どうも! サ終した世界からやってきました踊り子です!

ぽにみゅら

第1話『チュートリアル~転生~』

 目を覚ますと見慣れた天井があった。


 木の梁と木目が美しい趣ある天井だ。


 でも、わたしはこんな天井知らない……


 首だけ動かして辺りを見回す。木造の日本家屋。12畳程の広さの部屋。わたしは畳の上に敷かれた布団の上に仰向けに横たわっていた。


 わたしの部屋だ。


 何年も何年も、毎日のように使ってきた、初めて入る、わたしの部屋……


 聞きなれた柱時計の振り子の音。


 でも微かな甘い匂いに覚えはない。


 何故こんな意味不明な事を言っているのかというと、この部屋はこれまで画面の向こう側から眺めていた場所だったから。


 オーバースペースグラウンド(以下OSG)。わたしが長年プレイしていたMMORPGだ。この部屋はわたしがゲーム内で制作した、キャラクターの拠点となるマイルームと同じレイアウトをしているのだ。


 モニターの向こう側にあったはずの世界に、どうしてわたしはいるのだろう?


 わたしはさっきまでOSGをプレイしていて……


 あれ? わたし、誰だっけ?


 手を伸ばす。程良く日に焼けた健康的な肌。細くしなやかな指先。


 自分のものではない。でもよく知っている手。


 頬をくすぐる髪をすくと、長く艶やかな黒髪がさらりと流れる。


 まさか!?


 勢いよく立ち上がる。頭の後ろでポニーテールが揺れる感覚があった。


 上半身に纏うのは白地にピンクの縁取りが施された民族風のケープコート。でも下半身は際どいパンツに前垂れと、脚はほぼむき出し状態だ。布団の上で寝ていたというのに、足にはサンダルを履いている。


 長い黒髪のポニーテール。形よく伸びた脚。細いウエストに、ふくらみ賭けの胸。ビキニタイプの踊り子の服の上にケープコートを着せた、お気に入りのコーディネート……


 見覚えがあるなんてもんじゃない。


「わたしは……ミュラ・ツキガセ」


 ミュラ・ツキガセはわたしの名前だ。


 設定年齢13歳。身長153㎝。バストサイズはまだまだ成長が見込めるBカップ。 紫色の瞳に、長い黒髪ポニテがトレードマークの健康的な美少女で、OSGの数あるプレイヤーキャラのひとり……ジョブは支援職で踊り子……


「どうして?」


 ボイスはやや違って聞こえる。だがそれは、自分で聞こえる声が、他人に聞こえる声と違うせいだろう。


「目が覚めたかえ?」

「わっ!?」


 不意に後ろから声がした。


 振り返ると、50センチほどのデフォルメされた美少女キャラクターのフィギュアが浮かんでいる。


 確か床の間に飾っていたツクネちゃんのフィギュアだ。ツクネちゃんとはOSGのヒロインで、お下げ髪が可愛いロリ属性の狐っ娘だ。


「かかか! 驚かせてしまったか? すまんかった!」


 ツクネちゃんフィギュアは、驚いて言葉を失っているわたしの視線に合わせ、愉快そうに笑顔を見せる。


 ツクネちゃんフィギュアには時間経過で表情を変える機能はあったが、重力を無視して勝手に飛び回るような機能は無い。それどころか手足の関節がまるで人のように柔らかく稼働しているし、表情も自然で声に合わせて口も動いている。声はゲーム中のツクネちゃんと同じもの。だけど口調や雰囲気はまるで違う。


 フィギュアが勝手に動いてお喋りしてる。これは間違いなく……


「お化けだ!」

「誰がお化けじゃ!? 失礼な!」

「ツクネちゃんがお化けロリババアになった!」

「誰がババアじゃ! 我はお化けでもババアでもない! 我はとある世界の管理者である」

「世界の管理者? それって神様ってこと?」

「創造主であり管理者ではあるが、そんな風に呼ばれたことは無いの。我の世界で我、全く崇められておらんし……っていうか神などと呼ばれるのは好かん。この人形の名であるツクネと呼ぶがよい」

