第2話

 世間は広いようで、本当に狭い。

 ビルの中に戻って来たロンは、その後姿を見つけてしみじみと思った。

 昼過ぎにとある事件の説明のため緊急会見を行い、それを終えて戻ろうとした時に、一緒に会見に臨んだ芸能事務所の社長に頼みごとをされ、署に戻る若い上司を見送って来たところだ。

 本当は、初めてあんな異質な会見を行う羽目になった年若い上司を、帰ったらねぎらわなければと思っていたのだが、それは後回しにされることになった。

 疲れた背中を見送ったロン自身も、意外に疲れていたのだろう。

 その後姿を、ビルのロビーの待合の席に見つけたのは、妻に女避けと称して強要されている、度の入っていない眼鏡をはずし、ひとしきり目を抑えた後で、それを見つけた時、思わず足を止めてしまった。

 大柄で色黒の、美男子ともいえる刑事が、目を丸くして立ち止ったのに気づき、振り返った安藤克実あんどうかつみが目を瞬いたが、その視線の先が進行方向であるのを見て、笑顔になった。

「先程お話した、例の付き人の方ですよ、きっと。急遽、知り合いに紹介してもらったのですが、中華の言葉は話せないという事で……」

「……成程」

 目を丸くしたまま説明を聞いた男は、不意に破顔した。

 先程までは、無愛想ではないが真面目そうに見えた刑事が、突然笑いながら歩き出すのを、驚いて見送る視線を背に、ロンは滑るように移動し、ソファに座って見るともなしに、付いたままのテレビを見ている後姿の背に、勢いよく抱き着いた。

 嫌な事件の担当になってしまい、むしゃくしゃしていたロンが抱き着いた相手の機嫌が、それ以上に悪いと気づいたのはその後で、気づいた時には胸ぐらをつかまれて、宙に舞っていた。

 背負い投げっ?

 すぐにその技の正体に気付き、とっさに受け身の姿勢になったが、相手は優しい性格をしていなかった。

 力づくでその背を落とした先は、前にあったテーブルの端、だったのだ。

 受け身のための右手は空をたたき、テーブルの端の角に嫌というほど背中を叩きつけられ、ロンは息を詰まらせて冷たい床の上に転がり落ちた。

 きしむ体を何とか起こした男が見上げると、相手は息一つ乱さず自分を冷ややかに見下ろしていた。

 ちらりとテーブルを一瞥し、静かに呟く。

「案外丈夫だな、このテーブル」

 それは暗に、二重のダメージを考えての攻撃だったと、匂わせる言葉だった。

 背骨の損傷と、テーブル弁償の危機を、辛うじて免れたロンは、立ち上がりながら相手に抗議した。

「ひ、ひどいわ、ミヤちゃんっ。あたしが、何をやったって言うのよっっ」

 涙目の文句を聞いた相手は、わざとらしく眉を吊り上げた。

「いきなり、前触れもなく後ろから抱き着いておいて、何をしたも何もないでしょう? あなた、こんなところで一体何をやっているんです?」

 言いながら、先程までニュース番組をやっていたテレビをに目を移す。

「まさか、あんな形だけの記者会見を開いただけで、満足しているんじゃないですよね? 分かっていますか? 犯人を捕まえないと、解決の序の口にすら、行きついていないんですよ?」

「分かってるわよっ。……あなたが出て来ちゃうのなら、更に本腰を入れなくちゃ。加害者に死なれたら、困るもの」

 苦い顔で答える男に、女雅はきっぱりと言い切った。

「私は、そんなに暇じゃありません」

 冷たく言い切る女を、ロンは戸惑って見つめた。

 高校の制服ではなくスーツ姿に身を包んでここにいることから、今回の仕事の相手が雅なのだと言うのは分かるが、重要な任務を遂行中なのに、何故そんな仕事を受けたのか。

 真っすぐ尋ねたいのだが、悪ふざけをして手痛いしっぺ返しを食らった後では、腰が引けてしまって、普段訊けることも気楽に訊けない。

 ロンは溜息を吐いて振り返り、目を丸くしたまま成り行きを見ていた安藤社長に確認した。

「いいんですか? こんな乱暴な付き人で?」

 中々目の大きさが元に戻らないのは、一回りは大きい男を、あっさりと投げ倒した少女とも見える女に驚いてか、先程まで真面目で硬い印象だった男が、突然お姉言葉を発したのに驚いてか。

