊びに行く話は聞いていなくて困惑した。

俺より友達と過ごすのか。

多分女友達だとは思うが、地元では男女関係なく友達が多い方だから女友達と二人きりで遊ぶとは限らないし…。

少しモヤモヤしながら話を聞いて歩いた。


「そうだ!アイス!

海の近くの駄菓子屋ってまだやってたりする?」

「え?ああ、やってたかな…。」

「今すぐ調べて!」

「はいはい。」

彼女が隣でそわそわする中、俺はすぐ携帯をシャツの胸ポケットから取り出して検索してみる。

「営業時間は書いてないが、まだ店はやってるっぽいな。」

「行こ!」

「え、今から?」

「今から!」

「まったく…じゃあこっちの信号で…。」

「ん?あっちの道通っていく方が近いよ?」

「そうなのか。」

彼女の方が覚えているものだ。

俺は一歩後ろで彼女について行くことにした。


「海キレイ!

ここは青いままなんだね!」

海に着いた瞬間、彼女は目を輝かせて走って向かう。

「天気いいから水面がキラキラしてていいな。」

海を見る彼女の横顔を見たら、ふと美人になったなって感じる。


肌は学生の頃と変わらず白くて張りがあって、あの時から比べて髪は長くなって風が吹く度さらさらと揺れて艶があって、まだ地元にいた頃なんかパーカーにジーパン、スニーカーでラフな感じだったのが今じゃ薄緑色のワンピースに鍔が広い麦わら帽子、汚れがない真っ白なヒール付きの靴。

彼女は美しくなっていた。

半年で女性はこんなにも変われるものなのかと、不思議と心の奥底では置いて行かれた気分になって隣にいるのに遠く感じて少し寂しくなった。


「何ジロジロ見てんのよ。この変態。」

「俺をさっきから変態扱いして…。仕方がないだろ、そんな可愛くなってんだから。」

「本当に思ってるの?」

「思ってる思ってる。」

少し不満そうな表情を見せた彼女。

可愛いより美人だって伝えたかったが俺が照れて言えなかった。


「そういやここで花火もしたよね、クラスの人たち集めてさ。」

また話が高校の頃の思い出話になる。

俺は返事も頷く事も何も返さず海を見た。

「…聞いてんの?」

「聞いてる聞いてる。それよりアイス食べようぜ。」

海が見える道路に沿って、少し古い建物が昔と変わらずあった。

俺は腕で汗を拭いながら駄菓子屋の前に着く。

「中暗いけど営業中って書いてある。」

「扉開いてるし、やってんだろ。」

俺はとりあえず開いたままの扉から店内へと静かに入る。

入った瞬間店の中はチャイムの音が鳴り響いた。

レジの奥から若い女性が出てくる。

「いらっしゃいぁせぇ。」

少しダルそうな挨拶をする女性。

「失礼しますぅ…。」

俺に続いて彼女が入る。

俺は奥の方まで入ってお菓子を見ていると、後ろで彼女の話声が聞こえた。

「少し前までおじいちゃんとおばあちゃんいましたよね?辞めちゃったんですか?」

「ばっちゃんは寝たきりだよ。じっちゃんはもう逝った。」

「あ…。そうなんですね…。」

「…。でも、ばっちゃん寝たきりだけど生きてっから、生きてるうちはそばにいてあげたいし、店引き継ぐって決めてんの。んあ、ばっちゃん部屋にいっけど、なんか言っとく?」

