うちくる?
僕らは思い出をなぞる、焼き増しのような打ち上げをした。
カラオケに行って、L字ソファで隣同士に座り、男女ヒットチャートの常連の歌を歌う。マックに行って、バーガーとドリンクを買って、隣の建物、駐車場の陰で隠れるように食べた。
それでもやっぱり物足りなくて、暗がりの帰り道、テンションの上擦った僕が言うんだ。
「うちくる?」
同じようにテンションの上がった透子が言う。
「いく」
けれど今度は、止める人はいなかった。
母さんの出迎えに「おじゃまします」と頭を下げる透子は、いつもより少しシャンとしていた。相変わらず『冷夏ちゃん』と呼ぶ母さんに、透子も慣れたように返事をする。彼女は当たり前に、『透子』でもあり『冷夏』でもある。
そのまま透子だけ部屋に上がってもらい、僕はお茶菓子を用意してからそれに続いた。
ローテーブル横に座布団が敷いてあるのに、なぜかベッドに腰掛けている透子。それもまた
「直樹の部屋は二回目かなぁ。あのときは着替え選ぶだけだったけど、うん、きれいにしてるね」
「物がないからね」
「それでもだよ。……ベッドの下とか見てもいい?」
「別にいいよ。床しかないからね」
「……ちっ」
大体ベッドの下とかいつの時代の中学生だ。今どきの若者はスマホかPCと相場が決まってるんだ。
なんてことはもちろん悟られないよう、僕はあえてそこから視線を外す――という不自然を、透子は当たり前のように見破る。
「なるほどね。また後日参考にさせていただこう」
「やめてまじで」
「ちょっと安心したけどね。枯れてるのかと思ってたくらいだし」
「それはそれで……嫌だなぁ」
そりゃあ、透子とあれだけ距離が近くて、部屋に行ったり来られたり。お泊りまでして何もないっていうんだから、下手したら
でも間違いなく、透子はそれを望んでないと思うんだよなぁ。手を出そうとしていたら、普通に距離を置かれているような気がする。
ベッドにごろんと寝転んだ透子が、掛け布団にくるまってじっと僕を見る。
「……なに?」
「めっちゃ直樹の匂いする」
「じゃあ、出たら?」
「なんでそんなこと言うの?」
「えぇ」
そういえば、匂いの相性はいい、みたいなことを言ってたっけ。何にせよ不快でないならそれでいい。
「紅茶、いらない?」
「いる。ナッツも」
「寝ながらは行儀悪いよ」
「もー。しょうがないなぁ」
「僕が悪いのこれ?」
もぞもぞとベッドから這い出してきた透子はそのまま座布団に座り込み、紅茶を一口。彼女から紅茶のおみやげをもらって以来、うちでは定期的に紅茶を買うようになった。同じものを買ったり、まったく別のものだったり。今日は同じブランドの違う商品。ダージリンで、爽やかな果実味のある香りが特徴だとかなんとか。
違いのわからない僕には、何がどう違うのかよくわからないけど。
アーモンドを一つ、ぽりぽりと食べる透子が、小動物みたいでかわいらしい。
「あ、そういえばスポーツバッグ置きっぱなしだったよね。どうする?」
「透子を送るついでに取ってこようかな」
「二泊するつもりかと思ってた」
「いや、さすがにそれは」
「いいよ、って言ったら、する?」
「……いや、やめとく。今母さん、一人だし」
「そっか。じゃあ、それがいいね」
父さんはまた一週間ほど家を空けることになった。
透子と出会って外を出歩くようになって、そんな僕の成長を母さんは喜んでくれている。寂しそうな顔、とかもしていない。
けどなんでか、今日は気になった。いつもは透子と遊ぶのが楽しくて、放ったらかしだっていうのに。
トントン、とノックの音。ドアを開いて「どうしたの?」と聞けば、母さんは部屋を覗き込んで破顔一笑。
「冷夏ちゃん、晩ごはん、たまにはうちでどう?」
マックで食べた――そう言おうとしたのを、透子の元気な声が遮った。
「え、いいんですか?」
「いつも直樹がお世話になってるから」
「ぜひ! あ、一応家に連絡してから」
「うん。じゃあ、オッケーだったら直樹に伝えて」
「はぁい」
ドアを持ったまま放ったらかしの僕に笑いかけ、母さんは階段を降りていった。それを見送り、ドアを閉めて部屋に戻る。
なんというか、やっぱり、二泊目を断って正解だったかな、なんて。