「ツクネ様」

「うむ。お主と話をするのにこの人形を借りさせてもらった。どれ」

「ちょっと! 近いって!」

「黙っとれ」


 じっとわたしの目を覗き込んでくるツクネ様。その瞳は元のフィギュアの茜色の瞳とは異なり、七色の虹彩を放っている。


「ふむ。良い感じに分離させた元の人格の知識と、設定人格が結合出来ているようじゃな。今は混乱してるじゃろうがすぐに慣れよう」


 満足そうな笑みを浮かべながら、わたしの頭にぽんと赤ん坊のような小さな手を乗せる。


「其方が元いた世界が閉じられる寸前、我がこの部屋ごと我の世界へ取り込んだ事で其方は生まれた。きゃらくたーの設定と、ぷれいやーの知識と愛情が生んだ新たな生命。それが其方じゃ」

「わたしは……ミュラ?」

「うむ」


 そうだ。OSGは今夜0時にサービス終了するはずだった。わたしはその瞬間をマイルームに籠って待っていた。そして、プレイヤーはモニターの前で涙を流し願っていた。


 わたしに、消えないでくれと、願っていた。


 その願いが通じたという事なのだろうか?


「ひゃあ!? な、何するんですか!」


 ツクネ様はわたしの周りをふわふわと飛び回り、わたしの身体を撫でまわし始めた。


 首筋、胸、太もも……くすぐったくて小さく悲鳴を上げると、ツクネ様は満足したように撫でるのをやめた。


「かかか! 可愛いの! やはり其方を呼んで良かったのじゃ!」

「ツクネ様は、どうしてわたしを? 他にもわたしのように呼ばれたキャラクターがいるの?」

「おらん。我が呼んだのは其方だけじゃ。其方は実に、我の好みだったのでな。それで選んだ」

「そう、ですか」


 数十万はいただろうプレイヤーキャラクターの中から選ばれた。OSGサービス終了による喪失感で今頃ふて寝している、元の世界のプレイヤーがそれを知れば少しは慰めになるだろうか?


 同時に寂しさも覚える。OSGで共に戦った仲間達は、もう、いないのだ。


 わたしひとりだけが、生かされた。


「悲しむな。其方の生は始まったばかりなのじゃからな。見よ。我が管理する世界じゃ。其方がこれから生きる世界じゃよ」


 ふと、周囲の景色が変わった。


 森、海、山、街並み、黄金の麦畑、そして……襲い来るモンスターを相手に剣や槍を振るい戦う人々。


「この世界にも魔物がいるんですね」

「魔力を持つ世界で魔物が生まれるのは避けられんからの」


 魔力は人々に多大な恩恵を与えてくれるけれど、同時に人々の生活を脅かす怪物も生み出してしまう。それが魔物だ。


 この世界の文明レベルは、わたしがいたOSGの世界よりかなり低いようだ。OSGは文明が衰退し、再出発を果たした人類が、異界からの侵略者と戦う、剣と魔法とビーム兵器の世界だった。対してこの世界は、まさに正統派の剣と魔法のファンタジーワールド!


 銃も電気も無い。産業は農業が中心で、社会システムは殆どの国で封建制度が実施されている。OSGの世界から見れば遠い昔。中世にあたる世界。


 映像の中で、人々は原始的な武器と旧式の魔法で、街を、家族を護る為に強大な魔物と懸命に戦っている。


 これがツクネ様の世界! 凄い! 自然も、人々もすごく生命力に溢れてる!


 荒廃した世界で、経験値とレアアイテムを求めて戦っていたわたしには、彼等がとても強く、眩しい存在に見えた。


 わたしもあんな風に生きてみたい!


