【一話完結】そして、雨は止みました。~雨女の「雨」を晴らせ~
にーろ
そして、雨は止みました。
その日は朝から土砂降りの雨だった。無数に叩きつける水滴と薄暗い道に耐えてやっとの思いで僕の通う小学校にたどり着いた。僕の両親は共働きで、朝から家には僕一人というのは珍しくない。寂しさもあって僕は早めに登校する。しかし、こんな天気だからか学校までは人も車も誰一人すれ違わなかったのがさらに不気味さを掻き立てた。
傘を畳んで上靴に履き替えようと中に入ると血だらけで倒れている子が目に飛び込んできた。
頭から大きく出血し、服はベットリと赤く滲んでいる。
「ねぇ! 大丈夫!?」
倒れている子の上半身をそっと抱えて呼び掛けると、見覚えのある顔に衝撃を受ける。
「……ナツキ君……助けて……」
涙を流しながら震えるその子は同じクラスのミズキちゃんだった。
僕と背は同じくらいで二本の黒のみつ編み、大きめの丸いメガネが特徴的だ。普段は物静かで引っ込み思案なところがあり、よく男子にもからかわれており、どうにも放っておけない子だ。
「ミズキちゃん、今保健室に連れてってあげるね……!」
ミズキちゃんを抱えて僕の足は保健室を目指すも、すぐに止まった。
廊下にはクラスメートが大怪我で倒れており、廊下や窓は赤く染まっていた……。
目の前の光景に全身の力が抜けてその場にしゃがんでしまう。
「一体、何が……?」
「これで良かったのよ」
いきなり僕の首は絞められ、一瞬で息ができなくなり思わず抱えていたミズキちゃんを落とす。しかし、掴んでいたのはミズキちゃんだった。首から手は離れずそのまま引っ張られてしまう。
「みんな私がやったの……」
「ど、どうして……?」
「ナツキ君も望んでたことじゃないの?」
「なんのこと?」
「みんな晴れ男だの雨女だの好き勝手言ってさ。ナツキ君も大変だったじゃない」
「だからってやりすぎだよ……」
「………そう」
ミズキちゃんは僕を押し倒し、カッターナイフを構える。
「なら、貴方も同じね。さようなら」
ードシンッ
◇
ベッドから落ちた強い衝撃で僕は目を覚ました。体は嫌な汗でびっしょりで、首を絞められた感覚はまだこびりついている。
「痛た……またあんな夢を……」
重い体をなんとか起こし、近くに置いてあったタオルで体を拭く。目覚まし時計はちょうど5時を指し、カーテンの隙間から薄暗い朝の光が射し込んでいる。もうちょっと寝たかったけど、もう眠気は消えてしまった……。
「はぁ……今日も寝られなかったな……」
僕以外誰もいない部屋に独り言が響く。窓の外にはまだ静まり返った街の風景が広がっている。
ここ最近、ミズキちゃんの夢ばかり見る。
最初は普通に過ごす夢で毎回出てくる訳でもなかった。しかし、次第にミズキちゃんは何度も夢に出てきた。雨も激しくなっていき、暗くなって、落ち込んで、泣いていたりしている。
そして、今日は殺されそうになった。
そもそもミズキちゃんは学校には通っていない。原因はクラスメートの悪口。
夢の中でも言っていたが、学校では僕は「晴れ男」、ミズキちゃんは「雨女」と呼ばれていた。世間ではそういう風に呼ばれてる人は他にもいるけど、僕たちはクラスでもよく言われた。
僕とミズキちゃんは元々別々のクラスだったが、3年生のクラス替えで一緒になった。黒のみつ編みに丸いメガネが特徴で、性格は大人しい子でよく僕にも話かけてくれた。