 どちらにしても、ロンの言葉で我に返った克実は、呆然として呟いた。

「……望月の奴、こんな隠し玉も持っていたのか。ったく、だから叶わないんだ」

 小さく笑って咳払いし、表情を改めると、毅然とした顔で二人に向き直った。

「ええ。あの子の付き人だった義理の妹も、かなり乱暴な女でして。だからこそ、こういう事態になったと言うのもありますが。それに……いや、これは内輪受けですね、やめておきましょう」

 まずはどうぞと、ロンを叩きつけたテーブルの席を勧め、刑事の男とその向かいに座り、克実は名刺を女に差し出した。

「安藤克実と申します。よろしくお願いいたします」

「あ、口頭で失礼します、雅と申します」

 初めて名刺交換の場にぶち当たった雅は、名刺を受け取りながらも慌てて取り繕い、挨拶を返す。

 微笑む克実の隣で不審げになっている刑事をよそに、経緯を聞くことになった。

「兄弟でやっている事務所なんですが、私が社長という事になっています。ランホアは、弟の和実と妻、メイリンとの間にできた子です。これまで、学校が休みの時に仕事をすることで、問題なく事は進んでいたのですが、最近、平日にも依頼が入ってくることが多くなり、断るか活動自体を永久休止とするかの瀬戸際にまでいっていたのですが、今回のメイリンの事件を受けて、本人を交えて結論を出しました」

 このひと月だけ平日も活動し、その後の芸能活動は、一切行わないと言う結論だった。

 その最後のひと月の間の、付き人を探していたのだと言う。

「……千ちゃ、いえ、望月先生のお話では腕の立つ人を、という条件を出されたと聞きましたが、もしや、先の襲撃の動機に、心当たりが?」

 優しい問いかけに、隣の男が目を見開いて社長を見た。

 その目を見返し、克実が慌てて首を振る。

「そういうわけではありません、はい、決して、隠してなどおりません。だから、尋問はあれで勘弁ください」

 動揺しまくりのその弁は、余計に疑わしい。

 そんな目を受け、克実は更に慌てて早口で言い訳した。

「和実が、女房のいる病院に入りびたりで、人手が全く足りないのです。事務所自体も小さいものですから。人を雇うにしても、あの小さく幼い子供を、完全に守れて信頼できる人材は、すぐには見つかりません。だから、旧知の仲の女に声をかけたんです」

