第4話 《攻略者》のやり方

 大蛇が弾けたのとほとんど同じタイミングで、俺たちの正面に新たなモンスターが発生する。虎、鷲、犬、馬。どうやらこのダンジョンは、動物がモチーフらしい。


 後退して、美冬さんと呼吸を合わせる。


 相手は水の塊。ただの武器なら、有効打は存在しないだろう。だが、彼女の武器ならもしかしたら。


「その鎌で、あれは切れそう?」


「いけると思います」


 美冬さんが構えた鎌は、この間と同じように冷気を放っている。隣にいる俺がひんやりするくらいだから、刃の部分は相当に冷えているはずだ。


「じゃあ、一体任せるよ」


「はい! 私、馬いきます!」


 同時に飛び出すと、配信用のドローンは俺に着いてきた。ああそうだ。これ、外に向けて流れてるんだっけ。見ているのはどんな人だろう。美冬さんのファンもいるだろうから、ダンジョンには詳しくない層がメインかもしれない。


 せっかくなら、楽しんでいってほしいよな。


「改めましてこんにちは。ヒツギです。……うーん、見えない相手に敬語ってダルいな。やめよう」


 滑空して襲いかかってくる鷲をステップで躱し、視聴者に挨拶をする。思えばさっきは、ずいぶんとぶっきらぼうな登場をしてしまった。


「今日はせっかくだから、水でできたモンスターの倒し方を解説しようかな。皆も日常で水でできたモンスターに襲われたら試してみて」


 飛びかかってきた犬を、棒の先端を突き刺してみる。だが、水に刺突では意味がない。そのまま突っ込んでくるのを、寸前で避ける。


「このように、普通の攻撃はダメージが入らない。じゃあ、どうやって倒せばいいのか。一つはあれ、美冬さんがやってる方法」


 虎が飛びかかってくるのを地面に転がって回避し、ドローンを手に持ってカメラにする。


 その先では、巨大な鎌がモンスターを凍らせ、そこから粉砕していた。


「実体が不安定なら、実体を安定させて破壊すればいい。そしてもう一つは、不安定な実体をまるごと打ち砕く方法」


 小回りをきかせ、反転して噛みついてくる犬の横っ面を棒で強打する。今度はさっきと打って変わって、一撃で全身が粉砕した。


「表面に強い衝撃を与えると、やつらは統合が取れなくなって消滅するみたいなんだ。殴るときのイメージは――早押しクイズかな」


 突進してくる鷲の脳天を狙って、粉砕。


「あれって、ボタン押した後に反動でちょっと手が上に行くじゃん。あんな感じでやると、一番衝撃が伝播するっぽいんだよね」


 最後の虎は、冷静にバックステップしてかみつきを回避。下に下がった頭を、思いっきり殴る。


 ッパァン!


 爽快な破裂音が響いて、第二陣のモンスターたちも片付け終わる。


「こんな感じでね」


 軽く息を整えて、美冬さんと合流する。すぐに第三の攻撃が来る気配はないので、いったん休憩だ。


「お疲れさま。やっぱりその鎌、斬ったところから凍るようになってるんだね」


「そうなんです。私の遺物、名前は【死神の温情】って言うんですけど。傷つけた相手の動きを悪くできる、すごい子なんです」


 空色の少女は、嬉しそうに鎌の柄を撫でる。


 なるほど。相手につけた傷が凍っていく。そしてその冷気は、体内にまで影響をおよぼす。というわけか。


 彼女相手には、かすり傷すら致命傷になり得る。


「ヒツギさんの武器は【少年の夢】でしたっけ」


 少女は木の棒を見て言う。俺は頷いて、目線の高さに掲げてみせる。


「そう。こいつはなんでもできる武器。子供の頃、俺たちにとっての伝説の剣は『ただ形のいい木の棒』だった。あの頃の俺たちは、想像の世界でなんだってできた。俺が夢と憧れを捨てない限り、この木の棒は応えてくれる」


「武器としての汎用性がすごく高い、ということですか?」


「そうだね。いい意味で尖ってないから、どんな相手でも勝負になる」


 中に入るまでどんな敵が出るかわからないのがダンジョンだ。特化した性能よりも、汎用性の方がずっと重要になってくる。


【黒幕の義眼】と組み合わせれば、近距離戦は敵なしだ。


「あんまり派手じゃないから、配信には向かないと思うけどね」


「言っておきますけど、さっきの倒し方すっごく派手でしたからね。なんですか? 塊ごと破裂させるって。あんなの誰も見たことないですよ」


「まじ?」


「まじまじです。大バズり間違いナッシングですよ」


「それはよかった」


「というか、そんなことまで気にする余裕があるんですね」


「さすがに慣れてるからね」


 初めて遺物を手にした日から、ほとんど毎日ダンジョンを攻略してきた。慣れるなという方が無理な話だ。


「向こうも休憩時間は終わりらしい。さて、そろそろ攻略しようか」


 再び水が隆起して、さっきよりも手強そうなモンスターが生まれる。三つの頭を持つケルベロスと、蛇の尻尾と翼の生えたライオンのキメラ。二体が肩を並べている。さっきよりも、ずっとサイズが大きい。


「攻略方法がわかったんですか?」


「なんとなくね。足下を見てごらん」


「――来たときよりも、水位が低い。モンスターは有限ってことですか?」


「うん。でも、これが正しい攻略方法なのかはわからない。考えたいから、時間稼ぎを手伝ってもらえるかな」


「はい!」


 洞窟にこだましている鳴き声は、ずっと消えないままだ。敵を倒すたびに、大きくなっているような気さえする。


「うぅ……うぅ……うぇえええええ!」


 この声は、どこから響いている?