最初の授業でそれぞれ自己紹介をすることになった時、僕とミズキちゃんは「晴れ男」「雨女」と呼ばれた思い出をみんなに発表した。結果、クラスのみんなに「晴れにしてくれ」「雨にしてくれ」と頼まれることが多かった。
芋苗植え、遠足、プールの授業、文化祭etc…。
みんながやりたいことは「晴れ」に、やりたくないことは「雨」に。
当然、全部叶う訳はなかったが、不思議とその日の天気を願い通りになった日は多かった。
そんな10月のある日。
「運動会」の日の天気を巡って、誰が言い出したかは知らないが、気がついたらクラス中で言い争いになっていた。
習い事で運動ができる子や外で体を動かしたい子は「晴れ」に。一方、運動が苦手な子や人前に出たくない子は「雨」にしてほしいと分かれてしまった。
「ナツキ、頼むぜ!」
「ミズキちゃんお願い!」
「「無理言わないで!!」」
「運動会は仮に雨が降っても、別の日に延期になるから、こんな言い争いは止めなさい」と後から来た先生に止められた。
僕もミズキちゃんも誰もが運動会は来ると考えていた。
しかし、運動会は当日どころか予備日全て大雨になり中止になった。
運動会が中止になって喜んだ子もいれば、悔しがる子もいた。
そんな中、クラスの誰かが声を挙げた。
「こうなったのも、ミズキのせいだよな」
「は?」
僕は聞き捨てならない台詞に思わず怒りを口に出してしまった。
「いくらなんでもミズキちゃんのせいは言い過ぎだ」
「だってよ、いくら運動会が嫌だからってずっと雨降らせるかよ。先生たちですらあの雨はおかしいって言ってたぜ」
「仕方ないだろ、台風だってあるんだからよ」
そう言いつつ、僕もまさか運動会がこんな形で中止になってしまうとは思いもしてなかった。
喧嘩はすぐに治まったが、ミズキちゃんは自分の席に座って、完全に怯えていた。周りを見ると誰もミズキちゃんのそばにいた子はいなかった。
その事実に僕は驚きを隠せなかった……。
放課後、僕はミズキちゃんが先に帰ってしまうのを目撃し、慌てて追いかけた。
「ミズキちゃん!」
すぐに追い付いたものの、ミズキちゃんは逃げなかったがこっちを振り向いてすらくれなかった。
「今日のことは気にするなよ。そういう日だってあるさ……」
「…………」
「ほら、台風だってあったしさ。いくら『雨女』だって言ってもずっと降らせてた訳じゃなかったじゃない……」
「…………」
「ミズキちゃんに文句言うなら僕にも言えば良かったのに、ねぇ……」
「…………」
結局、一言も話すことなく別れてしまった……。
今思うと「晴れ男」の僕に誰も文句を言わなかったのも変だ……。
それからというものの、ミズキちゃんは笑顔を見せなくなり、雨の日は休むようになった。次第に学校に来なくなり、冬休み以降は完全に来なくなってしまった。さらに、何時しかクラスメートはミズキちゃんのことを「化け物」扱いし始め、怒りを通り越して呆れて何も言えなくなった。
僕もこんな連中と付き合いたくないから、先生と両親に話して学校へ行かないようにした。
あれからスマホで何度かメッセージを送ったが、返事は来なかった。一度ミズキちゃんの家にプリントを届けたことがあったが、ミズキちゃんは出てこなかった……。
「ミズキちゃん、今何してるかな……」
景色を眺めながら、過去を振り返っていると黒い雨雲がいつの間にか空を支配していた。
既に雨は強く降っており、窓は
水滴で見えなくなっていた。
―ドーンッ!!