「……言ってくだされば、こちらから婦警でも貸し出しましたがね」

 刑事に硬く言われ、社長は困ったように目を泳がせる。

「いや、個人の事情ですので、それは……」

「まあ、信用が尽きたのは、理解しておりますよ。今回、マスコミに全容を把握されてしまったのは、こちらの落ち度でもありますからね」

「ああ、そう言うお話にされては……」

「よく分かっているじゃないですか」

 ついつい、厳しい口調になったロンの言葉に、克実がしどろもどろで答えるのを、優しい女の声が遮った。

 顔を上げると、声のように優しい笑顔の女がいる。

「っ」

 何故か刑事がぎくりとして詰まり、黙り込むのに構わず、雅は優しくまくしたてた。

「だって警察って、空き巣の一人まともに捕まえられずに、ただ貧乏人を怯えさせて終わるだけの存在でしょ? 信用しなくて当然ですよ」

「……そんな、現実味ある例えを出さなくても、いいじゃないの」

「結構ショックなんですよ、貯金箱を中の百円二十枚ごと、盗られるだけでも。心の底から、空き巣に呪いを投げるほどに」

「リアルな数字ね。誰情報よ」

 力が削がれた男から、社長の方へと目を向けた雅は、優しい笑顔のまま言った。

「お話は分かりました。仕事内容は、そのお嬢さんの付き人、場合によっては護衛、という事で、よろしいですね?」

「はい。お引き受け、いただけますか?」

「ええ、勿論。ですが、本人との相性もありますから……ランホアちゃんは、日本語が話せないのですか?」

 慎重な問いに、克実は曖昧に笑って答えた。

「はい。ゆっくりならば、聞き取ることがようなのですが、どうも話すことまでは……中華の国で生まれ育ったもので」

 その辺りに、事情もあるようだ。

だがそれとは別に、何かの違和感に首を傾げた雅に、ロンが力なく説明した。

「安藤和実さんは結婚後、中華の国に住んでいたのよ。娘さんを芸能デビューさせると決めたのは、数年前。向こうの学校の休日だけこちらに来日して、仕事をしていたんだけど、宿泊のために使っている部屋に戻る途中に、今回の事件に巻き込まれちゃったのよ」

 戸籍もあちらにあるため、長くはいられないが、今回は母親が動かせる状態ではない上に、事件に巻き込まれたことで、この国に留まっている。

 雅は小さく頷いて切り出した。

「とりあえず、そのお嬢さんと会わせていただけますか?」

 言葉の壁は心配だが、小さな子供の相手は得意だ。

 そんな軽い気持ちで引き受けた仕事だったが、思ったよりも大変な作業が、この後待ち受けていた。


 テレビの収録や、会見に使われるビルから徒歩数分の場所に、安藤社長の経営する芸能事務所と社宅があった。

 その場所は、雅にも最近見慣れた場所で、少し唸ってしまう。

「……あら、近いじゃない」

 女の心境を代弁するロンの声は、若干揶揄いの色があるが、それを咎める動きはできない。

 もう遅いが、部外者の前で、乱暴は控えようと反省しているからだ。

 そんな雅の心境すら察したのか、事務所に招き入れられ、シュウレイを呼びに席を立った時、ロンは真面目に内輪の話を持ち出した。

「ちょっと、ミヤちゃん。あなた、どうしてこんなお仕事を引き受けたのよ? まさか本当に、セーちゃんを放置しておくつもり?」

「ええ。そのつもりです」

 険しい顔を向けた男に、即答してしまった雅は苦笑して謝った。

「すみません。でも、どうしても気になることがありまして、ここひと月ほどイライラしてしまって、学校生活にまで響き始めたんです。色々と発散方法を試してはいたんですが、匙加減を間違えたらしくて、体の調子まで最悪になってしまった上に、今日なんか女子高生相手に手が出そうになって、大変だったんです」

「え。ち、ちょっと、何処か具合でも悪いの?」

 本当は、どうしてそんなに機嫌が悪いのかと訊きたいのだが、まだ腰が引けて口に出せない。

 そんなロンの心境に気付かず、雅は答えた。

「動けないほどじゃないです」

「それは、そうでしょう。動けないと言われたら、嘘だわ」

「慣れない薬の調合や、呪いにも手を出した影響もあるんですけど、ここまで来たら、本当にまずいと思っていた矢先に、丁度その当人に関する仕事が舞い込んできたんですよ。だからセイには、暫く一人で頑張ってもらおうと思います」