 目の前のモンスターじゃない。もっと他の場所だ。だが、この洞窟はやけに音が反響する。そのせいで、音の発生源が掴めない。


 ダンジョンとそのボスには、なんらかの背景がある。これほど強力な力を持つに至った理由が。それを受け止めて、ボスに認められた先にあるのが遺物という報酬だ。


 俺にとっての攻略は、ダンジョンを理解し、その中にある意思を連れていくこと。


 泣いている子供が、このダンジョンの核だというのなら――

 その涙を止めるのが、俺の《攻略》だ。


 目に映らないものを見るときは、二つのパターンを考えろ。


 一つ目。それは本当に見えるものなのか。そもそも視認不能のものなら、他の要素で発見する必要がある。たとえば、歩くたびに生じる波紋。透明人間だって、それくらいの痕跡はあるだろう。


 だが、そういったものは発見できない。


 二つ目。それは巧妙に、俺の死角に回り込んでいるのではないか。だとするなら、自分の背後を映すものを――すなわち、飛び回るドローンのレンズを見ればいい。


 ドローンが正面から俺を撮影する。その瞬間、左目に意識を集中させる。


「【黒幕の義眼】ッ!」


 刹那は永遠となり、遺物を通して俺はそれを観測する。


 小さなレンズの表面に映し出された、俺とその向こう側の景色。

 彼女は、そこにいた。


 顔を手で覆って、心細そうに立ち尽くす小さな女の子。あれがボスで間違いない。


 時間停止を解除する。


 戦いの中だ。情報伝達は最小限。彼女が俺を信じてくれることを願うしかない。


「美冬さん! 君の鎌で、この洞窟ごと凍らせてほしい!」


「そこまでの力は――」


「俺が持たせる!」


 視線が絡み合って、美冬さんの透き通った瞳が力強く輝く。


「お願いします!」


 左手をポケットに入れて、三つ目の遺物を取り出す。

 これこそが、俺が二年も一つのダンジョンに引きこもっていた理由。


 全ての遺物を超越しうる、最強の遺物。

 あるいは全ての遺物に劣る、最弱の遺物。


「対象指定――【死神の温情】。さあ、賭けの時間だ。【クレイジーダイス】!」


 宙に放ったダイスは、回転してそのまま足下に落ちる。浅くなった水たまりの底で、天を向く数字は『5』。


 その瞬間、空気がキンと引き締まる。


 美冬さんの握った鎌を中心に、切り裂くような冷気が洞窟全体に広がった。


「――っ!」


 もちろん俺も無事ではない。息は一瞬で白く染まって、肺が痛い。指先がかじかむほど気温が低下している。


【クレイジーダイス】その能力は、遺物の強化と弱化。サイコロを振って、『4』以上なら強化、『3』以下なら弱化というもの。


 特筆すべきは、その振れ幅だ。

 斬った対象を凍らせるだけだった鎌は、今や触れぬものすら凍てつかせる兵器になった。


「いきます!」


 美冬さんが鎌を振り上げ、足下に突き立てる。刃から噴出した冷気が、洞窟全面を凍らせていく。俺の足下も凍ったが、なんとか砕いて脱出する。


 そして――見つけた。凍結したことで、ボスはもはや死角に逃げられない。


「あの子を」


 俺が指示しようとしたときには、美冬さんは走り出していた。鎌は地面に突き刺したままで、何も持っていない。丸腰の少女が、強大なボスへと駆け寄っていく。


 なら、俺がすべきことは一つだ。


 凍った女の子が震える。全身に亀裂が入って、大きな声で泣き叫ぶ。


「ぃ……いや……いやっ……こ、こない、でぇええええ!」


 振り絞った力で、ボスとしての能力を解放する。

 轟音が轟き、美冬さんの行く手を阻むように巨大なドラゴンが出現した。


「止まるな!」


 空色の髪を追い越して、ドラゴンの巨体を足場に跳躍し、木の棒を振り上げる。


 この『ただ形のいい木の棒』が、俺にとっての聖剣だ。打ち砕けないものなど、なにもない。

 全身に力を込めて、一気に解放する。


 インパクト


 一撃で頭から足先まで亀裂が入る。崩れていく隙間を縫って、美冬さんが駆け抜けていく。


 ダンジョンのボス。それを倒せば、俺たちは地球へ帰還できる。


 誰もが知っている。あれは倒すべき敵だ。


 だが、彼女は迷うことなく女の子を抱きしめた。

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