目の前が真っ白に光った瞬間、隕石でも落ちたのかと勘違いする程の破壊音が響き、僕は思わず仰け反ってしまった。
「凄い音……」
体を拭き終わったタオルを机にポイッっと置くと、カッターナイフが目についた。僕のカッターナイフは小さくて刃が少し錆びている。
じわじわと今日見た夢とミズキちゃんの声がフラッシュバックし、心臓がバクバクと鳴り始める。
『さようなら』
ードーンッ
雷鳴と同時に僕は部屋を飛び出していた……。
◇
パジャマのまま家を飛び出した僕は夢中になってミズキちゃんの家までダッシュしていた。水溜まりをかきわけ、傘で雨から身を守りながら突き進む。
なんとかミズキちゃんの家に着き、インターホンのボタンを叩きつけるように押した。
(頼む、出てきて……)
反応はなかった……。
もう一度インターホンを押して声を挙げる。
「ミズキちゃん、僕だよ!返事して……!」
学校での出来事がよみがえる。
初めて一緒のクラスになったこと。
前に出て自己紹介したこと。
みんなから天気を変えて欲しいとお願いされたこと。
何気ないお喋りをしたこと。
遠足やプールで楽しく過ごしたこと。
そして、運動会の天気で言い争いになったこと。
ミズキちゃんが学校に来なくなったこと……。
「こんなの嫌だよ!ミズキちゃんがずっと悲しんだままなんて僕は嫌だよ!!」
「返事して……」
激しい雨に僕の訴えはかき消されてしまい、時間だけが過ぎていった。
返事は一切返って来なかった。いや、「返事がない」ことが返事なんだ……。
思い出を胸に、僕は諦めてミズキちゃんの家から離れた。
「さようなら……」
「待って!」
小さくも訴えかける声が僕の全身にブレーキをかけた。
振り返ると、黒のみつ編みに丸くて大きなメガネをした子が傘も持たずに立っていた。
「ミズキ……ちゃん……?」
「ごめんね、すぐに出られなくて……」
涙をこぼしながら謝る姿に、僕は引き寄せられていった。
「会いたくなかったんじゃ?」
「違う、イヤホンつけてて分からなかったの。外から何か聞こえるなって思って、家のカメラ見たらナツキ君がいてびっくりした……」
「…………」
「私も会いたいなって、思ってたから…………ぅ……ぁ……」
ミズキちゃんはその場で泣き崩れてしまい、僕もつられて泣いてしまいそうになった。なんとか堪えてミズキちゃんを家へ連れてった。
この後、ミズキちゃんのお母さんにパジャマのままで来たこと、ミズキちゃんを泣かせてしまったことを問い詰められながらタオルで拭いてもらった……。
◇
ミズキちゃんのお母さんから解放されて、僕とミズキちゃんは玄関に取り残された。
雨が止むまでいていいと言われたが、パジャマのズボンはびしょ濡れで家には上がらせてもらえなかった。
正直、さっきまでの自分が恥ずかしい……。
夢の内容があまりにも生々しかったとはいえ、これじゃあ不審者だ……。
ミズキちゃんも泣き止んだばかりなのか、一言も口を開いてくれなかった……。
「……その、いきなり来てごめんね」
「ううん、大丈夫だよ」
「そっか……」
会話はそこで途切れてしまった。
次はなんて言えばいいか考えていると、ミズキちゃんのお母さんからマグカップを渡された。
「とりあえず、これで暖まりなさい」
「あ、ありがとうございます……」
カップの中は紅茶が入っていた。両手で暖をとりながら、ミズキちゃんを見ると目と目が合って顔が暑くなってきた。
「それでナツキ君、こんな時間にどうして来たの……?」
ミズキちゃんのお母さんは僕の顔を覗き込むように質問してきた。恥ずかしかったが、今さら隠す必要もないか……。
「ここ最近、夢にずっとミズキちゃんが出てきてたんだ……」
「私が?」
「うん、一度や二度だけでなく毎日出てきてたんだ。しかも、だんだん暗くなって、悲しんで、泣いていた……。今日は血だらけになって……」
「殺されたかけた」と言い出しそうになり、慌てて口を手で覆う。
ミズキちゃんのお母さんはヒソヒソとミズキちゃんに話すと、あっという間にその場を去った。一方、ミズキちゃんは何かを決心した表情で口を開いた。
「ナツキ君、ちょっと話を聞いて欲しいの。聞いてくれる?」
「う、うん……」
「じゃあ、話すね……」
◇
私のお父さんはいつも何かにイライラしていて、いきなり大声で怒られることはよくあった。酷いときは殴られたりした。
いつ怒られるかビクビクしながら私はお父さんの顔色を隠れてうかがっていた。お母さんはそんな私をいつも守ってくれてたけど、ボロボロになるお母さんは見ていられなかった。
何もできない自分が嫌いだった。
