1センチに命を削る男たち~嫉妬と侮蔑が交差するアンダー160センチ低身長男の集いで繰り広げられる男たちの激闘~

44年の童貞地獄

第1話 1センチに己の全てをかける男たち

一般女性並みかそれ以下の低身長という共通の悩みを抱え、見下ろされてきたアンダー160センチの小男たちが職業や年齢の垣根を超えて集う親睦会「低身長男同盟」。

「低身長男同盟」は月に一回、居酒屋を借り切るなどして会合を開き、胸を張って同じ目線で語り合える同志たちの憩いの場となっていた…はずだった。


「俺の方がデカイ!」


喧嘩腰の声が会場となった料亭の広間を支配した。

その声の主は医療機器メーカー勤務の齋藤薫(37歳)、身長159.09センチ。

「低身長男同盟」では同親睦会の入会基準ギリギリ159センチに達している会員はそれだけでヒエラルキーが上位である。

彼の相手は公務員の矢萩善明(38歳)、同じく身長159センチ――だが、噂では159.5センチとも言われている。


この会は共通の低身長に苦しむ者同士互いを励まし合うために結成されたものだ。

しかし、実際には身長が1センチでも相手より高いか低いかに命を削る男たちの心理戦の舞台であり、このようないざこざは毎回一回か二回は必ず起こっていた。


特にこの「低身長男同盟」の中で一、二を争う高身長の齋藤と矢萩はお互いの背比べを口実に、何度もこの会で対立していた。

今日もまた、その火花が散ろうとしている。


「矢萩、お前の靴の中敷き、ちょっと厚すぎないか?」齋藤が挑発する。


矢萩はニヤリと笑い、「中敷きなんて使ってないさ。この高さは俺の素の実力だ」


その瞬間、周囲のメンバーたちは息を呑んだ。

彼らにとって、1センチの差は人生そのもの。

勝者は誇り高く、敗者は屈辱を味わう。

ここにいる誰もが、その1センチに執念を燃やしているのだ。


「ちょっと待て、メジャーを持ってこい!」齋藤が叫ぶ。


「低身長男同盟」の主催者、身長155センチの不動産会社経営の五島夏樹が冷静に応じる。

「まあまあ、二人とも落ち着け。今夜は新しいメンバーもいるんだ。自己紹介を終えてからにしようじゃないか」

「低身長男同盟」でも身長以上に財力がモノを言うらしく、五島の発言権は絶対だった。


新しいメンバー、団体職員の永田慎吾(29歳)が立ち上がった。

彼の身長は申告時には158センチ。

しかし、若い彼の目には何か不敵な輝きが宿っていた。


「初めまして、永田です。実は最近、身長を測り直したんですが、結果が出ました。159センチです」


再び会場に緊張が走る。

永田の宣言は新たな火種を撒き散らした。


齋藤と矢萩が同時に叫ぶ。


「何だと!?」


「待て待て、落ち着けよ」五島が仲裁に入る。

「永田君、証拠を見せてくれ。」


永田はポケットから折りたたみ式のメジャーを取り出し、自分の頭の上に置いた。

慎重に測り始めると、その結果を見せた。

「ほら、確かに159センチでしょう?」


齋藤と矢萩は互いを見合い、そして永田を見た。

これはただの自己紹介ではなく、新入りの若者の自分たちへの挑戦であり宣戦布告。

新たなライバルの登場だ。


「面白い」矢萩が呟く。

「じゃあ、全員で測ってみようじゃないか。誰が本当に一番高いか、決めよう」


全員が一列に並び、一人ずつ測定を始めた。

五島がメジャーを持ち、丁寧に測っていく。

結果は、予想外の展開を見せた。


齋藤:159.1センチ

矢萩:159.2センチ

永田:159.0センチ


齋藤が唇を噛んでいる。

「ちょっと待て、昨日の夜に比べて縮んでる!そんなはずはない!」


矢萩が笑う。

「それが現実だ、齋藤。今日のトップは俺だ。いやこれからもな」


しかし、その時、会の隅で静かに座っていた男が立ち上がった。

彼の名は会計事務所勤務の小林健太郎(35歳)、身長157.5センチ。

身長から言って普段は目立たない存在だが、今日は何かが違う。


「待ってくれ、矢萩さん。その誇りはまだ早いよ」小林が言った。


「何だよ、小林。お前は関係ないだろう」矢萩が苛立って応じる。


「俺も測ってくださいよ、五島さん」小林が静かに言った。


五島が頷き、小林を測り始めた。

そして、その結果に全員が驚愕した。


小林:159.3センチ


「何だと!」齋藤と矢萩が同時に叫ぶ。

「小林、お前、何をしたんだ!」


小林は微笑んだ。

「特別なことは何も。ただ、姿勢を正し、靴の中敷きを取り外しただけですよ」


この言葉に、全員が息を呑んだ。

真実は簡単なことだった。

しかし、それを見逃していたのは、自分たちの身長への執念が盲目にさせたからだ。


「今日は小林君の勝ちだな」五島が静かに結論を下した。


齋藤と矢萩は無言で頷いた。

彼らの戦いはまだ終わらない。

しかし、今日のところは小林の勝利を認めるしかなかった。


会の終わりに、全員が小林に握手を求めた。

彼の冷静な態度と、真実を見抜く力に敬意を表して。


「次回は負けないぞ」齋藤が小林に言った。


「もちろん、楽しみにしてますよ」小林は笑顔で応じたが、内心ではどうやって勝つんだよおっさん、と舌を出していた。


こうして、アンダー160センチの男たちの集いは、新たな章を迎えた。

彼らの戦いは、まだまだ続く――。

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