第3話 初デート、配信中!
待ちに待った土曜日。早起きしてジョギングを済ませ、シャワーを浴びて着替えを済ませる。朝ご飯を食べて、出発しようとしたら妹の楓(かえで)に呼び止められた。
「お兄ちゃんまたダンジョン行くの?」
「ん。どっか行きたい場所でもあったのか?」
「せっかく帰ってきたんだから、しばらく休んでればいいのにって意味」
「もう十分休んだよ。平気だ」
「ダンジョンバカなんだから……。あんまりお母さんのこと心配させちゃだめだよ」
「わかってるよ。夕飯までには帰るから」
早めに帰ることを約束して、マンションを出た。
電車とバスで移動して、さらに少し歩いたら目的地に到着だ。
四月というのに、ずいぶん暑いものだ。多摩川の上流。河原の一角に、立ち入り禁止の柵が設けられた一角がある。
その隣に、黒い衣装を着た少女の姿があった。彼女は俺を見つけると、両手を振ってぴょんぴょん跳ねる。
「こっちです、鏑木さん」
「どーも」
ひらひら手を振って、河原に降りていく。
美冬さんは背中に大きなバッグを背負っていた。その中に、この間見た鎌も入っているのだろう。
俺の姿を見て、美冬さんは目をぱちぱちさせる。
「この間も思いましたけど、鏑木さんって軽装なんですね」
「身軽が一番かなって結論になったんだ」
今の俺の格好は、何の変哲もない半袖Tシャツにジーパン姿だ。靴は多少動きやすいものを履いているが、あとはただの普段着。我ながら、ダンジョンを舐めた格好をしている。
対して美冬さんは、黒いゴスロリドレスのような服を着ている。こちらも動きづらそうだが、なんとなく雰囲気が違う。
「その服は、なにかの遺物かな」
「遺物で作った服です。こっち側だとただのドレスなんですけど、ダンジョンに入ると軽くて丈夫になるんですよ」
「へぇ。便利そうだ」
「鏑木さんのは、やっぱり普通の服ですよね」
「うん。その辺の店で買ったやつ」
「言ってくれたら、ダンジョン用の服を作ってくれる人、紹介しますよ」
「マジ? じゃあ今度お願いしようかな」
ただの布だと、破れたり汚れたりで消耗が激しいのだ。もったいないと思っていたから、代替があるなら是非使ってみたい。
立ち入り禁止区域の入り口には、カードリーダーがある。美冬さんがカードを当てると、解錠して中に入れるようになった。
「さっそく行きましょうか」
「オーケー」
竹刀袋から木の棒を取り出して、ポケットに新しいオモチャがあるのを確認。
ケースから鎌を取り出した美冬さんが、一緒に黒い塊を取り出して尋ねてくる。
「もしよかったら、今回の様子を配信させてくれませんか?」
「俺、あんまり目立ちたくないんだよなぁ」
「でも、配信して有名になれば、世界中から難関ダンジョンを紹介してもらえるかもしれませんよ。有名企業とスポンサー契約を結べば、渡航費を負担してもらえるかもしれないですし」
「配信しよう。今すぐに」
ダンジョン配信、なんて素晴らしい文化なんだ。これからは積極的に使用していこう。
「ダンジョンが絡むと本当にチョロいですね」
やれやれと首を左右に振る美冬さん。めっちゃ呆れられてる。
だが、これは仕方のないことなのだ。ダンジョンにはロマンがある。それに当てられてしまったら、もう今までの生活には戻れない。
いつだって、このゲートの先には新しい出会いが待っているから。
◆
『【緊急】伝説的冒険者とダンジョン攻略します!』
突如として元アイドルのSNSに投稿されたリンクは、「ふゆゆ」時代のファンによってあっという間に拡散された。
そして、そこに映った光景はスキャンダルとして瞬く間に火がついた。
好きな人ができたと言って辞めたアイドルが、男とダンジョンに潜っている。配信のコメント欄は、悲鳴や罵倒で埋め尽くされていく。
『ふゆゆ、嘘だよな?』