小学校に入学する前にお父さんとお母さんは離婚して、私はお母さんと一緒にお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に引っ越した。
お爺ちゃんとお婆ちゃんはとっても優しくて「私たちが守ってあげる」と抱き締めてくれた。
でも、いつお父さんが来るかもしれない……。
そんな考えはどうしても消えなかった。そんなだからか大人の男性も、同じクラスの男子を見ると殴って来るんじゃないかと怯えてしまい、黙り込んでしまってた。男子には「弱虫」とバカにされて、友達の女子には「何か言い返しなさいよ」と言われても何も言い返せないでいた。
けど、ナツキ君は違った。
ナツキ君は他の女の子と混じって会話することが多く、私にも「ミズキちゃんはどう思う?」と話を振ってくれた。
でも、そんなに接点も無かったし、違うクラスだったから上手く話せないことが多かった。
どうせ、バカにしてるんじゃないかって考えてた……。
そんな1年のある日、私は男子からスカートをめくられそうになった。
教室の近くの手洗い場で手を洗っていると、男子の一人が私の後ろにこっそりとスカートをめくろうとしていた。私はその時、洗うのに集中して気がつかなかった。
「おい! 何しようとしているんだ!?」
急な大声にビックリして振り返ると、ナツキ君が男子の両腕を抑えていた。
「手を洗っている時にスカートめくろうとするなんて卑怯じゃないか!?」
「お、俺は何もしてねーよ!」
幸い、他の女子もその場を見ていたからすぐにその男子は先生に怒られた。
いきなりの出来事に動けなかった私にナツキ君が心配そうに声をかけてくれた。
「ミズキちゃん、大丈夫だった?」
「う……うん……。ありがとう……」
初めて話せた時、私は自分が何をしたのか理解できなかった。その後、女子たちにからかわれながらもナツキ君と話せたことに喜びを隠せなくて、その日は家に帰ってナツキ君と話せたことを自慢した。
その後もナツキ君は相変わらず、私が困ってる時、何も言い出せなくても、何も言わずに手伝ってくれた。クラスが合同で活動する時にも誘ってくれた。時々、他の男子にからかわれても守ってくれた。気がついた時には私から話しかけていて、2年生になった時にはクラスの男子にも大人の男性にも普通に話せるようになっていた。
ナツキ君がいなかったら何もできなかったかもしれない……。
3年になってからナツキ君と同じクラスになって嬉しかったのもつかの間、私は何度か喧嘩に巻き込まれてしまうことがあった。というのもナツキ君は誰にでも優しいし、スポーツも出来ていたから女の子にモテていた。対して、弱虫な私に声をかけられる様子が気に入らなかった子は多かった。
ナツキ君が休みだったある日の放課後、帰ろうとした時に女子グループに呼び止められた。
「……ミズキ、今日はナツキ君がいないから言わせてもらうけど、何時までもナツキ君に甘えていられると思ったら大間違いよ」
「急に何の話? 私習い事があるから……」
「逃げるな」
カバンを持とうとすると、私のカバンを奪われ、睨みつけられた。
「あんた、本当にナツキ君がいないと何もできないわね。ナツキ君は優しいから助けてくれるかもしれないけど、あんまり一緒にいるとナツキ君もあんたも男子からからかわれるし、ナツキ君も疲れるわよ。ここ最近、ナツキ君が男子にも避けられてるの分かってるよね?」
「うん……」
「そういう訳だから、少しは一人だけでなんとかしなさいよ」
カバンはあっさり返され、グループはあっという間に帰ってしまった。
周りにいた女子も話を聞いていたようで、「そうだそうだ」と頷いていた。
確かにナツキ君は優しいけど、女子にも普通に話しかけてくるから、その度に男子にからかわれていた。先生からも女子からも褒められることが多かったから、私でも避けられていたことは嫌でも分かっていた。でも、そんなナツキ君に私は自分でも甘えすぎていたとも思っていた。
その次の日、ナツキ君がまた学校に来た日に私は「私なんか気にしないで欲しい」と伝えて、避けるようにした。あの時、ナツキ君の寂しそうな顔を見て心の中で何度も謝った。
その後、普段は仲の良い女子と一緒に過ごし、時々レイ君を遠くから見ていた。
そして10月に事件は起きた。
私も運動会が好きじゃないから、やりたくなかった。先生に「いつかやらないといけない」と言われても、心のどこかで嫌がってた。それがいけなかったのか……。