「……」

 優しい笑顔なのに、これ以上の反対を拒む物が滲んでいる。

 それを察したロンは、静かに尋ねる。

「当人、という事は、ランホアちゃんが気になるの? どうして?」

「というより、その父親の方に会いたかったんですけど、留守のようですね」

 その答えで、雅の気にしていることがはっきりと分かった。

 チョウ・ランホア。

 その昔、ある男に通われ、二人の子を身ごもった女性の名と同じだ。

 その女性はとうに亡くなっているが、通った男もその息子の一人も健在だ。

 だが、その女性の生まれ変わりがその子だと、疑っているのでは決してない。

 雅が懸念しているのは……。

「ランホアという女性の息子が、誰かとの間にできた子供にその名を付けることは、有り得るのでは?」

「ちょっと待ちなさい。中華の国では、親の名の一文字を取るのは、禁忌となっていたはずよ」

 今はどうか知らないが、少なくともロンが知る時代はそうだった。

 勿論、祖母の名の一文字はその限りではないかも知れないが、それよりも言いたいことは別にある。

「それにエンちゃんが、あなたやあたしたちに黙って子供を作るなんて甲斐性、あると思ってるのっ?」

「私が知る限りは、ないと思ってます」

 きっぱりと、清々しいほどの口調で言い切った女に、ロンはそうよねえと頷いてしまう。

 ロンと雅は、その昔、今は解散したとある組織に身を置いていた。

 その二代目である頭領のカスミならば分かるが、その息子であるエンが、自分たちが知らぬ間に子を儲けているなど、考えられない所業だ。

 昔から、男女問わず関係を持ち、至る所に子孫を作っていた友人とは違い、身持ちが固いと言うより、色事には及び腰の男なのだ。

 だから、カスミの隠し子と言うのならば分かるが、あのエンの、というのは今一実感がわかない。

 だがそれは、雅とて承知していた。

「でも、あなたも私も、彼と長く会えなかった時期がありました。その間に、心が迷ったのかもしれないし、その迷いに付け込んだ女性が、内緒で子を産んだのかも……」

「それは、時期が合わないわ。落ち着いて考えなさい」

「考えましたとも。時期が来ても、産み月にならない例も、見て来ました」

 ああ、そうだった。

 痛いところを付かれて唸るロンに、雅は今の不満もぶつける。

「実は昨日、エンの所に行ったんです。そしたら、水月さんもエンも、社宅にいなかったんです。職場にも休職願を出しているみたいで、何処にいるのか分からなくなっていて……」