「あ、じゃあ…。」

多分あの女性は孫とかだろうなって思う。

態度はどうあれあの夫婦にとって継いでくれる人がいるのは嬉しいもんだろうな。

「わーった、これ言っとく。あんがと。」

「いえいえ!」

やり取りを終えた彼女が俺のところに寄ってお菓子を見始める。

「あ、これ懐かしい!これ食べたい!」

「グレープ味ってあったっけ?気になるから俺味こっちにするわ。」

「え、ずるい!うちもそれ買う!」

「あれは?」

「あれも買う!」

「どんだけ取るつもりだよ。そんなに持てねぇだろ?ほら、かご。」

「どりゃ!」

かごの中へお菓子をたくさん入れる。

「アイスどこだろ?」

「アイスならこっちだった気がする。」

「ソフトクリーム!あ、こっちのメロンカップ懐かしい!」

大はしゃぎする彼女があまりにも、初めて遊園地でデートした時と同じくらいあちこち見ていて、懐かしさもあり可愛らしかった。

口元が緩み顔を逸らした先で店員と目が合い、にやけ顔がバレてしまった気がして恥ずかしくて店の外を眺める。

多分時計を見れば一番暑い時間だろうなと思う。

アイス先に食べないといけないなと考えながら、落ち着いた俺はまた彼女の様子を見る。

高校の時初めて寄ったこの駄菓子屋で今日みたいにはしゃいでいたのをふと思い出した。

こんな美人になってもそこが変わらない所に安心する。


「…思ったより買っちゃったね。」

「駄菓子屋で二千円超えるって、初めてだぞ。」

袋に入れてもらったお菓子。

袋を広げて中を見る彼女が一番引いていた。

「ほら、アイス先に食べねぇと溶けるぞ。」

袋からアイスを取り出して彼女に渡す。

「ありがと。子供の頃なんか、五百円ですら高額に見えてたのに、なんか大人になったんだなって実感した。」

海のさらに奥を見るかの様、彼女は遠くを見ながらアイスの袋を開けた。

開いた袋からソーダの匂いが広がってくる。

彼女はゆっくりと棒の付いた四角形の青いアイスを取り出して、しゃくっといい音を立てて噛みついた。

「そのアイス、コンビニでも売ってんのに。」

「駄菓子屋さんで買うのと違うんですぅ!」

よくわからなかったが、俺もソフトクリームをカップから取り出してアイスを舐める。

「こんな暑いと、なんだか夏って感じするわね。」

「暑いから夏って実感するんだろ?」

「もう!夏の空気ってもんがあるでしょう!」

「夏の空気ってなんだ?言ってみろよ、ほらほら。」

「えぇっと…なんか、こう、今!

蝉の鳴き声とか、この海の音…それから生ぬるい風の音とか!」

「音だけじゃねぇか!」

「じゃあアンタもなんか夏っぽいこと言ってごらんよ!」

「あー…。この暑さ。」

「それだけ!?もっと言ってよ!もっとあるでしょ!?」

「あるけど、言葉では表せられない何かがあんだよ。」

「わかるけど、煽るくらいならもうちょっと考えて…あっ。」

ぺしゃっと小さい音を立てて木の棒から落ちたアイス。

溶けて指まで垂れてきたアイスを少し舐めてから、彼女はカバンからウェットティッシュを取り出して拭く。

「ははっ、もったいねぇ。」

「こんなに暑いとすぐ溶けるね…。」

「ってか、お前それ当たりじゃね?」

「え!?ほんとだ!」

彼女の食べていたアイスの木の棒をしっかり見ると『あたり』という文字がはっきり書かれていた。

「やった!落ちたアイスはアリさん食べてね!」

「運いいな。」

「いいでしょ!」

キレイな白い歯がはっきりと見えるほどにいい笑顔で当たりの棒を振る。

「今交換しに行くか?」

「いや、持って帰る!」

「は?もったいねぇ。」

「もう!」

彼女は何故か拗ねて海をまた眺める。

そしてすぐにお菓子が入った袋を漁って勝手に開けて口の中へ運ぶ。

「俺は何食おっかな。」

「あ、それは気になるから半分残してね!」

「はいはい。」

お菓子選びに夢中になっていると、浜で子供の声が聞こえた。

「こんな早い時間から花火やってる。また地元の友達集めてやりたいね。アイツの家で夜バーベキューもしたよね!あれも夏って感じして楽しかったなぁ。」

そんなこともあったな。

俺は彼女が参加するから参加しただけだったが、それが無かったらあんな楽しい思い出は作れなかったと思う。

彼女がいて良かったって心底思う。

「あとアンタがアイツらとふざけて踊ってたら肉焦がした事、覚えてる?」

…そんなこともあったな。

「嫌でも覚えてるよ。くっそダサいダンスして、お前ら撮ってクラスの奴らに送りやがって…。」

「ある意味思い出でしょ?」

それはそうだが。

この後も彼女とお菓子を食べながら昔の話を聞いてばかりいた。




気付いたら空はオレンジの光をバックに真っ黒いカラスが飛んでいた。

17時のチャイムが鳴る。

夏なのに秋を連想させるほどオレンジ色に染まった空は、今日が終わることを知らせているようだった。

夕日に照らされる彼女の表情は少し暗く思えた。

食べ終えたお菓子のゴミを袋にまとめていると、彼女が静かに俺を呼ぶ。

「…どうした?」

「あのね。」

海の方へ向けていた顔は少しして俺の方を向く。


「別れよう。」


…え?

言葉が出ず、固まってしまった。

「なんで…?」

やっと発した声は震えていた。

「なんでって、それは…。」

少し考えている様子だったが、俺は待てなかった。

「俺、何かした?浮気なんてしてないし女友達は縁切ったし、お前が不安にならないようにメッセージも通話も頻繁にしてたし、お前のこと応援もして…。何が不満だった?何がいけなかった?」

「そういうところよ!」

「そういうところって、どういうところだよ!」

お互い声を荒げてしまい、少し冷静になってから彼女は話す。

「だって元々、うちがいないアンタを好きになったんだよ?今じゃこうやってうちのことばっかり優先してるでしょ?わかんない…。うちだって好きだけど、あの頃のアンタから離れていってる気がして怖いの。」

目尻に涙を浮かべているのが夕日に反射して見える。

「仕事のせいで遠距離恋愛になっちゃったけど、アンタにそこまで寂しい思いさせるなら夢なんて諦めれば良かったのかな…?」

溢れてしまった涙。

彼女は震える声を必死に抑えて話を進めた。

「だからね?もう、こっち戻ってくるまで連絡しないで欲しいの。」

俺は何も言えず、彼女は立ち去ってしまった。


別れ話だというのに美しいという感想で済ませてしまった。

あんな表情をした彼女は初めて見た。


ああ、美しい思い出だ。

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