第2話 己のプライドをかけた一年に一度の大舞台

市役所職員の矢萩善明(38歳)は身長160センチ未満の男たちの親睦会「低身長男同盟」の会員である。

彼は同親睦会の中では159.2センチという随一の高身長を誇り、会の中では0.1センチの差で二位の齋藤薫と共に一目置かれる存在であった。


そんな矢萩はある秋の日曜日、共済組合の指定健診機関に姿を現した。

今日は年に一度の健康診断の日。

だがその顔はたかが健康診断に訪れたとは思えないほど引き締まって目に闘志をたぎらせ、あたかも一歩間違えれば重傷か死ぬ可能性もある試合に臨むMMA選手のような顔つきをしている。


なぜなら彼にとってこの日は一年で一番大切な日。

これからの一年を誇りをもって過ごせるか否かがかかった正念場の一日なのだ。


日頃の不摂生が祟り、血糖値が高いのと軽いメタボと毎回診断されているが、そんなものは矢萩にとってはどうだってよい。

血圧や肝臓の数値がどれくらいかも全く関心がない。


この検査で一番大事な検査、身長の測定に比べれば大したことではないのだ!


「低身長男同盟」の中では159.2センチで通っている彼だが、実は外の世界では公称160センチ。

それは自称であってはならず、健康診断で実証されなければならないと彼は考えており、実際にこれまでずっと健康診断で160センチ以上をマークしてきた。


「低身長男同盟」の会員同士の身長対決ではいつも159センチ台の彼がどうやって?


それは健康診断の際、彼は体を限界まで伸ばし、つま先を微妙に浮かせることで身長を伸ばしていたからだ。


この技は彼が高校一年生の時に生まれた。

身長が158センチで止まり、彼の中肉中背の夢どころか160センチの世界に到達する夢が水の泡となろうとして自分の未来を悲観した時にこの技を編み出した。

20年以上その技を磨き続け、彼のこの行動はバレたことはない。


己の誇りをかけた160センチをクリアするためなら彼は手段を選ばず、ありとあらゆる謀略を駆使する。

「低身長男同盟」の他の会員ならば0.05センチの誤差でも血眼になって見逃さない反面、健康診断のスタッフごときの目をごまかすことは朝飯前だ。


彼は今回も見事に健康診断のスタッフの目を欺き、身長160センチのプライドを防衛。

肝臓の数値が問題だから再検査という診断が出たにもかかわらず、意気揚々と胸を張って健診機関を後にした。

ただ、三年前にたたき出した161.4センチに大きく届かない160.2センチであったことは来年に向けた課題ではあったが。


矢萩は外の世界では今年も160センチの男として通り、そして「低身長男同盟」の中では今でも159.2センチのトップとして他の会員の羨望と嫉妬のまなざしに浴している。

彼の小さな秘密は、彼の小さな世界を大きく支え続けているのだ。

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