『俺の方がふゆゆのこと好きなのに俺の方がふゆゆのこと好きなのに俺の方がふゆゆのこと好きなのに』
『横の男、弱そうじゃね?』
『56す』
感情のままに情報は拡散され、そしてついに冒険者たちの元へも届いた。
『この男、もしかしてあいつか』
『そういえば最近、日本に帰ってきたって聞いたぞ』
『神!』
徐々に高まってくる期待の声。
悲痛なファンの叫びと、期待する冒険者の声が混ざり合ったところで声が入った。
「皆さんこんにちはー! ファンの皆は久しぶり。「ふゆゆ」改め、「みふゆ」でーす。よろしくね!」
慣れた調子で、大きな鎌を持った少女が画面の真ん中で微笑む。
「そしてこちらが、今回コラボしてくれた冒険者。ヒツギさんです!」
「どうも」
ぎこちない動きで横にいた青年が手を振る。無造作に伸ばした黒髪と、わずかに色が異なる左目。手に持った一見普通の木の棒。
――間違いない。
冒険者たちは確信した。だが「ふゆゆ」のファンたちはピンとこない様子だ。
『誰?』
『誰すぎて草』
『無名一般人きたぁああああ!』
『神!』
無理もない。ヒツギは目立ちたがるタイプではなかったし、この二年間は消息を絶っていたのだから。冒険者という存在が有名になる頃には、彼は既に表舞台にいなかった。
「今回攻略していくダンジョンはこちら! 《すすり泣きの迷宮》です!」
じゃん、と勢いよく映し出されるのは、一面水浸しの青い洞窟。広大で、壁や道といった構造物は一切ない。遙か遠くまで、平坦な水たまりが広がっている。
視聴者たちは硬直した。その景色は、ダンジョンについて多少なりとも知識があるものなら、一度は目にしたことがあるものだからだ。
――すすり泣きの迷宮
半年前、ダンジョン配信によってその存在が周知されたダンジョンである。潜ったのは無名の冒険者たちだったが、その衝撃的な内容によって、残された映像は爆発的に拡散された。
元の動画は削除されたものの、違法にダウンロードした者たちによって今なお拡散されている。
トラウマ要素を、より一層強めたのが、このダンジョンに響く音だ。
耳をこらすと、反響する大人の中に人間の声らしきものが混ざっている。
「んぇええっ……んぐっ……ぇええええん」
これこそが、名前の由来。
だが、どこから声が発せられているのかはわからない。敵の一体すら、ここにはいない。ここに来た冒険者たちは、なにもわからないまま低体温による衰弱で命を落とした。戦うことなく、殺された。
ボスを倒さなければ、ダンジョンからは出られない。
では、ボスのいないダンジョンからはどうやって出ればいい?
答えはない。ただ、死があるのみだ。
恐怖で震える視聴者の耳に、落ち着き払った声が届く。
「敵の気配はあるんだけど。……負傷に反応するタイプなのかな。美冬さん、ナイフ持ってる? 貸してほしいんだけど」
「はい。どうぞ。なにに使うんですか?」
「自傷」
淡々と答えて、ヒツギは受け取ったナイフで自分の腕を切りつける。赤い線が描かれて、ぽたりと新鮮な血液が落ちた。
「おっ、来た来た」
波紋のように広がっていく血液に群がるように、彼らの前にモンスターが出現する。青く透き通った、水の大蛇だ。
咄嗟に美冬が鎌を持ち上げて臨戦態勢を取る。だが、ヒツギは既に走り出している。力強く地面を蹴る。とんでもない跳躍力で、大蛇の頭上に踊りでる。
「洒落たモンスターだなっ!」
口元に笑みを浮かべて、振り上げた木の棒を一閃。断ち切れないはずの水の塊が、一瞬で砕け散った。
さっきまでの冴えない姿とは一変して、躍動する青年。その姿を見て、視聴者たちは凍り付く。
『やば……』
『神!』
こうしてヒツギは、本人の知らないところで衝撃的なデビューを遂げたのである。
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