「我も伊達や酔狂で其方を呼びよせたわけではない。我の世界はもう数千年もの間停滞しておってな。あまりに退屈じゃから新たな要素を組み込もうと思うたが、我も今更何をしていいのかようわからん。そこで別の世界の住人を招き、その者が我が世界をどう生きるか。知識や技術が世界に与える影響を観察しようと考えたのじゃ。其方は、あれじゃ! というやつじゃ!」


 なるほど。これは流行りのあれかな? 異世界からやって来た主人公が、元いた世界の知識で大活躍するっていうやつ。


 そういうのって、呼び出した神様が後悔するくらい主人公がやりすぎてしまうのが物語の醍醐味なんだろうけれど……そういうの期待しているならたぶん人選ミスだと思う。


「わたしでいいんですか? わたしはトッププレイヤーと言えるほどの実力は無かったし、異世界で知識チートするような知識も技術も持ってませんよ?」


 わたしは長くOSGをやってきたが、ここ何年かはほとんど惰性であり、日々デイリークエストをこなすだけ。レベルだけは高かったが、装備の更新もせず、新しいスキルが実装されても試す事無くスルーしていた。始めたばかりの新人にも一ヵ月くらいで追い抜かれる。その程度のプレイヤーでしかなかったのだ。


 ついでに異世界で大儲けできるような知識も無い。医療知識は勿論、化粧品の作り方も知らないし、オセロや将棋といったボードゲームも苦手だ。実家は和菓子屋を営んでいるって設定だけど、たぶんわたし、商売の才能なんてない。餡子にはうるさいけど。


「かまわん。其方は我の世界の住人として好きに暮らしてくれれば良い。この世界にも人に災いをもたらす魔物もいるが、其方の世界にいたとやらに比べれば可愛いもんじゃ。人間の使う武器も魔法技術も遅れておるし、其方の力で十分にやっていけるじゃろう。この世界で英雄を目指すもよし、世界に覇を唱えるもよし。なに、別に血なまぐさい事をせずとも構わん。畑を耕すもよし、恋をし、ひとりの女としての幸せを謳歌するもよし。全て任せる」

「ツクネ様を倒して世界を滅ぼそうとするかも?」

「それは面白い! 相手になるぞ!」


 勿論冗談だ。


 映像の中で見た、あの輝いてる世界を滅ぼすなんてとんでもない。


「何もせず、引きこもっていたとしても?」

「良い。この部屋にはいつでも出入りできるようにしてある。設備もあちらの世界と同じように使えるようにした。転生特典というやつじゃな」


 それから、ツクネ様に案内されて、マイルームの中を見て回る。まあ、わたしの方が詳しいんだけどね。


 わたしのマイルームは、古い日本家屋を外観から庭付きで再現している。


 まず履いたままのサンダルを玄関に置いて、居間、台所、脱衣所、風呂場、トイレと一通り見て回る。


 どうやら電気、水、トイレットペーパーは無制限に使えるらしい。脱衣所に置かれた洗濯乾燥機もしっかり稼働するし、風呂場に置かれた石鹸、シャンプー、リンスも減らないという。オブジェクトでしかなかった家具が全部本物になって、しかも備品が減らないというのだから至れり尽くせりだ。下水が何処に消えるかについては気にするなとのこと。


 このマイルームはツクネ様曰く管理者空間に設置されていて、再現されているのはプレイヤーがクリエイトした日本家屋の敷地内まで。敷地を一歩でも出れば、通常空間に出てしまうという。窓や縁側からはOSGで設定していたのと同じ、山間の田舎の風景が広がっているが、幻影だそうだ。


「食料は其方の倉庫の中に阿保みたいに入っておったし、飢える事も無かろう。ここでいつまでも暮らすのも自由じゃ。まあ、其方がそれで満足できるのならな」


 にっと笑みを見せるツクネ様。さっき見せられた、ツクネ様の世界にわたしがすっかり魅せられているのを見抜いている。


 それに、わたしは人付き合いが得意ではないけれど、孤独が好きと言うわけではない。OSGでは隠遁生活してたけど、人との交流はちゃんと持っていた。


 ……っていうかアイテム倉庫あるの? 魔力があるなら、OSGのスキルも使えるのかな? 気力は?


「其方の考えなどお見通しじゃよ。それでは、お待ちかね。我の世界へご招待と行こうか。第二幕じゃ! 倉庫やの使い方も説明しよう」


 あ、これチュートリアルだったんだ。


 こうしてわたしとツクネ様とマイルームの門をくぐった。

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