第4話 背比べに命をかける男たち

矢萩善明は、アンダー160センチの低身長男たちの親睦会「低身長男同盟」の会員として、その小さな身長にしては不相応な大きな自信を持っていた。

なにせ、159.2センチというこの会で随一の高身長を誇っているのだ。

その一般的には低身長以外の何者でもない身長が彼にとっては人生を輝かせるほど重要なものであった。


だが、その地位を守るのは並大抵のことではない。


「低身長男同盟」はほぼ毎週居酒屋などで会合を開いていたのだが、それは互いに低身長であるというコンプレックスを慰め合うといったほほえましくも女々しい目的ではなかった。

参加者の中から血眼になって自分より身長の低い者を探し出し、外の世界の日常では滅多に得ることのできない優越感に浸るのを目的に来る者も少なからずいたのだ。

そして自分と身長が互角と思われる者がいたならば正々堂々どちらが背が高いか雌雄を決しようとする。


挑戦を受けた者は断ってはいけないのがルールだ。

彼らはそのために会合には必ずメジャー持参でやってくる。

それはこの会のエチケットですらあった。


今回の会も己のプライドをかけた真剣勝負が広間のあちこちで展開されている。

勝負は公正を期すために三人の審判役のメンバーが対戦する二人の身長をメジャーでそれぞれ測り、三人の合計を三で割った数が自分のこの会公認の記録となる。

対戦は正々堂々男らしく行われ、背伸びはもちろん厳禁で、中敷きも禁止。

つま先以外の部位を伸ばすことは認められ、めいっぱい伸ばした状態を一分以上維持することが必要だ。

159センチ台の者の中には伸ばし過ぎて160センチを突破してしまう者もいるが、その際は失格となる。

また、頭にこぶがあったり、足の裏にできものができていた場合は参加を許されないという規則も存在する。


そんな厳格なルールで行われる死闘を毎週制し続けているのが会公認最高記録159.91センチの矢萩だった。

もう10週連続「低身長男同盟」随一の高身長の座を防衛し、対抗相手で二位159.82センチの齋藤薫とは25勝7敗と大きく勝ち越している。

今回は互いに過去最高記録をたたき出し、0.9ミリ差という僅差であったが勝ち越した。

人生で一番大きい自分を認められ、これからの一週間は大いに胸を張って過ごせる矢萩は勝利の美酒たるビールを飲み、惜しくも敗れた斎藤はがっくりと肩を落とし、身長も心なしか156センチくらいに縮んだように見えるくらい落ち込んでやけ酒のレモンハイをあおり始めた。


会のメンバーたちは毎回二人の0.1ミリをめぐる高度な頂上決戦を固唾を飲んで見守り、勝負が終わるとその両者の健闘をたたえるのが常となっている。

宴たけなわの午後10時、定例の「低身長男同盟」はお開きに。

また来週この会合は開かれる。

齋藤は来週こそ王座奪還を誓い、矢萩はまた挑戦者を返り討ちにすることを宣言して帰宅の途に就くのだった。

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