「え、水月ちゃんもっ?」

 何かあったのかと嫌な予感がよぎるが、雅は別な不安を口にした。

「……今更、逃げたんでしょうか。それを、水月さんは追っているのかも」

「本当に、今更じゃないっ。何年あそこにいると思ってるのよっ」

 思わず言ってから気付いた。

 成程、それがここに繋がるのかと。

 そう察したロンに頷き、雅は言い切った。

「エンは、娘さんに会うために、ここに現れるかもしれません。もしくは、既に会って、母親の女性の傍にいるのかも」

「……」

「そうなったら、水月さんも引き離せませんよ。だから、困ってしまって、雲隠れを選んでいるんじゃないかと……」

 暗い目でそんな想像を口にする女を、ロンは何とも言えない気持ちで見つめた。

 エンは、雅の師匠でもあるが、思い人でもある。

 そんな男の不義を疑い、先程まで不機嫌だったが、今は落ち込みつつあった。

 その落ち込みモード、もう少し早くから入れなかったかしら。

 まだきしんでいる気がする腰を小さくさすりながら、ロンは恨めしい気持ちになってしまう。

 それでも、このまま当の少女と会うわけにもいかないので、恨めしい気持ちを押し殺し、男はわざと明るい声を出した。

「もしそうなら、水月ちゃんがあなたに報告しないはずはないわ。あの子まだ、エンちゃんを認めていないはずよ」

「そう、でしょうか?」

「そうよ。それに、会って見たら、違うかもしれないわ。会わずに名前だけで決めつけるなんて、あなたらしくないわよ。ね?」

 何とか気持ちを鼓舞しようと笑顔を向けた男は、ドアをノックする音で振り返った。

 返事をすると安藤社長がドアを開け、少女を中に招き入れる。

 社長の腰ほどの背丈の少女は、事務所内に座る二人を見て目を見開いた。

「雅さん、この子がチョウ・ランホアです。……ランホア、この人が、暫くの間、お世話をしてくれる方だよ」

 安藤社長の言葉は、素通りした。

 無意識に後ずさる少女と、呆然と少女を見つめて固まる男女に気付き、克実が交互に見る。

「? どうした? ……お二方も?」

 戸惑う社長の声で我に返り、ロンが笑顔を浮かべた。

「いいえ、何でも。あの、チョウ・ランホアちゃん。愛らしい子ですね」

「ええ。自慢の姪っ子です」

「お母さま似ですか?」

「ええ。弟も、私とそっくりなので」

 笑いにつられて笑顔で答える社長の傍で、少女は後ずさるのをやめていた。

 代わりに、まだ固い顔でこちらを見る雅を、見つめている。

 普段着なのか、トレーナーの上下を身に着けた少女は、黒い真っすぐな髪を腰まで流した幼い子供だった。

 縋るような目も幼いのに、別な何かを宿した色が、見え隠れしている。

 雅を見つめたまま、ランホアは社長の服の裾を掴んだ。

「ん? どうした、ランホア?」

「……」

 少女の口から、聞き慣れてはいるが、早口過ぎて聞き取れない言葉が漏れた。

 ロンが小さく唸り、雅に言う。

「嫌だって。あなたが」

「……」

 何となく、そう感じていた雅も少し唸り、ランホアを観察した。

「どうしてだい?」

「……」

 戸惑う社長に答える声は、低すぎず高過ぎず、耳に馴染む声だ。

 歌手と言うだけあって、小声なのに良く通る。

「え」

 思わずその声に聞きほれていた女は、ロンが思わず声を上げたことで我に返った。

 こちらを見た雅に、ロンは目を見開いたまま言った。

「高校生なのに、学校休ませるの? って、何で知ってるの? まさか、本当に……」

 言いかけた男は、目の前の女の変化に気付いた。

 雅は男が止める間もなく、立ち上がっていた。

 滑るように立ったままの二人に近づき、少女が逃げる間もなくその肩を軽くつかんだ。

「私の通学の事は、気にしなくてもいいよ。何なら、誰かさんのように、休学届を出しても、障りないし?」

 ゆっくりと言いながら、少女の前に膝をつき、その顔を真っすぐに見つめた。

 ぎょっとしたランホアが詰まったのは、少しの間だった。

 すぐに気を取り直して、口を開きかけたが、雅の方が早かった。

「答えるのはいいけど、日本語で話してくれる? 話せるんだろ? 嫌がらせに早口で中国語を話しても、無駄だから」

 背後でロンが、目を剝いている。

 が、安藤社長の方は、天井を仰いだだけだった。

 それを見てまた驚くロンは無視して、雅はゆっくりと少女に問う。

「嫌がらせして私を遠ざける理由は? お父さんに話を聞いたからかな? それとも、お母さんの事件が、ただの通り魔の犯行じゃなく、心当たりがあるから?」

 お父さんの下りで顔を引きつらせたのはロンの方で、後者の問いの方で、ランホアの体は一瞬強張った。

「ああ、成程、もしかして、犯人を炙り出す気で、活動を再開するのかな?」

「……元々、休止には至っていませんでした、はい」

 雅の確認の言葉に答えたのは、克実の方だったが、ロンの白い目に気付いて控えめだった。

「それならば、尚更、護衛は必要だろうに、何故嫌なのかな? 私が、嫌いなのかな?」

 首を傾げて見せた女の顔を、ランホアは初めてまっすぐ見た。

 その目は、子供にしては鋭く、しかし頼りなく揺れていた。

 それを雅の後ろで見たロンが、目を見開いているが、少女の言葉の切実さの方に気が向いて、全く気にならなかった。

「そう言ったら、帰ってくれるんですかっ?」

「それは、無理だよ」

 ばっさりと、雅は言い切った。

「な、何でっ」

「何でって、それは……」

 狼狽えた少女を見据えたまま、雅はきっぱりと言い切った。

「私は、君みたいなひねくれた子供が、大好きなんだよ」

 ランホアは、言葉を無くしてぽかんと口を開け放った。

「だから、よく話し合おう。さ、座りなさい」

 こうしてようやく、話し合いの場が整った。

 

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