第2話『チュートリアル~ステータス~』

 門をくぐるとそこは木々が生い茂る、鬱蒼とした森の中だった。


「ここは……?」

「我が世界で二番目に大きい大陸にある大森林の中心じゃ」

「なんで二番目?」

「一番は竜の住処で、人はほとんど住んでおらん未開地じゃからな。そんなところに其方を送ってもつまらんじゃろ」

「なるほど。でも、そこにも人がいるにはいるんですよね?」

「まあな。じゃが、国も何もあったもんじゃない。そこに暮らす人間は竜の目を逃れるように、原始生活をおくっておる」

「なるほど」


 未開の大陸なんて聞くと浪漫だけど、竜に見つからないように隠れながら、原始人とウホウホサバイバル生活するのは嫌だな。


 でもさ。ここだって十分未開エリアだよね?


 見回す限り木、草、木、草、木……間違いなく人の手の入っていない原生林だ。昼間のようだけど、木に太陽の光が遮られて薄暗い。


 あ、なんか奥の方でなんか大きいのが横切って行った気がする。


といえば森じゃからな! さて、何か感じんかえ?」

「なんか変な感じがする……」

「じゃろうな。幾つ感じる?」

「えっと……みっつ?」


 わたしは、森に入った瞬間から身体に違和感を感じていた。違和感と言っても不快なものではない。肌に感じる心地よい何か。お臍の下あたりから感じる力強い何か。それから頭の中から感じるよくわからない何かだ。


「うむ。正常な感覚じゃ。肌に感じるのは魔力。身体から感じるのは気力。頭の中にあるのは管理者としての力じゃな。どれも生身で使うのは初めてじゃろうから最初は戸惑うかもしれんが、これまで其方が当然のように使っていた力じゃよ。すぐに慣れよう」


 なるほど。魔力も気力もOSGで当然のように使っていた力だ。でも、ひとつだけ聞きなれないものがある。管理者の力って何? そんな設定初めて聞いたぞ?


「魔力と気力はわかるけど、管理者としての力というのは?」

「ほれ、では画面ってのが表示されるじゃろ? あれじゃよ」

「ああ!」


 わたしが納得できたのは、ゲームとしてのOSGの知識を受け継いでいたからだ。そうでなければ絶対に理解できなかっただろう。


 マップやレーダーの表示。アイテムの管理。プレイヤーが快適にゲームをプレイする為のシステム画面。あれだ。


「まずはそこから説明しようかの。と言うてみよ」

「え? えーあーる?」

じゃ」


 ARデバイサーアクティブかな? ツクネ様って横文字を言う時の発音がなんか独特なんだよね。


「ARデバイサーアクティブ」


 するとわたしの手のひらの上に半透明の画面が現れた。8インチタブレットくらいの大きさで、画面には幾つかのアイコンが並んでいる。


「これって!?」


 ステータスオープンだ!


「思っても言うでないぞ!? 差別化の為にせっかくな名前を考えたんじゃからな!」

「お、おう」


 何やら凄い圧で睨まれる。大事な事らしい。


 ARデバイサーアクティブはハイカラ通り越して中二入ってないか?


「せめてARデバイサーオンにしませんか?」

じゃ」


 さいですか。創造主様の感性はよくわかんない。


「ほれ、まずはここにある顔のを押してみよ。其方のが表示される」


 ツクネ様が示したのは画面中央で一番目立っているアイコンだった。可愛くデフォルメされた黒髪の女の子がウィンクしている。間違いなくモデルはわたしだろう。言われた通りに押すと画面が切り替わる。


 ミュラ・ツキガセ

 種族:人?

 年齢:13

 身長:153.3cm

 体重:47.6kg

 3サイズ:80(B)/55/82


 なにこれ?


 身長、体重、スリーサイズってギャルゲーのステータスかよ! 全職レベル100でカンストしてたOSGのステータスどこいった?


 あと、なんで種族のとこ、人の後ろにクエスチョン付いてんの?