スマホで芹音さんに連絡を取る楽しそうな透子。その様子を見るに、どうやらオッケーをもらえるのは確定のようだ。母さんに「オッケー」とラインでメッセージを送り、僕は透子の対面に座り直した。
電話を終えた透子に確認を取る。
「大丈夫?」
「バーガー一個じゃ足りないくらいだもん。今日はカラオケで食べなかったしね」
「まぁ、確かに」
透子がいいなら、問題ない。
盛り上がった打ち上げの空気は嘘のように、穏やかな時間。ゆっくりのんびり話をしながら、僕らは笑った。対面に座っていた透子がやっぱり隣に来たがったり、これまでに撮った写真を、お互いに見せ合ったり。
思い出にするにはまだ早いはずなのに、透子は一枚一枚確かめるように、懐かしむように。
今日の夕食は腕によりをかけたという母さん。
たくさんのおかずが多種類載った盛り合わせ。確かにずいぶん張り切ったなぁと思うくらい、一つ一つがおいしそうだ。
魚介、肉、野菜、根菜、きのこ、エトセトラエトセトラ。汁物にはシンプルなとうふの味噌汁を。
「わー。すごい、おいしそう!」
「栄養もばっちりだから、しっかり食べてね」
「はぁい」
にこにこと笑顔の透子を見て、母さんもうれしそうだ。
僕自身食事にそうまでテンションを上げることがないからなおさらか。申し訳ない気持ちも少々、けれどやっぱり気恥ずかしい。
それでも自信を持って言えるのは、料理の腕は芹音さんにも負けてないってこと。
アジの南蛮漬けを一口かじって、しっかりと咀嚼して、飲み込んで。
「……おいしいよ」
照れ臭さを隠しきれず、けれどはっきりと口にすると、母さんはにこにこと笑うんだ。
「そう。よかった」
そんな僕らを見て透子も笑う。
「おいしいです」
ああ、やっぱり、透子がいると心強い。
僕を笑顔にしてくれる。だけじゃなくて、母さんまで。
食卓は和やかに、食事はゆっくりと進んでいく。それでもあっという間に過ぎていく時間は、魔法にでもかけられたみたいにすぐに、終わりを迎えてしまった。
玄関先、透子が頭を下げてお礼を言うと、母さんは「また食べに来てね」と深く笑んだ。……いい笑顔だな、なんて、実の母親に言うことでもないかもしれないけど。思った。
「おいしかったー。直樹は幸せ者だなぁ」
「……うん」
「照れちゃってー。思春期かー?」
「……かもね」
「……おいしいって、よく言えたね。うれしそうだったよ」
「うん」
透子を送る道すがら、やっぱり彼女は優しい、温かい笑顔で、優しく温かい言葉をかけてくれる。
何度も助けられて、何度も救われて、力をくれる。
落ち込んでいるわけじゃないけれど、でも、どうしてだろう。今日は、本当にいてくれてよかったと思った。
「寂しかったのかもね。お互いに」
「……お互いに?」
「そ。直さんも、それから、直樹も」
「……そっか」
言われて、腑に落ちた。
母さんのことが今日に限って気になったのは、そうだ、僕が母さんと話す機会が減ったからだ。復学の相談とか、大事な話はするけれど、日常の何気ない会話を、もっとしたかったんだ。食事を一緒にとっても言葉少なで、感謝の言葉すらない僕は、もっと。
父さんと母さんは、僕のコンプレックスを刺激する存在ではあったけれど、誰よりも僕を愛してくれていた。きっとこれからも、誰よりも。
決して僕を諦めない母さんは、少しずつその手を離れていく僕を、たぶん快く送り出してくれる。
だからもっと、大事にしなきゃいけないんだな。
「ありがとね」
「いえいえ。突然家族のことが気になるって、たぶんよくあることだよ」
「透子も?」
「もちろん。今日帰ったら、電話してみるんだー」
「……喜ぶよ」
「ねー。私もね、お父さんもお母さんも、大好き」
「そっか。僕も、好きなんだ」
「わかるぅ」
優しい微笑みを浮かべて、透子は手を差し出した。僕はその手を取って、また歩き出す。
今日はどうしてか、それには気恥ずかしさを感じなかった。ただ温かくて、優しくて、だから別れるのが少し寂しくはあったけれど。
早く帰って、母さんと少しだけ話をしよう。何気ない日常の会話を、例えば紅茶の一杯を飲み干すまで。
「母さん、僕、透子が好きなんだ」
「うん。知ってる」
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