結果的に中止になったものの、そこからナツキ君以外のクラスのみんなから冷たい目で見られるようになった。あの時、最後まで私の味方だったのはナツキ君だけだった。
でも、わざわざ本人に「気にしないで欲しい」と言ってしまった私が助けを求めるなんておかしいだろうって……。
私に助けを求める資格はない。
それからというもの「雨」が怖くなってしまった。「雨」が振る度に周りの目が怖くなって、具合が悪くなった。次第にご飯も食べられなくなり、眠れなくなった。学校にも行けなくなってしまった……。
ナツキ君が何度もメッセージを送ってくれたのは分かってたけど、こんな私が助かるのはダメなんじゃないかって、悩んでいた……。でも、ずっと無視し続けるのも罪悪感があった……。
どうすればいいか分からず、日にちだけが過ぎていった。
◇
「そんな事が……」
首や胸どころか全身が締め付けられそうで今にも吐きそうだ……。
ミズキちゃんを見ると、まだ泣いていたが、どこかスッキリしていた表情だ。
「ミズキちゃん、ごめんね……」
「違う!謝るのは私の方……」
「そもそも、『いじめ』があったことすら知らなかったんだ……。ごめん……」
「…………」
「ミズキちゃんも色々考えていたんだね……。僕がやっていたことは『余計なお世話』だったかもしれない。でも、僕はただミズキちゃんに安心して欲しかったんだ。ミズキちゃんも、みんなと仲良くいたかったでしょ?」
「…………うん」
「僕も、ミズキちゃんに会いたかったよ。だから、自分を責めないで。むしろ、謝るべきなのは僕の方なんだ。ずっと辛い思いをしていたなんて気づかなかった……。ごめんね。本当に、ごめん……」
ミズキちゃんは涙をこぼして、震える声で言った。
「ありがとう……」
雨はようやく止み、日差しが玄関を突き抜けて入ってきた。
◇
その後、僕たちはそれぞれの両親に相談し、小学校を卒業するまでフリースクールへ行くことが決まった。
フリースクールは僕たちのように学校に行けなくなった子どもが決められた日にちに行く学校だ。お互い勉強はまあまあできるし、ただ単にクラスメートに会いたくない僕たちにとって、少しだけでも学校から離れられて安心できた。
フリースクールに初めて行く日、朝から雨が振っていた。しかも土砂降りで、その音で僕は目を覚ました。
窓の外を見ると、空は灰色の雲に覆われ、まるで僕の不安を映し出しているようだった。心の中に渦巻く不安と期待が入り混じり、胸がざわついた。
その後、朝の準備を終わらせても雨は止む気配はなかった。雨音が耳に残り、気持ちが重くなっていく。僕はミズキちゃんが落ち込んでるか心配になり電話をかけた。
ートゥルルルルル……
『もしもし、ナツキ君?』
「ミズキちゃん、おはよう」
ミズキちゃんはすぐに出てくれ、声も元気そうだ。彼女の明るい声に少しだけホッとする。
『もしかして私のことが心配だった?』
「え……分かっちゃった?」
『うん。あんな話されたらすぐに分かっちゃうよ』
「だ、だよねー」
『でもありがとう。もう私は大丈夫だから』
「良かった」
雨音はミズキちゃんの返答に応えたのか、徐々に音が小さくなり止んだ。心の中の不安も少しずつ和らいでいくのを感じた。
「雨止んだかな……?」
『ナツキ君、貴方はやっぱり「晴れ男」だね』
「え、これは違うよ」
『ううん、本当に「晴れ男」だって思うよ。だって、天気だけじゃなくて私の心も晴らしてくれたから……』
ミズキちゃんの台詞に顔から火が出そうになり、スマホを落としてしまった。慌てて拾い、話を続ける。
「ごめん、つい落としちゃった……」
『あはは……』
「でも、今までは『晴れ』にはできなかったのに今更『晴れ男』と言われても実感できないよ」
『うん、だってナツキ君の心にはずっと「雨」が降っていたんだよ。あの日から晴れてた日もあったはずだけど、心に「雨」が降っていたら気づかない。そうなったのも私のせいかだったかもしれないけど……』
「それは違うよ!」
『分かってるよ。でも、誰の心でも「晴れ」の日も「雨」の日もあるんじゃないのかなって、ナツキ君が来たときにそう感じたんだ……』
「ミズキちゃん……」
ミズキちゃんの言葉に、胸の奥にあった重い雲が少しずつ消えていくのを感じた。僕の心もやっと「晴れた」気がした。
雨雲は何処かへ流れていき、太陽が顔を見せた。空が明るくなり、心の中も少しずつ明るさを取り戻していった。
【一話完結】そして、雨は止みました。~雨女の「雨」を晴らせ~ にーろ @Niir0
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