「このクエスチョン何ですか?」

「其方、生まれる前から遺伝子かなり弄られてるじゃろ? 身体能力も寿命も違うのに、普通に人とするのものう」

「そういえばそうでしたね」


 OSGの世界って割とディストピアだったからね。あの世界の人間にとって遺伝子操作やサイボーグ化は当たり前。人造種ホムンクルス合成種キメラとの交配も進んでるし、天然の遺伝子のままの人間なんて殆どいなかった。


「ステータスってこれだけ?」

「これだけじゃ。何なら足のも入れておこうかの? 確か23じゃったか」


 いらねー。


 意味あんの? 意味あんのこれ? いや、わざわざ測らなくてもいいのは便利かもしれないけどさ。


「ちょっと。わたしのレベルは? これじゃ攻撃力も魔力値もわかんないじゃないですか!」

「我の世界になど存在せん。表せるなどこんなもんじゃ!」

「レベルが存在しない?」

「無いわそんなもん」


 そんなもんって……


「じゃあ、強くなるにはどうすればいいんです?」

「筋肉を鍛えよ」

「そんな」


 レベルがないと聞いてわたしは愕然とする。


 これは大変な変化だ。OSGの中では、身体の大きさで筋力は変化しなかった。どんなに筋肉ムキムキな見た目でも、レベル1ならレベル2の幼女に力で敵わない。男女の差なんて誤差レベル。当然だろう。OSGはゲームの世界。強さはレベル、職、装備からなる数字と、あとはプレイヤーの腕と戦術で決まる。見た目はプレイヤーの趣味でしかない。


 でもこの世界では違う。生まれ持った才能と鍛え上げた肉体。培ってきた技術と知識がものをいう世界。わたしはそんな、当たり前で不公平な、普通の世界に来てしまったのだ!


「今のわたしは、見た目通りの小娘ってこと?」


 わたしは自分の細い腕を見る。


 この小さな身体で、わたし、生きていけるの?


 この世界の治安がどんなものかは知らないけれど、若い娘がひとりでいれば、必ず食い物にしようとする連中が寄ってくる。


 わたし知ってるよ! 薄い本ってのにされちゃうんだよね? プレイヤーがそういうの沢山持ってたからわたし詳しいよ!?


 この身体では、男の子を無理やり襲えない……むしろこっちが襲われてしまう。そういう系は苦手なんだよ。どうしよう?


「其方。何を破廉恥な妄想しとるんじゃ?」

「だって、今のわたしはただの小娘ですよ!? 男の子に襲われたらどうするんですか!?」


 わたし、自慢じゃないけど結構な美少女なのだ。まだ成長途上だけどスタイルだって悪くない。むしろ食べごろ。「青い果実の匂いに男ってのは寄ってくるもんさグヘヘ」ってフレが言ってた。


 だけど、そんなわたしの心配を吹き飛ばすかのように、つくね様は笑い声をあげた。


「かかかかかっ! 其方みたいなただの小娘がいてたまるか! 確かに其方に引き寄せられる男は多かろうが、そんなもんどうとでもなるじゃろう!」


 いや、どうにもできないのが小娘なんだよ!


 身体はきゅっと締まっていて、筋肉もそこそこついている。でもあくまでもそこそこだ。とても男に勝てるとは思えない。


「まあ、確かに腕力はそれほどではない。大男に組み伏せられてしまったら敵わんじゃろう。だが、其方が元の世界で使っていたは、我の世界でも問題無く使えるはずじゃぞ? 我の世界の遥か先を行くを持つ其方は、立派に持ちじゃ。じゃよ」


 管理者ならチーターは敵じゃないの? 死すべし! じゃないのかね? なんで慈悲与えてんの?


「それにあの世界の人間は、素の身体能力も相当なもんじゃし……十分じゃろう?」


 なるほど。


 OSGはアクション性の強いゲームだった。キャラクターは、フィールドを忍者のように素早く走り、人の背丈くらいの高さを楽々跳び超えていたりもした。それらのアクションが実際にこなせるだけの身体能力が今の身体にもあるのだとしたら、並の男に遅れはとらない。


 試しに徒手格闘の動きをやってみる。


 拳での打撃、ひじ撃ち、蹴り。


 鋭く、速い。思うとおりに身体が動く。


 柔軟性はどうかな? 前屈、バク転。 問題無い。


「どうじゃ? よく動くじゃろう?」

「うん」


 I字バランスを余裕でこなしながら答える。


「だがこれだけは覚えておけ。今の其方はではない。肉体を持った人間なのじゃ。今どれだけ優れた能力を持っていようと、人の肉体は、歳をとれば衰えるし、病気や怪我で療養したり、障害を負ったりすることもあろう。鍛錬を怠り食っちゃ寝してれば豚になるのはあっという間じゃぞ? ゆめゆめそれを忘れるな」

「……ぶた」

「うむ。豚じゃ。丸くなった其方も可愛いじゃろうがの」


 いやいや、それは無い。


 わたしはスタイル維持の為、鍛錬を欠かさない事を心に誓ったのだった。

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